捨てられた4人
辛いことがあっても強く前向きに生きようとする人達へ敬意とエールを込めて
運命とは、何か。
それは、何気ない出来事かもしれないし、あるいは劇的な何かなのかもしれない。
しかし、ある人にとってそれは、歓喜と絶望が洪水の如く押し寄せた果ての出来事だったとしたら、果たしてその人は喜べるだろうか?嘆くだろうか?
私はそれを知りたい。
〜ある人物の日記より抜粋〜
深い森の中を少年は歩き続ける。
疲労困憊で、今にも倒れそうな様子だが、何としてでも進むという意思に一切の陰りはなかった。
出血を伴う怪我や、打撲の痕が見受けられるが、運動機能を損なうダメージは受けていなかったのが幸いし、強行軍を可能にしたのだろう。
だが、強行軍を可能にしている要因は、むしろ、少年の精神状態の方が、大きいのかもしれない。
少年の内からほとばしる情念は、押さえる気のない怒気と、何としてでも生きて帰ってやるという執念から構成されていた。
「見てろよあいつら……。絶対生きて帰って目にものみせてやるからなッッッ!!!」
突然少年は叫び出したかと思えば、ブツブツと呪詛らしきものを呟いていた。
周囲に人の気配はないが、それは幸運だった。
傍目からは、ただのヤバい人にしか見られないだろうからだ。
冷たい視線やひそひそ話は、確実に傷ついた少年の心を抉るだろうからだ。
それは、酷い目にあった少年には、自業自得とはいえ、あまりにも忍びない。
「クソ教師共!ハメやがって!!」
そう叫びながら、少年は少し前のことを思い出していた。
時は三日前。
「カイン君。君は実に、実に素晴らしい成果を叩きだしたね。いや、担当教官としてまったくもって誇らしいよ」
呼び出されて開口一番に言われたのがそれだった。
カインと呼ばれた少年は、予期せぬ称賛の言葉に面食らいながらも、持ち前の調子の良さを発揮して、意気揚々に応じた。
「ありがとうございます、シュレッダー先生。あれは苦労しました」
「そうだろうそうだろう。こんな偉業だ、無理もない。まさに革命だよ。はっはっは」
そんな会話をしながらも、カインにとって疑問は一つだ。
(何のことを言ってるんだ?)
最近はテスト続きであったため、成果を示す機会に恵まれていたのは確かだった。
しかし、カインにとって、実を言うと誇れるような成績を上げた心当たりはまるでなかった。
並か、得意分野で少しいい成績を上げられたかなと思うぐらいで、苦手な教科では赤点の可能性を危惧しているぐらいだ。
「魔術師の歴史に確かな足跡を残すぞ君。ふふっ」
魔術師。
そう、彼らは魔術師という超常の力を存在であり、ここはその養成のための学校だ。
彼はその2年生であり、今の期間に行われているのは、夏休み前の試験だった。
その間にどうやら「偉業」というのをやってしまったらしい。
(まいったな……。調子に乗って話を合わせちまったから、今更何のことか聞き返すなんて、バツが悪すぎる)
自分の自覚しているお調子者という悪癖を今更ながら後悔していると、シュレッダーと呼ばれた先生は言葉を続けた。
「これは最後の試験が楽しみだ。ぜひ、人生最高の栄光を体感してほしい」
「はい、お任せください……」
(ああ、どうしよう。今、強引に聞いてみようか。でもどうやって?さりげなく、度忘れした感を出して……)
「最近試験が多くて大変でした。ああ、ちなみにどのことをいっているのでしょうか?心当たりがありすぎて……」
「ははっ。照れんで良い。アレだよアレ。あんな稀有であからさまな成果を示したんだ。誰もが君に注目をするぞきっと」
「いやあ。それほどでも(俺のバカあああああ)」
「最終試験は実地試験だ。準備万端にして挑んでくれ。何日でも何か月でも何年でも過ごせるぐらいに、な」
「はい!先生!!」
「思えばあの時からだよな……。変になっていったのは」
カインは一連の出来事の始まりを思い起こす。
