触れるもの全てを傷つける猛獣ってか
「もしこれが“バーサク”みたいな見境なくなる強化とかなら──」
「わたしたちに止められるのっ⁉︎」
「──止めてみせるさ」
シュシュはいつでも風の障壁を展開できるように、フィナはその剣で迎えうてるように隙なく構えて、隣の部屋のポークはひとり、レンガ遊びに可能性を見出そうとしている。
「うああっ……にゃああーっ⁉︎」
モエの体の内側から発せられた青い光に、シュシュたちは「来るかっ」とその時を待つ。
「──おい、どうなってやがる」
「そうなってやがるんじゃないの?」
ほんの一瞬の出来事。モエから発せられた光が止んだ後には四つ足に低く身構えるシルエットが残る。
「にゃああ……モエは、モエはどうなっているのですか──⁉︎」
モエは恐れている。あの時の感覚を。
ゾンビを蹴散らしていた時のような殺戮衝動に身を任せた獣。またもや呑み込まれて暴れてしまうのではという危惧。
言葉も話せなくなるような錯覚。今も上手く言語として口にすることが出来たのか分からない。
果たしてそんな獣にモエは……なってはいなかった。
「なあにが“ビーストモード”だよ」
「にゃあー?」
くしゃりとモエの髪を撫でて、その猫耳を揉みしだくシュシュ。
「出し入れ自由になっただけ……じゃねえか。はあ……」
何故だか猫獣人ではなくなってヒューマンに戻ったはずのモエの新しいスキルは、猫獣人の姿になるためのものであった。
「“ステータスディスクローズ”にゃのです」
改めてモエがステータスを開示すると、種族欄にはヒューマンの文字はなく、猫獣人だけが表示されていた。
「いよいよ謎めいてきたわね。ヒューマンなのか猫獣人なのか」
「今は固有スキルも“解除”に変わってるのです」
「てことは、一応種族的にはヒューマンなのね」
ヒューマンから猫獣人へと変化することができるスキル。あくまでもベースはクルーンを通る前のヒューマンであるらしい。
「それでなにが変わるって感じだけどよ。その辺はおいおい確かめていくしかねえか」
シュシュは「緊張して損した」と言いながらベッドに身を投げて大きく息を吐く。そうしないと、練りに練った魔力を発散させることが難しかったから。その顔を、緊張と安堵の入り混じった複雑な表情を見せずに発散させることが、難しかったから。
「当面の間は66階層にギルドもコミュニティも用意はされない」
話をつけてきたリハスとポークを女子部屋に呼んでの会議。彼らも彼女らも異性を呼びつけて困るような部屋ではない。
「66階層は素通り推奨ということになった。すでに上階へのポータルも存在することから、探索もしないただの通り道というわけだ」
それであるなら66階層に腰を据えて挑む必要もないということだ。
「しかしよ……記録になかったゾンビの群れのことを思ったら、その上へのポータルが今でも使えるかは分かんねえんじゃないか?」
階層自体が罠だったのだ。そのためのギミックであるポータルを使用不可にしていてもおかしくはない。
「それは、シュシュが言った通りじゃないのか?」
「俺が……?」
「システムを変えることなく、ハメた」
「システムを、か。なら一度オープンにしたポータルもそのままってわけか」
偽安全地帯での出来事もシュシュの推察も全員で共有している。
リハスはその仮説を支持し、塔の何者かの意思を認めている。最前線に登り詰めた冒険者たちの心を折り、攻略をさせまいとする意思を。
「俺ならその感覚すら罠で手段を選ばずに滅ぼしてそうだけどな」
「じゃあ、また何か仕掛けられてると思っておいた方がいいのね」
「ああ、奴は俺たちを──冒険者たちをここで根絶やしにする気かも知れねえからな」
「そうか」
話した本人が仮説を否定するのであればリハスも頷くしかない。
「あの……それはないと思うのです」
「ん? どういうこった?」
ひたすらに猫耳と尻尾を触り続けて自分のものだと確かめたらしいモエが珍しく異を唱える。
「この先の階層で待ってるって、そう言っていたのです」
「モエの言ってたゾンビの王さまってやつね」
「はいなのです」
そうしてシュシュたちが再度66階層を訪れた最奥には67階層へと繋がるポータルがあり、誰に邪魔されるでもなくそこからようやく最前線へと突入した。