異能
皆しばらくの間固まっていたが、ようやく一人二人と我に返ってきた。
我に返っての開口一番の各々のセリフには、それぞれの性格がよく表れている。
「今日のご飯がー--------ッ!!!」
「お前、今のどうやったんだ……」
「あああああ、貴重な研究資料が~。カインちゃんのバカーーー--ッ!!!でも、今のどうやったの?!カインちゃん凄いッ!!!」
3人が叫ぶように、口々に言い募る。
それを聞いて、カインは感心した声をアルヴィスにかけた。
「アルヴィス、お前だけは真面目だな。なぜだかホッとしたぞ」
「……僕は普通だ。特別なように言われるのがおかしい」
「謙虚だな」
アルヴィスは切れ気味に言い返す。
そして、返す刀でマイペース過ぎて、ブレない女性陣に怒鳴り散らす。
ストレスが溜まり過ぎていたのだろう。
「レベッカ!お前は食べることしか頭にないのか?少しは自重を覚えろ!!エッダ!お前はその研究馬鹿をいい加減どうにかしろ!!お前の研究資料なんざどうでもいいわ!!!」
ハアハア肩で息をしながら、言い切ったアルヴィスに対して、女性陣は怪訝な顔した後、気遣わしげに心配そうな声をかける。
「あなた、大丈夫?きっと疲れているのよ」
「アルヴィー。そこまで病んでいたんだね……。気付けてあげられなくて、私自分の不甲斐なさをちょっぴり反省するっさ」
「よかったなかいちょー。女に甲斐甲斐しく心配してもらえるなんて、モテモテの証だぜ」
レベッカとエッダは、本気で心配していた。
友人として、心が傷ついている状態を案じている。
自分が原因と考える思考回路は機能していない。
レベッカにしてみれば、食料の確保は、最優先に解決しなければならない課題だ。
そこにクレームを入れるなど、あり得ない事態だ。
エッダにとって、研究は命であり、人生そのものだ。絶対不可分である以上、自重するなど、天地が逆さまになってもありえない。
従って、考慮に値する話ではなかった。
そもそも未知が渦巻く場所なのだから、情報を仕入れるためにも、研究サンプルを得ようとするのは当然だった。
故に、これまたクレームが来るなどあり得ない事態だと思っている。
カインは言うまでもなく、からかい一択だ。
最も、アルヴィスは学園にいた頃、女子から人気あったのは事実だ。無論、性格をよく知られずにだが。
アルヴィス達が騒いでいる中、カインは自分の両手を見つめながら、自問していた。
(どういうことだ?今まであんな力、出したことがなかった。なぜ急に……。)
カインにしてみれば、見たがっていた先の光景だ。
しかし、今のカインに込み上げてきたのは嬉しさよりも戸惑いだった。
(思い出せ。普段と何が違う?それが分からないと力の制御が出来ないガキと変わりねえ)
カインにしてみれば、自分の力の加減が分からないのは、困った事態だ。
そのため、必死に心当たりを探している。
(呪文は確かに弄ったけど、小手先程度の違いだ。あれが原因なら、とっくにああなってた。身振りも特別なことは何もしてない。持ち物だって心当たりはねえ。他は何だ?この環境か?そういや、魔力の回復量はいつもと違った。魔術に何かが作用している?)
カインはいやしかし、とさらに思考する。
(だが、レベッカの魔術は特に変わった点はなかった。環境が原因なら、レベッカにも影響があっていいはずだ。俺自身が強化を使った時だって特段変わった点はなかった。それとも、俺が気付かないだけ……?駄目だ、分からねえ)
カインは頭の中でああでもないこうでもないと自問自答を繰り返しており、周囲のことがまるで頭に入ってなかった。
そのため、さっきから呼びかける声に、まったく反応できていなかった。
「カイン。カインってば!」
「!おおっ、レベッカか。急にどうした?
「急にって、あのね。さっきから5回は呼びかけたわよ。でも、考え事でもしていたのか、まったくの無反応だったじゃない」
「んん?!そ、そうだったのか?わりい。考え事してた」
「やっぱり。で、どう?今のこと、説明出来そう?
