酒が飲める酒が飲める……のめ、え?
「うにゃにゃにゃにゃあーっ」
可愛い猫獣人の鳴き声とは裏腹に、繰り出された鎖付き鉄球は岩壁を容易に砕き周りを巻き込みながらリハスたちを取り囲む魔物たちを殲滅していく。
「お、おいモエっ! 俺たちもここにいるんだがなあっ」
「──いてっ」
リハスが口にした通りに魔物たちは同情してしまうほどに一方的に粉砕されていく。しかしその囲まれていた中心にはリハスとポークがいるわけだが、破壊の衝撃に飛んでくる石塊が砂塵が、リハスたちを容赦なく襲う。
「うにゃっ⁉︎ リハスさんたちなのですっ! なんでこんなところに……っ」
「そりゃあ──モエを追いかけて、よ」
この状況でモエを助けるためになどとは言えない。今しがた助けられたのはリハスたちの方なのだから。
「──はっ! モエは、モエは偵察にですね……」
「分かってる、分かってるから──撤退しようや」
今回の目的は先走ったモエの回収である。そのモエが見つかったのだから、あとはコミュニティへと帰還して完了のはずだ。
「──モエにはちょっとやることが出来たのですよっ」
「んなっ⁉︎」
先走ったことを咎められると怯えたモエだが、それも一瞬のこと。リハスの誘いを受け入れるつもりがない。
「やる事って──」
モエも含め、リハスもフィナもシュシュもがこの“神の塔”攻略を目指している。
だからこの魔物で溢れた階層でする事といえば攻略で、今は撤退して出直そうという提案をモエが断る事などリハスは想定だにしていない。
「“お願い”を、聞くために……なのです」
リハスには分からない。だが譲れないものというのが誰にもあるのは分かる。今のモエからはそんな固い意志を感じて、止める事が出来ない。
「──俺たちも行く。危ないと思ったら引きずってでも帰るからな」
「え? 獲物は渡さないのですよ?」
「……」
それほどにまで、戦闘がしたかったのかとリハスは呆れて、やはり首根っこ捕まえてでも帰ろうかと思ったとき。
「先にいくのですっ」
「モエ、お前──」
無邪気な猫獣人の瞳が黄色く妖しい光をたなびかせたように見えた。
「──っ」
後ろを振り返ったシュシュは、すでに魔物の姿がとうに見えなくなっているのを確認したが、フィナはそれでも止まる気はないらしい。
意地でも安全なコミュニティに帰り酒をかっ喰らって酔い潰れる気である。
モエを探す目的だった行きとは違い、ひたすらに走るだけの帰り道は速い。
遠くにコミュニティを囲う柵が見えた時、フィナは「やっと」と呟き、シュシュは「すまねえ」と漏らした。
「はいっ、到着っ」
「さすがに早えな」
作りかけのコミュニティの門はまだ扉もなく、門番なんてものもいない。
「不用心だけど、安全地帯ってそんなものだからねー」
「まあ、な」
そんな門を通り抜け、フィナは酒場があるところへ向けて歩き出す。走り続けたからかは分からないが、その足取りは非常にゆったりだ。
「なんだありゃ」
そうしてのんびり歩くフィナについていくシュシュは、建てかけの家屋の脇に掘られたような穴をいくつか見つけて、それでも便所にでもなるところなのかなと深く考えずにいた。
「人は少なかったけどさ、それにしても静かすぎない?」
「どいつもこいつも疲れた顔してたから寝てんじゃねえか」
すでに時刻は夕食どきであり、日も暮れかけている。空には沈む前の太陽と昇り始めた月が引き継ぎでもしているようで、しばらくは薄暗い時間が続くであろうといった頃合い。
悠々と歩くフィナたちは、モエ探索に出かける前に集まっていたテーブルを見つけて、そばに誰もいないことから本当にみんな寝たのかと辺りを見渡す。
「マスター? お酒ちょーだいっ」
酒場になっているカウンターから奥に声を掛けてみても返事はない。
「お酒ちょーだいってさあーっ」
「この階層はギルド職員も冒険者もまだ少ないから閉店なのかもな」
「そんなぁ……出してくれないなら勝手に飲んじゃうよーっ?」
「おい、フィナ……」
そんな階層の事情なんて知ったことではない。フィナはいまどうにか薄れかけてはいる恐怖を、それでも酒の力ですっきりと忘れたいのだ。
そんな自分勝手なダメエルフは軽々とカウンターを飛び越えて、酒樽が置いてあるであろうバックヤードへと入っていく。
「呆れた非常識さだな……」
「いやあああああっ」
「んなっ⁉︎」
軽やかに奥へと入ったフィナの叫びが聞こえてシュシュが目を向ければ、腰が抜けたように這って出てきたフィナが今度はナメクジのようにぬるぬると無様にカウンターをどうにか乗り越えてくる。
「何を叫んで……今度はどうした? 幽霊でも見たか?」
「あわ、あわわ……」
時に人の心はその不安定さから何もないところに幻を見たりもする。
シュシュはよほどあの不死者たちが怖かったのだろうと、結果的に帰ってきたことは間違いではなかったのだろうと苦笑いでフィナに尋ねる。
「ぞ、ゾンビが……ゾンビが……」
フィナが言い切るよりも先に、シュシュはそいつを見つけた。
よたよたと覚束ない足取りで現れたゾンビの手には一杯のジョッキが握られている。
ドンっとカウンターに置かれたジャッキーには並々と酒が注がれており、美味そうな泡がこぼれる。
「──お待ちかねの酒だぞ、フィナ?」
「い、いらない……ぐすっ」
腰が抜けて立てないダメエルフはゾンビの注いでくれた酒よりも濃い色の液体を地面に垂れ流していた。