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一歩前進ですよ

「では査定が終わりましたらお呼びしますので、しばらくお待ちください」


 モエたちはいま再び65階層のギルドへと帰ってきている。


 水浸しのモエとフィナが着替えを望んだことと、フィナの使えなくなった剣の代わりを調達するためである。


 シュシュとしても戦力低下は避けたいところであり、満場一致で戻ってきたギルドについでと蟹の外殻を売りつけたところである。


「まあ最前線の素材だからな。調べるだけでもかなり暇を持て余す。その間にフィナたちは準備をしてくるといい。ここは俺とポークに任せておけ」


 ギルド相手であれば現在もギルド職員であるリハスが対応してくれるらしい。それにはいつも同性(?)のポークがついているのだが。


「あ、あのっ、リハスさん。ぽくもシュシュさんたちと一緒に行ってもいいでしょうか」




「とは言っても別に面白いことなんてのもねえぞ?」

「それでも……いいんです」

「ふぅん」


 ポークは今、シュシュと手を繋いでいること、それだけで十分である。


 モエもフィナも大人であるがために、危なげなく二足歩行をしているポークとはいえ手を繋ぐには身長差がありすぎる。


 かといってリハスのように背負うには、彼女らはびしょ濡れである。シュシュが蟹をちぎってフリーになった鉄球が勢いよく迫ってきたのだから、慌ててかわせばぬかるむ地面に尻もちをつき、モエの後頭部に強打されたフィナの額には大きめのたんこぶまである。


 おかげでポークは生まれ変わった人生で、歳もそれほど離れておらず、将来誰もが振り向く美女になること間違いなしのエルフ少女シュシュの手を取ることが出来たのだ。


 そのシュシュが実は元おっさんでグールだったことはまだ知らない。それどころか、ポークがクルーンを通り抜けた前世持ちであるという告白をすんなりと受け入れたシュシュたちが何者なのかさえ、ポークは聞かされていない。


 モエの猫耳のことも、シュシュの使った異様なスキルも。何も聞かされていないが、攻略の最前線を行く者たちは特殊で事情通なのだと勝手に納得して疑問を疑問とさえ思っていない。


 浮かれるポークを連れてモエとフィナ、それにシュシュが訪れたのは今夜の宿であり女子部屋である。ここにポークは少しの間ひとり取り残されることになる。


 まるで置いてけぼりにでもなったかのようだが、そうではなくシュシュたちが部屋の中にある扉の向こうに消えたからである。


 扉の向こうでは水の音に混じって騒ぐ声が聞こえる。ポークはまだ体験したことのない、モエの指使いが発揮されたがゆえの様々な声と物音。


 好奇心を抑えられるはずもなく、ポークは扉に耳を当ててそれらの会話をしっかりと聞いていた。


 主にモエが働きシュシュがいたずらして、感度の高すぎるフィナがなんとも言えない甘い声をあげてしまう。そんな彼女たちの日常の一部であり、もっとも強烈な時間を耳でしっかりと。


「……何してんだ?」

「な、なにも……です」


 ひと足先に体を拭いて出てきたシュシュは、開いた扉に頭を打ち付けてもだえるポークに呆れた声を掛けた。




「まだ、だとよ」


 宿でさっぱりしたシュシュたちは再びベイルが待機している買取所にまで足を運んでみたが、あの気持ち悪い蟹の素材について査定は終わっていなかった。


「未知の階層でもあるし、その直前の66階層ではただのひとつも素材が持ち込まれてないからな。おおよそのあたりは付けれても金額をはじき出すにはまだかかるだろう」

「──ハゲもこういってるし、少しぶらつくか?」

「そうね。先に武器屋を覗いてもいい?」


 下の階層でも蟹の魔物は存在したが、実際に知るリハスから見てもその特徴は違いすぎる。査定の補足になればと戦闘した時の様子を語り伝えるためにリハスは残り、シュシュたちを見送る。


 こういう時は宿で転がるか飯と酒に走るかなのだが、今回はフィナの剣も買わなければならない。


 そうして訪れたのは剣や槍をはじめとする武器を扱う店だったが、まだ整備中の65階層のコミュニティでは武器も防具も衣服もが同じ建物内で売られているようだ。


「……それが気になんのか?」

「ぽくが昔使ってた武器、なんです」


 フィナの買い物は彼女自身で選ぶだけのことなので、モエとポークにシュシュは各々暇つぶしをしている。


 そんな中でポークが立ち止まり見上げていたものは、頑強そうな槍の先端に斧が組み合わさったハルバードと呼ばれる重戦士向けの武器である。


「遺品ってことか」

「いえ、さすがにこれがぽくの持ってたものではないんですけど……」


 手に馴染んだ武器種ということらしく、当然シュシュも分かってて言っている。49階層に届かない冒険者の持ち物がこんなところで売られているわけもない。


「それが今はレンガ使いのぶた、か」

「まあ、そうですね」


 茶化すシュシュはポークが苦笑いしてこぼす言葉に少しいじわるだったかと心の中で反省する。そしてそのぶたは見た目で問題にならないようにと、未だに布でぐるぐる巻きというミイラのようなスタイルなのも、そろそろ可哀想になってきた。


「よし、今日はポークのイメチェンでもするか」

「え?」

「何をするのです?」

「ああ、モエも手伝え」


 おおよそシュシュの気まぐれで退屈しのぎの面が強いポークのイメチェンは、シュシュとモエが服を選びポークを更衣室に押し込んでモエに着替えを任せたあたりで、店にはぶたの幼子の悲鳴が響き渡ることとなった。



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