変質
時は少し遡り、モエが骸骨の石積みを手助けした直後。
魔物が存在しない階層で安全地帯と思い込んで作られたコミュニティでは少しの騒動が起こっていた。
「──これで最後、なんだな?」
「ああ、3体だけだ」
冒険者たちが取り囲む輪の中で、種類の違う魔物たちが頭も手足も潰されて並べられている。
「ちっ……なにが階層主不在だ。誰かのイタズラかなんかだったんじゃねえのか?」
「馬鹿な。この階層を拓いたのも、足を踏み入れたのも俺たち最前線組が初めてだ」
「そうだ、な。65階層の終点にはまだ転移ポータルは無かったんだから、ワシらが初めてだった」
「だとしたらあの立て看板はなんだったんだ?」
「そんなこと、考えてもしょうがないだろう。少なくともこの66階層はもぬけの殻なんかじゃなく、魔物も、それを統べる何者かもが存在しているはずだ」
冒険者たちも、ギルド職員たちもコミュニティに住む“全員”が集まる広場で、彼らは認識を統一した。あとはこの魔物たちを処分して、他の階層にも情報を届けて対策をするだけだ。
「聖水はあったか?」
「いや……けど回復魔法でも効果は十分なはずだ。古い文献の記述でしか見たことないけどな」
「なるほど……」
そうして潰された魔物たちには回復魔法を施され、あとはその体組織が死滅するのを見届けるのみであった。
「──ギピッ!」
それは魔物の悪あがき。静かに消滅するばかりと思っていたゾンビの一体が、近くのヒューマンの脚に噛み付いたのだ。
「くっ……そうっ!」
ヒューマンは蹴り飛ばして逃れたものの、既に遅かった。噛まれれば感染する。
みるみるうちに身体が変質していくのが分かる。そうなると判断は早く、自らの脚を膝から切り落とさんと手にした剣を振り上げた時、しかしその行動は実行されなかった。
『とっくに──種は蒔かれていただけのこと。それほど驚く必要はない』
手にしたはずの剣は、力無くその手から落ちて地面に突き刺さる。
『我らが思惑にハマり、その意志を手放した者たちに抗うこと叶わず』
見れば誰もが呼吸を荒げるばかりで、身じろぎひとつ、うめき声ひとつ出せずに声の主が降り立つのを見ていた。
獣の頭蓋にヒトの骨格。背中には大型の猛禽類のような翼の骨格があるが、空を飛ぶのに羽ばたく必要もないらしく、静かなものである。
『ここまで登りつめた志を挫いたならば、残るは生ける屍同然。それつまり、我の支配下にあると同義』
空からの使者は、自らをネクロマンサーと名乗り、要件を告げる。
『我が目的のために、殺されて欲しい。数がね……少し足りなくて……いや、本来ならそうでもないのだが、生ける屍のおかげで召喚できる配下の数が足りなくて、ね。同義とはいったものの、そのままでは殺されてくれないだろうから──魔物になってもらおう』
誰も、動けない。否、体の自由を取り戻した者がいる。
そいつは脚を震わせ、血の涙を流しながら隣の男の肩に噛みつき、血を啜り唾液を流し込んだ。