感情と日常
「そうなりゃ理想だけどさ、もし人間がいた場合でも、あたし達に協力的とは限らないじゃない?もしかしたら、あたし達を憎んでいる人達かもしれない」
「憎む?なぜだ?自分達で残った連中だろ?」
カインの疑問にそうとは限らないとレベッカは答える。
「そうとは限らないのよ。何らかの事情で撤退時に間に合わず、身動きも取れず、取り残された人達がいたかもしれない」
「街から離れた箇所で、住居を構えていた奴らにそんなのいそうだな」
カインはだんだんピンときてきた。
「そういう人達は見捨てられたって考えて、あたし達に敵意を持っているかもしれない」
「僕達がそうしたわけではないのだがな」
アルヴィスが不満気に言うが、その気持ちは皆同じだった。
だが、人は八つ当たりや逆恨みも出来てしまえる生き物だということも知っている。
「そういう人達には、その正論は通用しないのよ。八つ当たり上等なクズなんて珍しくないもの」
レベッカはきつめの表現をするが、それは彼女の性格の苛烈な一面だ。
彼女にとって許せない一線が心の中に引かれており、普段は気品ある明るさの元で、優しさを見せたりするが、その一線を飛び越えた者には容赦ない攻撃性を見せる。
彼女にとっては、八つ当たりや逆恨みといった人の醜さを示してくる人は唾棄すべき対象なのだ。
「後ね~。もし、残った人達が自分達の意思で残ってたとしても、その選択がもし仮に失敗で、酷い目に遭ってた場合だよ。その選択をしない事により無事に済み、幸せな生活を送った人達を妬まない人達ばかりとは、限らないっしょ」
「ああ。確かにな……」
「僕達魔術師には、身近な感情だな。ぶつけられる側だが」
魔術師は力を持つ存在だ。
力を持つ人というのは、その力を行使してもしなくても、恨みを買いやすい立場だ。
学園でも、魔術師の宿命として取り上げている問題でもある。
魔術を立派に操作できても、そういうのが嫌で魔術師を辞めたがる人が出て来るからだ。
魔術連盟としても、そういう事態を問題視している。
恨みを買った魔術師の安全の面が関わるからではある。
だが、そればかりではない。
心が折れてしまう魔術師は、巡り巡って反魔術師に転じる場合もあるからだ。
なまじそういう輩は魔術師の世界の事情を知っているため、やっかいなのだ。
それに、心が折れ、弱々しい姿を見せる同胞は、力を示すことでその存在意義を証明し、有利に立ち回りたい組織にとっては不都合な存在だ。
魔術は人の精神状態の行方にも影響を受ける。
弱った心では、魔術師としての活躍もままならず、その人含め、周囲の人々を危険に晒しうる。
誰にとっても好ましい事態にならないため、その点に対する教育や心のケアは重要視されていた。
そのため、まだ若い魔術師達にも理解しやすい問題だった。
「でもまあ、そんな奴らばかりとは限らない。最初に言ってた協力してくれる場合だってあるんだ。そっちに賭けてもいい。人間は醜いばかりの生き物ではないからな」
「そうね。暗い話にならないことを祈るわ」
「俺としちゃあ、言葉が通じるかが不安だけどな」
「カインちゃん。コミュニケーションで大切なのは、真心なのだよ。いざとなれば身振り手振りでなんとかなるなる」
4人は不安な気持ちを吹き飛ばすかのように、努めて明るい声を出し、笑い合うようにして、夜を過ごしていった。
天には月が煌々と輝いている。
月の美しさは、どこだろうと変わらなかった。
そうして二日ほど、ひたすら道なき道を進んでいった。
途中、進むのが困難な場所が幾度もあったが、魔術を使えば、ある程度は事なきを得たし、やっかい過ぎる箇所は遠回りして回避した。
魔術は習得者のレベルにもよるが、汎用性は抜群に高い。
機材を持ち込まなくても、必要だと思ったら、魔力を代償にすることが条件であるにしろ、すぐに用意できる利点があった。
文明から離れ、こうしたサバイバルをすることになった場合、持てる範囲が限られてる身でありながら、その不自由さを感じさせない動きが出来るからだ。
また、まだ若くても、精神面も魔術師として鍛えられているのは強みだった。
とんでも行動があれば、ストレスもあって癇癪を爆発させる時はあるが、それを一通り吐き出せば、何事もなかったかのように、ケロっとした顔で頭を切り替えた。
自分達の力への自信が根底にあるが、それも実践も交えた教育の賜物と言える。
遭遇する敵の種類も増えた。
その度にエッダは黄色い歓声を上げるが、皆もう慣れてしまった。
やはり、見たことがない敵であり、猿や狼のような獣に、蜘蛛、蜂のような敵に、吸血植物も現れた。
奇襲的襲撃も度々あり、手痛いダメージを負い、エッダに治してもらうことがあった(エッダが一番回復系が上手かった)。
蜂に刺された時は、毒消しの魔術が効くのか不安だったが、適用範囲だった。
エッダは嬉々として倒した敵を漁り、スケッチを残した。
レベッカは、戦っている時はおくびにも出さなかったが、巨大蜘蛛との戦闘終了後、「あたし、蜘蛛が苦手なのよね……」と、鳥肌が立ったらしき腕をさすりながらポツリと漏らしていた。
最も、思わず出てしまった言葉に過ぎなかったようで、誰かに聞かせる気はなかったらしく、近くにカインとアルヴィスがいるのに気付くと、「今のは冗談よ。忘れなさい」と、顔を真っ赤にしながら記憶抹消を命令してきたのを、なだめる一幕があった(エッダはその時巨大蜘蛛のスケッチに夢中で、我関せずだった)。
アルヴィスは、段々と順応してきており、時折上から目線を口にすることはあっても、スルーか修正を受けている内に学習してきたらしく、だいぶ最初に比べてマシになってきたといえる。
カインは、自分の力の把握に未だに苦心していた。
戦闘や休憩時に、何度か風の刃を放ち、威力を確かめてみた。
すると、本来の威力を遥かに上回る現象が何回か確認されたが、その原因が分からない。
他の術ではどうだろうと思い、試した結果、想定以上の威力の現象が数回確認されたが、その法則性も分からない。
風のみならず、水系統でも確認されたのも、収穫だった。
強化ではまだ確認されていないが、もし、強化でも確認され始めたらどうしようと、内心カインは不安だった。
格闘術は、身体のコントロールが大事なため、自分でも把握できない強化は、特に望んでいないのだ。
下手したら、自身の身体を逆に破壊してしまうこともありうるのだから。
つくづく、どんな強大な力だろうと、コントロール出来なければ、それはいずれは厄災となるという恩師の言葉が身に沁み込んだ。
そんな中、ついに転機が訪れることになる。
読んで下さり、ありがとうございました。