食べても美味しくないですよ
モエの動きは速い。
重さを変えることなく、その鎖を鉄球に繋ぎ止めた根元を掴んで投げつける。
最短最速の投擲は骸骨のど真ん中、胸骨めがけて飛来して骨ばかりの体を弾けさせた。
アンダースローの体勢になったモエは、四散した骨のいくつかが真っ直ぐに自分目掛けて飛んできたのを横にかわして、はめられた。
『神の代替わりにより、我らが役目もいくらか変わることとなった』
かわして無防備になったところを、骸骨の翼だった長い骨が襲いモエを閉じ込める檻を形成し、細かな骨たちがその身を拘束した。
そのうち獣の形をとった頭蓋はいま、モエの頭にすっぽりとはまっていて、言葉を口にするたびに頭蓋に反響しその猫耳を震わせている。
モエは骸骨の体内にいる。全身から徐々に力が抜けていくのがわかる。声のひとつも出せない。
『世界は、巡り巡る』
カタカタ……と音を立てて骨が崩れて小山のようになる。チカラを失い落ちたわけではない。中に囚われたモエが立つこともままならずにへたりこんだから、拘束する骨も高さを失っただけだ。
『その流れを、止めることが出来るのか』
骨の小山の外にはモエの鉄球があるが、鎖を握る手はこれでもかとしっかり押さえられてあり、モエ自身の肉体でも拘束から逃れられそうにない。
「フーッ、フーッ──」
荒い呼吸音だけが漏れ出る。
肉体のある魔物ならゾンビだって倒してみせた。しかし骨だけのこの魔物には、あまりにも無力で無謀だった。
手応えの無い獲物ばかりで、立ち合った骸骨だけは別格なのがすぐにわかった。最初に会った時よりもいくらか大きく見えたし、無かったはずの翼らしきものまであったが、それこそが強者なのだと心を踊らせたのに。
『お前には相応しくないチカラよ。我が取り込んでくれる』
「にゃっ……にゃああああぁっ!」
不死者は生命の輝きを求める。モエの叫びが激しくあたりに響くほどに、骨はその表面に肉をつけていく。
『もはやこの拘束も維持できそうにない』
それは肉を得たから。バラバラの骨ではいられなくなる。
ガラガラと音を立てて骸骨はモエから離れる。その頭骨も、あるべきところに収まりひとつの生命ある者として立ち上がる。
『──この先で待つ。この先の階層にて』
皮さえ持たない剥き出しの肉だけの獣は、翼を大きく羽ばたくと飛び立つことなく忽然と消えてしまった。
「──モエっ、モエっ」
「んあ……ん……」
「気が付いたかっ」
「もう少しだけ……」
「……ああ、良かった」
リハスが駆けつけた時には全てが終わっていた。駆けつけたというより、高い岩山をどうにかよじ登って来た時であり、途中でモエの悲鳴を聞いた時などは慌てすぎて滑落するところだった。
そんな必死さで登りきれば、何もない頂上でぐったりと意識なく倒れた状態のモエを見たものだから、最悪の事態を想定して駆け寄ったわけだが、安らかな寝息に杞憂だったと一旦は安堵した。
しかし、それならさっきの悲鳴はなんだったのかとモエを揺さぶり起こそうとしたところ、リハスの問いかけにモエは寝坊助な返事をしたところで、リハスはやっと安心できた。
「こんなところにいたのか」
寝息を立てるモエを見守るリハスに声をかけたのはシュシュとフィナだ。
「ああ、少し動くに動けなくて、な」
背中にポークを背負って登るだけでも大変だったのに、モエまで担いでなど無理だとしてリハスはフィナたちが助けに来るのを大人しく待っていた。
「それで、積み木ならぬ積みレンガをして……」
「分かりにくいったらねえよっ」
「がーん」
リハスからしてもシュシュとフィナがどこにいるのか分からない以上、迂闊には動けない。携帯ポータルで帰る手もあるが、一帯から魔物の気配が無くなっていることを思えば、はぐれるリスクよりここで待つ方を選んだと言う。
そして待つにしても目印が必要だと考えてしたことが、ポークが生み出すレンガを使っての積み木だ。
しかし黄土色や茶色が多い岩肌メインのフィールドで、茶色いレンガを積み上げても目立たない。ましてや登るのに苦労するひときわ高い岩山の上だ。
時おり投げ捨てたりしてアピールすることでやっとフィナたちの目についたから、結果としては成功だったのだがシュシュとしては文句のひとつも言いたくなる。
「普通こういうときって狼煙でもあげるだろ」
「焚き火の用意は確かにあるが、そこまでの煙は出ないぞ?」
火を起こす枝葉を手に入れられないこともある探索行のために、お手軽な炊飯セットが冒険者たちの必須アイテムとしてあり、当然リハスたちも携帯している。
その炊飯セットは魔物がひしめくフィールドで使用されることを考慮して、匂いや煙の少ないものとなっている。
「豚肉でも焼けばよかったんじゃね?」
「ぽぽぽぽぽぽっ」
「いじわるしすぎよ、シュシュ。ポークくんがおかしくなっちゃったじゃないの」
震えるポークを見て満足したらしいシュシュは、やっと捕まえたモエの元に歩み寄る。
「ったく……世話を焼かせる猫ちゃんだ……あ?」
シュシュが目をこすり、フィナが「あれ?」と言ってポークが豚耳をしょんぼり垂らさせる。
「俺が追いついた時にはこうなってたんだ……」
「いや、よ……まあ、そうあるべきなのかもだけどよ」
シュシュがそっと撫でたモエの頭は柔らかな毛髪こそあれど、あるはずのものが無かった。そのお尻にも。