まるで別人みたいな
モエが手助けした骸骨は多くの魔物を地面より蘇らせた。
突如として現れた多種多様な魔物たちは、リハスたちも登ってくる間に見たことのあるものばかりだったが、それらが一堂に会する階層などはなかった。
さしずめ、冒険者たちに葬られた魔物たちの屍をこの階層に呼び寄せたといったところなのだろうが、いずれもがここよりも下の階層から連れてこられたものばかり。
更には不死性を手にした反面、生きていた頃に比べて脆く動きもぎこちないのだから個々の戦闘力はぐっと低くなる。
そんな魔物のゾンビたちが、恐れを抱くことなく向かった先にいたのは、ひときわ生命力にあふれた個体。
近くには少しの神聖さをまとった男のヒューマンと焼けば美味しそうな豚がいたわけだが、それらには目もくれない。
死者が渇望したのはその生命の輝き。彗星のように降ってきた猫獣人は、徐々に徐々にその輝きを増していき、内より燃え上がるエネルギーに自らも焼き尽くされようとするほどで、陽炎のように揺らめいてさえ見える。
「──あれは本当にモエ、なんだよな」
「分からないです。あんなに、どうして……」
この階層でどれほどの死骸を還してきたか分からないリハスだが、その全てを肉片にまで滅する作業をひとりの猫獣人が成したのは悪い冗談としか思えない。
「いくらゾンビが鈍重でも、並のやつなら50も数えないうちに疲れるだろ……」
さらには重たい鉄球を振り回していればなおさらであるが、返り血にまみれた猫獣人には何も問題ではなかったらしい。
「──666体。やったのですよ」
もしここに現れた魔物が回復魔法で消えて無くなるものたちで無かったなら、モエは屍の山の上に立っていたことだろう。
「モエっ、もういいだろう……帰ろう。シュシュたちが待っているはずだ」
手を差し伸べ呼びかけるリハスだが、一歩が踏み出せない。
今そこにいるのは、いつもの無邪気な猫ちゃんじゃあなく、触れようとするもの全てを叩き潰しそうな獰猛な獣のようであったから。
「──約束があるのです。帰るのはそのあとでなのです」
抑揚なく、誰に気をつかうでもなくただ述べられる予定。じきに日の沈む薄暗い世界にモエの瞳だけが星のように淡く光っていた。
『──よくやった。我がしもべたちを悉く討ち祓った者よ』
モエは約束の通りに、魔物を殲滅したのち骸骨のもとを訪ねた。
『不死の階層。その主を任され幾千年……かつてここを通りし者たちが踏み躙った我がしもべたちも、輪廻の輪に戻ることが出来た』
モエの猫耳がピクリと動く。骸骨のその言い方だと、ここはすでに攻略済みであるかのようで。
シュシュならば、骸骨の言葉に思うところもあったであろう。偽りの安全地帯で過ごしていた冒険者たちも、リハスもが揃って実戦で試したことのない不死者を殺す知識が、なぜ彼らの手にあったか。
ここに来るまで誰も、そんな不死者を相手取る機会などなかったのに、なぜ知識だけあったのか。
しかし骸骨と相対する猫獣人はそこまで頭が回らない。約束だからと戻ってきた彼女は予感しているから。
目の前の骸が、先ほどまでの不死者たちと変わらず自分の“獲物”だと。