何者も残さないのです
「リハスさん、ぽくに出来ることは……?」
「俺の背中にしがみついてろ」
「分かりましたっ」
本格的に猫獣人と化したモエが荒らす戦場は無惨なものであった。
「前からよ、あの威力はおかしいと思ってはいたが、いよいよって感じだな」
「ぽくは少し怖いです」
リハスはモエの姿を見るまでそのメイスでの戦闘を想定していたが、問題は倒し切れるかどうかだった。
もともと不死者であるゾンビは、殴打しても切断してもそうそう死に絶えることはない。腕の一本になっても、首ひとつになっても死ねずに動くからこその不死者で、リハスが物理で倒すのは相当に困難であったはずだ。
しかしこの鉄球を振り回す猫獣人にはそんな生態も常識も通じない。さすがにただの肉片にまで粉砕され、潰されていれば文字通り手も足も出ない。
先ほどからリハスたちを慮ることなく「にゃはーっ」と叫びながらあちらこちらでさまざまな魔物のゾンビを駆逐する姿は戦闘狂としかいえない異常さである。
「俺に出来るのはせめて経験値として無駄にしないでおくことだけ、だな。“エリアヒール”」
「おお、モエさんが光りました」
「俺の方はさっきレベルアップしたからまだ先だな」
まだまだ元気な個体を削り切るには心許ない回復魔法も、細かく潰された不死者を削るくらいは時間もかからないようで、リハスの仕事はモエが作った地獄絵図から経験値というお宝を回収するだけであった。
「300! あと半分くらいなのですっ」
「あと半分? モエは何を言って……知ってるんだ?」
離れたところで暴れ叫んだモエにリハスの疑問は届かない。それよりも──
(この戦闘のなかであれだけ暴れて……数を数えていたとでもいうのか?)
だとしたらもはや戦闘狂などという言葉では物足りないかも知れない。魔物を、みなが命懸けで進む道のりを、殺戮した数をひとつずつ数え上げる神経は何と呼称すれば良いのか。
視界がブレる。
ノイズが走る。
耳鳴りがするのに、機能の衰えはなく、敵の位置を正確に捉える。
鉄球が軽い。
最大重量で振り回しているはずなのに、今はこの体も振り回されない。
踏み締めた地面がくぼむのを感じる。固い地面に足跡を残して、鉄球を投擲すれば岩壁ごと魔物を押し潰してしまう。
骨がきしむような音までする。
音に混じって何か聞こえるけど何なのかは分からない。
魔物の姿が霞んで見えても、それが不快ではない。
あの獲物はモエのもの。
この獲物もモエのもの。
ひとつふたつ……まだまだモエのもの。
今ので半分くらい?
え? まだそんなにあるのですか……。
「それはとっても──嬉しいことなのですっ」