へん……しんっ! なのですっ
「これは一体……」
「これから話す。結論から言って、ここは今のところは大丈夫だが、ゆっくりと寝るわけにもいかない場所になったわけだ」
全員が揃ったなら話は早い。モエの謎は本人が目覚めるまで放置することにして、携帯ポータルで66階層のスタート地点であるコミュニティ跡に飛んできたシュシュたち。
休むことの出来ない非安全地帯となったわけだが、休みたければポータルから他の階層に飛べばいいだけだ。ポータル屋がいなくとも操作は出来るし、何よりギルドに報告をするべきでもある。
「行き先をここに設定してたからな。おっさんがこの現状を理解してくれてりゃあ、ギルドへの報告も手っ取り早い、だろ?」
「まあ、な。それで何があってこんなことに……」
「俺たちに起こったこととそう変わりはしない。場所が違うだけでよ──」
そうしてシュシュとフィナは、コミュニティを見て回りながら実際に体験したこととギルドのノート、それらから導き出したシュシュの推測をリハスに伝えて65階層へと撤退した。
「はわあ……はわわぁ……なのですぅ」
「それはどういう感想なの……?」
65階層に戻ったシュシュたちは、ギルドへ報告に行くリハスと別れて宿を取った。ポークだけはリハスと相部屋なので別室だが、シュシュとフィナは目覚めたモエに「落ち着いて聞いて欲しいの」と話し、鏡にその姿を見せたところだ。
「モエなのです」
「当たり前だろが」
姿見で散々自分の姿を見たモエの第一声に、シュシュのツッコミが頭をはたいた。
「モエは、モエなのです……」
「どうやらずいぶん強く頭でもぶつけたらしいな」
シュシュの言うところの猫ちゃんはすでに猫ちゃんではなくなっているどころか、残念なおつむがもっと残念なことになったらしい。
それでもどうにか無事だったことと、いつものモエらしさにほっとするシュシュ。
「ステータスには何か変わったところはねえか?」
「ステータス……なのです?」
言われてモエは、耳も尻尾もなくなったのならその種族表示が変わっているのかもと思い至り、すぐさま確認する。
「──“ステータスディスクローズ”」
そして少しの間自分だけで眺めていて、見てもらおうと思ったのだろう。他者にも見えるよう開示したのをシュシュとフィナも理解して覗く。
「あら、本当に猫獣人じゃなくなってヒューマンだけになったのね」
「それなら何も問題ねえか。レベルが爆上がりしてること以外には……おい、この固有スキルはなんだ?」
大量のゾンビを倒して上がったモエのレベルは57である。モエと行動を共にしたリハスで59。偽りの安全地帯で冒険者ゾンビを屠ったフィナで55、シュシュが53となっている。
それはリハスの話を聞いていたためにシュシュたちも特別驚きはしないが、気になったのはスキルの方だ。
「“ビーストモード”って何だこりゃ」
「なんか暴走しそうな名前よね」
フィナが口にしたイメージにモエは嫌な予感を感じる。
「モエは……モエなのです」
「なあ、それ……どういう意味なんだ?」
どこか不安そうに、自分に言い聞かせるようなそぶりに、シュシュもさすがにおかしいと感じた尋ねた。
「モエはあのとき──モエじゃなかったのです」
「それってどういうこと?」
「モエの中から、止められない熱いモノが溢れてきて……モエなのにモエじゃなくって、でもモエはモエで」
「わけがわかんねえ」
とは言いつつも、真剣に考えて口にするモエが悩んでいるのはわかる。シュシュはその上で提案する。
「とりあえずよ、そのスキル使ってみろよ」
「えっ⁉︎」
言語化に苦しむモエを問いただしても埒があかない。それでも使えと言われるとは思ってなかったモエは、わかりやすく不安に陥る。
「モエは、モエで……でも暴れるかも知れないのですっ」
「わあってる。わかってるからよ、ここには俺たちがいる。何があっても、止めてやるからよ」
珍しく全力を出すことに躊躇いがなさそうなシュシュが力強く口にして、フィナも頷く。
「でも鉄球だけは没収しとこうかな?」
「分かったのです」
ジャラ……っとモエから受け取ったフィナは150キロの鉄球を抱えて部屋の隅に離して置く。戻る時の足取りがふらついて見えたのは気のせいだ。
「じゃあ、モエ。やってみせろ」
「はい、なのです」
ここはちゃんと安全地帯な65階層のコミュニティにある宿屋の一室。
そんな気楽に正体不明の怪しいスキルを試されては宿屋の主もたまったものではないだろうが、覚悟を決めたモエは気にせず発動させる。
「“ビーストモード”なのですっ」
「──っ、こいつぁ……マズったか?」
スキルとして存在するうちの“形態変化”に類するものだろうというシュシュの予想は当たっていたらしい。
最悪の場合は、荒れ狂う野獣と化したモエを止めるべく大規模な戦闘になるかもしれない。
シュシュとフィナは冷や汗をかきながら、その時を迎えた。