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フィナさんの新しい武器なのです

 買い物を終えて出てきたシュシュたちの表情はそれぞれに違う。


 モエは小さな二足歩行のぶたをひん剥いて着せ替えを楽しんだことで満足したと言わんばかりの笑顔。


 シュシュは静かに口の端だけを上げた微笑で、ポークの手を引いている。


 そのポークといえば、ぶた耳を隠すように革のかぶとをかぶらされてあり、白シャツに紺のベスト、明るい茶色のズボンに短めのブーツという姿は、ぱっと見ヒューマンのように映る。


 そしてその首にはひとつのお守りが提げられている。


「ふふ……」


 魔物除けらしいそれは、シュシュが似合うだろうからと手ずからかけてくれたものだ。他にもいくつかシュシュが見繕って買った服もあるが、それらはモエによる着せ替え遊びの末に購入したもので、直接シュシュの手で、言葉で与えられた魔物除けのお守りはポークの顔を笑顔にして時を止めたかのようだ。


「それにしても──」


 店を出た3人が振り返り出てくるのを待ったのは財布を眺めて意気消沈しているフィナである。


「すまねえな、ポークの分を揃えたら無くなっちまってよ」

「ううん……いいの」


 シュシュが言うのは剣を買いたかったフィナの所持金が値段に全く足りず、金を貸してくれと言われた時には既にシュシュもモエも手持ちがほとんどなく断ったことである。


「あ、あの……やっぱり……」

「気にすんな。普段から無駄遣いしてるからだ。それにポークの服を返したところで足りないのは変わらねえからな」


 ポークのイメチェンで金欠になったとあらば本人も気をつかうものだが、それもシュシュの言う通りもともと足りないのだから気にしても仕方ない。


「きっと蟹の素材が売れたらフィナさんの剣も買えるのですよ」


 なにせフィナの技で斬りつけた鋼を負かすほどの甲殻だ。鎧に加工したとしてその防御力はこれまでの階層のどの素材よりも堅いことは間違いない。


 そうでなくとも未知の素材であればその貴重さから最初の数点は高値がつきやすいのだから、モエの言うこともただの希望的観測ではない。




「査定不可、らしいな」

「どういうことなのです?」


 三度訪れた買取場では、結果をすでに聞かされていたリハスによりそう告げられる。


「それって価値が高すぎて支払えないってこと? じゃあその辺の業物とお酒でいいから物々交換でも交渉しよっ」

「モエはおっきなお肉も欲しいのですっ」

「この食いしん坊めーっ。このフィナさんにまっかせなさいっ」


 きゃっきゃとはしゃぎながら立ち上がり囲んでいたテーブルから離れようとするフィナとモエをリハスが残念そうな顔で掴み留める。


「おっさん、つまり査定不可ってのはそういうことなのか?」

「ああ」


 リハスもそれは予想だにしていなかったらしく、何度も確認したと言う。


「硬すぎて加工に向いていないらしい。盾にするにしても穴もあけられないから持ち手もつけられない、蟹の脚は筒状で絶妙な太さで活用出来そうにない。だから素材はそのまま手元に返されている」


 リハスが腰の魔法の瓶を叩くと確かに入っているのが外から見える。


「もし、67階層に出てくる魔物が蟹だけなら、そこに固執しているとジリ貧になるな」

「そういうことだ」


 攻略中は剣で斬れない甲殻と素早いハサミの表面と、鋼をも喰らう口と複数の触手を持ちモエの怪力と張り合う軟体の裏面という気持ち悪い蟹を相手に進めることになる。


 まだまだ試していないこともあるはずだが、そうして倒した蟹の素材は値段がつけられず突き返されるのだから、その攻略は貯蓄を切り崩していくことになる。


 しかもフィナは現在使える武器もないから戦力外ともいえる。


「ここは安パイにこの65階層で稼いでからということになるのかな」

「ああ、それがいいだろう」

「……」


 そうしたところで、フィナが持っていたものと同等の剣を手にするにはしばらく攻略もお預けとなるだろう。日々の生活費も必要となるのだ。


 もちろんフィナが戦わずにモエとリハスを前面に出していくというのもアリではある。その場合、フィナは何も出来ないことに無力感を覚えることになる。


 これまでのように、モエがひとりで、フィナがひとりでと、周りが戦わなくてもどうとでもなるわけではない。全員が確かな戦力で不測の事態にも対応出来なくては厳しい。


 ひと息ついて立ち上がったシュシュたちは人目のあるところを避けて建物の陰に移動する。


 いずれにせよ、とシュシュはリハスから蟹の素材を受け取れば“サクション”で取り込み戦力のひとつに追加する。


「シュシュ、爪ってのかハサミが残っていた」


 そう言ってリハスがシュシュのサクションの真ん中に放り投げたところを、モエがインターセプトして奪う。


「ん? どうした、モエ」

「んぎぎ……っ、“ビーストモード”にゃにょですっ」


 ハサミを奪って転がり着地したモエは、片ひざを立てた体勢で力を込めてハサミを開こうとする。新たな固有スキルにより猫耳としっぽを生やしたモエはさらに力を込める。


 モエがそうする以上、猫獣人になっている間は身体能力があがるのだろう。そしてその代わりに思考が残念にもなるのだろうとシュシュは予想している。


「やったっ……なのですっ」


 鈍い音を立ててふたつに分かれたハサミは大小のパーツになっている。分解したかったらしいモエは、それが出来たときに“解除”しているあたりヒューマンの方がいいと言ったのは嘘ではないのだなとリハスは思う。


 さて、そんなモエがどうしたかったかというと。


「フィナさん、元気出してなのです」




 シュシュたちは改めて67階層に来ている。それはフィナを当てにしないで進むという選択をとったわけではなく、むしろフィナの狂気による暴走の末の出来事。


「ああっはっはあーっ! 無様っ、無様ねえーっ」

「フィ、フィナさん……」

「モエ、そっとしといてやろう……」


 蟹が振り上げたハサミをフィナが“殴る”と細い腕を弾けさせて失い、硬い甲殻を殴ればヒビが入り、いくらかの応酬ののちに上から貫通させてひとりで倒してみせた。


 その攻撃はフィナにとっては“斬る”“突く”なのだが結果として“殴る”になっていた。


 沈黙した蟹を足蹴に高らかに笑うフィナの両手には、モエがバラした蟹のハサミがはめられている。


 モエが元気つけようとフィナの両手にはめて「双剣なのです」と言い、シュシュもリハスもが馬鹿笑いしたために、キレたフィナが特攻したのだ。


 果たしてフィナが言った無様とは、怒涛の攻撃に手も足も出ない蟹のことか、それとも──。



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