レベッカは何となく答えは分かっていたが、一応聞いておくことにした。
「あー、駄目だ。俺にも訳が分からねえ」
「やっぱりかそうか。あの時の呆気に取られた顔で大体予想は出来ていたけどさ」
レベッカは、答えを期待していなかったため、特に失望感は無い。
だが、他2名は違った。
「何~。貴様、そんな適当な事で許されると思っているのか」
「ええ~。まさかの無回答ぉ。ちょっとこう、何かあるでしょう。ねっ、お姉さんに教えて御覧なさいな」
アルヴィスは真面目な性格だが、いい加減な事やあやふやな事を嫌う性格でもあるため、その答えで済ます気はなかった。
エッダは、事象には原因が必ずあると考え、その解明に心血を注ぐのを生きがいにしている。そのため、これまた興味を持った異常な事は、そのままにしておくことを良しとはしなかった。
「そうは言っても心当たりがないもんはないんだからしゃーないだろ」
「あんなオーバーキルできる魔術なんて僕達の世代で出来る奴なんていない。軍か、学園、連盟の中でも限られた人達だけだろ」
「あー、確かに基礎学科の教師にはできねーだろうな」
カインは、改めて自分の魔術の痕跡を見やる。
10体の獣は細切れ状態だ。
顎の部分まで細かくバラバラにされているため、解体してみる分には手間が省けたかもしれないが、段階を経てじっくり調べてみたかったエッダとしては不本意な結果だったため、涙目になって見やっている。だが、比較的無事な最初の8体の獣達の死体ならあるのだから、それで我慢してもらいたい。
周囲も余波で、着弾地点一帯は深々とした亀裂を多数残していた。
改めて、本来の魔術のそれではないと実感する。
「本当に何も心当たりはないの?本当にホント?」
「ああ。……いや、関係あるか分からんが、そういや一つあったわ」
カインは魔力の回復量について説明する。
「実は、今朝起きたら魔力が思ってたよりも回復してたんだ。昨日連戦した影響で、魔力がカラッポに近くなっていた。自然に回復するまではしばらく掛かるだろうから、数が少ない魔力回復薬を使おうか迷っていたのに、おかげで使わんでも済むかもしれん」
「ええ!そんなことあったの。そういうことは早く言ってよ~」
エッダは口を尖らせてブーイングを飛ばす。
アルヴィスは、カインも思った疑問を口にする。
「しかし、それは魔力回復量についてだろう。この地がその助けになっているかもしれんが、今の魔術の説明にはならん。この地の影響で威力が上がるなら、僕達の魔術も上がってなければ理屈に合わん」
「ああ、そうだな。それは分かってる。あくまで異変について言っただけだ。だから関係あるか分からねえ」
「もしかしたら、この地では風の呪文にブーストを掛ける何かがあるのかもしれないわね。属性の恩恵って奴。ねえ、試しにさっきの奴をその辺に向けて撃ってみてよ」
「よしきた」
レベッカが論より証拠と言わんばかりに、さっきの再現をしてもらおうとカインに提案すると、カインも応じる。
「お前ら離れてろ。巻き込まれても責任取れないぞ」
皆が遠巻きに見守る中、カインは呪文を唱えることに集中する。
そして、さっき同様のアレンジを加えて放つと、
「あれ?」
さっきとは比較にならないほどの貧弱な数の緑色に光る風の刃が生まれたのだった。
当然威力も従来と変わらず、取り立てて特筆するもののない無難な結果に終わる。
シーンと再度静まり返る中、気まずそうにするカイン。
そんな中、異常な点にいち早く気付いたのは、エッダだった。
「カ、カインちゃん。今、変な呪文を唱えなかった……」
「あん?いや、別に何も」
「嘘ぉ!今変な呪文が混じってた!!」
「変な呪文?ああ、ちょびっとだけ呪文にアレンジを加えてるんだ。それが何か?」
「それが何かじゃないよ!何でそれで魔術が発動するの!?」
「何でって言われても……。ちょっと弄った程度で影響なんてあるわけないだろ」
「いやあるよ!ありまくりだよ!!カインちゃんこそ何言ってるの!?」
噛み合わない会話を繰り返す中、アルヴィスは、唖然としながらもカインに尋ねる。
「お前、そういったことをやったのは、今日が初めてじゃないな……?」
「ん。ああ、前から時々な。見つかるときちんとやれってうるさいからよ。で、それが何なんだ?」
カインは自分を取り巻く異様な雰囲気に、段々と不安や不快感を抱いてくる。
そんなカインにレベッカは率直に原因を指摘する。
「あなたの方法では、魔術は発動しないわ。呪文は一字一句、発音まで含めて正しくなければ魔術は発動しない。それ、常識じゃない」
「え?そ、そうなの」
カインは皆を見回しながら、恐る恐る尋ねると、一同シンクロしたかのように、同タイミングではっきり力強く頷く。
「……し、知らなかった」
「ハア?いやいや、そんなの基礎学科で真っ先に習う事だろ。忘れたのか」
「……どうやら忘れてたみたいだ。最初の頃は、特に座学は真面目に習ってなかったからなあ」
今更ながらに常識を仕入れているカインに、緩いエッダさえ呆れ顔だった。
「普通は真面目に習わなくても、いざ実技においては何もできない状態になるから、否が応でも正しい方法を学ぶ。それが出来なければ、早々に退学になるからな。だが、どうやらお前はその例外の外のようだ」
レベッカ、アルヴィス、エッダは、カインの異能性にようやく気付いたのだった。
さっきのような常識外の威力の魔術を放てる謎はまだ不明だが、その謎が解明できないまま、新たな、それも魔術の根本に関わる謎が生じた。
そんな中、エッダはカインが追放という処分を下された理由がそこにあるんじゃないかと思った。
仮にそうだとしても、何故それで追放の憂き目に会うのかは、依然分からないが。
そして、追放されたのがカインだけではなく、自分達もという事実を思い出したことで、その異能性は自分達にもあるんじゃないかと考える。
(私はカインちゃんみたいにアレンジなんてしないけど)
習い始めの頃、戯れにアレンジをしてみたことはあったが、まったく発動をしなかったため、それ以来、きちんと呪文は正しく発音している。
ならば、もし自分達も異能性のために追放されたのであれば、他の何かに特異性があるということになる。
ならば、それはなんなのだろうか?
そこまでエッダの思考が行きついた中、まだそこまでの仮説に至っていないアルヴィスは、信じがたいものを見るかのようにしながら、カインに言う。
「お前、本当に人間か?」
「あんまりな事を聞くなあ、かいちょーさんよ」
憮然とした表情で言い返すカインだった。
読んで下さり、ありがとうございました。