「先生達からわけわからん称賛を受け続けて、今日の実地試験を「偉業を成し遂げたお前のために特別なもんを用意したぞ」だもんな。そう言われた時点で、怪しむべきだった。クソ」
カインは叫び声を上げる。
「なーにが特別な試験だ。絶対他の奴らはこんな試験を受けていない。一体ここは、どこなんだー--!!!」
そう。彼は、迷子になっていた。
ここがどこなのかわからない。試験と称して見知らぬ場所に放り込まれた。
それだけではない。
危険生物に命を狙われ、九死に一生を得る体験さえしていた。
もちろん襲い掛かってくる敵はちぎっては投げ、返り討ちにしていたが。
叫び声を上げては危険生物に嗅ぎつかれるかもしれないということに、叫んだ後になって気付き、青くなったが、済んだことは仕方ないと開き直り、来るならかかってこいやと自分を鼓舞する。
好戦的な性格のようだ。
そんな中、爆発音がそう遠くないであろう場所から聞こえ、ハッとなった。
誰かが魔法を使い、戦っているのか……。
そう咄嗟に考え、どうするかを考える。
向かうか、無視するか。戦っていたなら加勢するか、そっと見に留めるか。加勢したならお礼に何を求めてみようか。
あらゆる損得勘定を瞬時に頭の中で叩きだし、出した結論は、
(勝てそうな相手なら加勢して、勝ったら恩に着せ、お礼を請求しよう)
そんな身も蓋もない自分に正直な現実的な判断だった。
魔法を唱え、スピードを上げると、あっという間に現地に辿り着いた。
が、着いた末に目の前に広がる光景は……。
「あーっはっはっは。あたしに挑むなんて100年早いのよ。バーカ」
真っ黒こげになった物体の上に仁王立ちになり、高笑いを上げる同じ学校の制服を着た少女だった。
カインは唖然としながら高笑いを上げている少女を眺めている内に、この少女に見覚えがある事に気付く。
(ああ、あいつはレベッカじゃん。見てくれはいいけど、性格に難ありで有名な)
長い黒髪をポニーテールにまとめ、面長で猫のような切れ目をした美しき少女。
でも、性格は厳しめで、好戦的で強いとあっては目立つ存在だが、関わるのには躊躇せざるを得ない。
が、カインも負けず劣らずのいい性格のためか、
(この女に恩を着せるチャンスだったのに……残念)
損得勘定は忘れないのだった。
当初の目的は達成できなかったが、現状について相談したかったこともあり、カインは声をかけようとする。
「あの、」
「ここがどこか知っているか?」
「!!」
第三者の声として、凛とした男の声が聞こえた。
そして、更にもう一人。
「うわお。派手にまーたやらかしたのね。レベちゃん」
親し気に声をかける可愛らしい声の女の声。
皆同じ学校の制服だ。
そして、見覚えがある。
(やっぱりこいつらも俺と一緒なクチか)
すると、レベッカはカイン達を見るなり、
「やっぱり、貴方達もわけがわからないまま放り込まれた……?」
不安げに問いかけるその姿に意外なものを感じ、ああこいつも心細かったかと納得したのもつかの間。
「よかったわ。お仲間がいて。悪いけど、食べ物飲み物なーい?あたし、持ってた分使い果たしちゃって困ってたのよ」
さっそくたかり出したのを見て、ああこいつはそういう奴だよなとすごく納得しながらカインは3人をぼんやりと眺めていた。
すると空中に、一枚の紙が降ってきた。
「紙……?」
何気なく手にし、読んでみることにした。
「あ?なにこれ?」
「これ、どういう意味?」
「んんん……」
「意味わかんないんだけど?」
紙にはこう書いてあった。
魔「術」ならばよし。しかし、魔「法」の域に到達したものは、人の世界にとって不穏分子となるため人の世界にはいらない。この世界で自らの価値を証明せよ
「ひょっとして、俺達って、捨てられた……?」
カインの呟きは、森の中に静かに広がっていった
読んで下さり、ありがとうございました。