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焼いたところで無理だろ

 仰向けになったはずの蟹は、腹を裂いてその中身を剥き出しにし、天を駆けるかのようにもがいていた脚は、付け根から反転させて地面に突き刺して立ち上がる。


 フィナを襲ったハサミの動きは素早く脅威だったが、今は平べったい蟹の体を挟んでモエたちとは反対側にあるから距離的に離れており、ひとまず警戒すべきは鉄を噛み砕いたせいで苦しみながら青い液体を撒き散らし蠢く軟体性の口だろう。


「モエっ、鉄球は食われるかも知れねえから──」

「食べられたのですっ!」

「……少しは人の話をきこうや」


 リハスとともに下がったシュシュが前に立つモエに注意を促すも、すでに遅かったらしい。


 待てずに投擲された鉄球は、いつものように質量と速さを伴ったものだったが、丸ごとひとのみにされて蟹の中身は咀嚼するのに必死になっている。


「鉄の塊ならすぐには食われないようだな」

「プライドでもあるのか、食らいついて離さないといったところだな……」

「だだだ、ダメにゃのですぅーっ、返してくださいにゃのですっ」


 蟹はモエの鉄球を噛み砕こうとしているらしい。体内に取り込み、膨らんだ軟体が波打つように躍動する様子は気持ち悪いばかりだが、細い剣は砕けても鉄の塊はそうはいかないらしい。


 必死に取り戻そうと引っ張るモエと、脚とハサミで器用に地面と細い樹木にしがみつき抵抗する蟹とで綱引きのような有り様になっている。


「か……えして、にゃのですぅ」

「手を離すなよモエ。そのまま引っ張れ」

「任せてにゃのです……っ」


 鎖を握るモエの手に力がこもる。足場の悪いフィールドでどれだけ耐えられるか。


(そういやモエはこれだけ鎖を手に巻きつけて引っ張っても平気なのか? いや、あれだけ振り回しておいて今さらか……)


 普通に考えて今もその手を絞めあげているはずである。下手をすれば手のひらの骨ごと潰してちぎってしまうかもしれない。しかしシュシュは今さらと思った疑問は後にして、現状の打破に意識を戻す。


「んぎぎぎぎ……」

「モエを助けなきゃっ」


 シュシュは口だけで応援しているが武器を失ったフィナも見ているだけではいられない。踏ん張るモエの腰に手を回して一緒に引っ張る。


「俺も助けに──」

「いや、もうその必要はないぜ」


 モエ側のチカラが微増したことに敏感に反応した蟹は、鉄球を咥えた口の周りをゆらゆらさせていた触手を伸ばしてモエへと繋がる鎖を辿り始める。


 絡みつく触手が迫る光景にモエはなおさら必死になり、フィナは気持ちが悪いと目をつぶって踏ん張る。


 そんな中身で必死に鉄球を奪おうとする蟹ではあるが、踏ん張る脚は木々に絡めて上手い具合にロックしている。


 甲殻から、伸びた軟体。フィナの剣をガタガタにした外殻ならいざ知らず、その中身は見た感じ柔らかい。


 守るようにして待機していた触手もモエたちを排除すべく動きだし、今ならしくじりはしないだろうとシュシュが動く。


「くらえ“ヴォルフクロウ”」


 シュシュは固有スキルである“グール魔法”により、吸収した魔物の特性を自らの武器とすることができる。


 魔力をたっぷり注いだそれは、木にしがみつく蟹の直下から突き出し交差する巨大な爪。


 モエたちに引っ張られ細く伸びた口も触手もまとめて、10本の爪が輪切りにしてしまう。


「なんて凶悪なっ……」

「これがシュシュさんの……ぽくの固有スキルと違いすぎますっ」

「──知らないひとには秘密だからな?」


 最前線に近い高階層で出会った赤子という謎のポークを警戒してこれまでシュシュの能力は見せてこなかった。だがそれもいつまでも続けるわけにはいかない。


 この辺りが丁度いいかと、シュシュが手を掛けたことと、その言葉でポークは自分がシュシュにとって今まで“知らないひと”扱いだったことと、しかしこれからはそうではないことを知りリハスの背中で静かに喜んでいた。




「そんでおっさんよ、これのどこが食えるんだ?」

「……俺の知ってる蟹は脚も胴体もその中身が食えたんだが、こんな気持ち悪い見た目じゃなかったからなぁ……」

「あの……絶対おなか壊すからやめた方がいいですよ?」


 中身を切り取られたあとの甲殻には、辛うじてへばりついた紫色の肉がついているが、青い液体を垂らす肉からはむせかえるような臭いが立ち込めており、誰がどうみても口にするものではないと分かる。


「おっさんなら……毒消しの魔法とかあるから大丈夫だろ?」

「即死ならどうしようもなくなるからパスだ」

「焼いてやるぜ? この美少女が手ずから焼いてやるぜ?」

「シュシュさんが……ゴクリ……いや、さすがにそれはダメです」


 煽るシュシュに顔をしかめて拒否するリハスと葛藤するポーク。そんな3人がふざけている背後では水浸しの女子がふたり、千切れ飛んだ鉄球から肉をはがす作業を黙々としていた。



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