丸焼きにしたら美味しそうとか、冗談でもやめて下さいっ
「いやああああっ」
「おいフィナっ、逃げてどうするっ」
モエを探していたフィナたちだが、突然空が暗くなったかと思うと地面から次々と突き出てくるものを目にした。
ただの魔物ならいざ知らず、このフィナはお化けの類が苦手である。とりわけ、斬っても突いても倒れない不死者などが。
「だって──あいつらに噛まれたらわたしもゾンビになっちゃうじゃないのよっ」
「なら噛まれなきゃいいだろがっ」
「いやよっ。ぜえったいロクなことになんないんだから」
「やれるっ、フィナならやれるっ」
そう、今となってはそれなりの強者であろうフィナが、何を恐れるか。
なにより逃げていてはモエを探すどころではない。
フィナは恐れる感情を抑えて、キッと振り向く。
千切れそうな片脚を無理矢理回して迫るチンパンジーの魔物に、頭を半分失ってあれやこれやをぶら下げる馬の魔物。
「こ、こわくなんて──」
「ああっ、その意気だ。こんな鈍重なやつら、何を恐れるものかっ」
それらの先頭では胴体の肉を失った黒犬たちが開いた血まみれの口の中に火炎を溜め込む。生きていた頃は恐らく小さな火球を飛ばす魔物だったのだろう。フィナも50階層台で相手にした小物だ。
「こわくなんて……」
生前のように火球の魔法を発動させようとした黒犬は、しかし上手く発動させる事が出来ずに喉で暴発させ──その首だけが大砲のように飛んできた。
「うっぎゃああああああっ」
「お、おいっフィナっ!」
美しく踵を返しての全力の逃亡である。
当然ながら取り外し可能なギミックではない黒犬の首は、己の暴発させた魔法により射ち出されたおかげで、元々のグロさをさらに酷い有様にして勢いよく飛びついてきたのだ。
「ダメよっ、もうモエは諦めて帰ろうっ! 何もないコミュニティでもここよりはマシだものっ。悪い夢は忘れて──酒でも飲みましょうっ」
「おまっ……止まれっ、止まれ……くそぅ」
シュシュが実力行使に出ればフィナの脚を止めることは可能だろう。しかしそうした場合、フィナは戦力外でシュシュひとりこの魔物たちの群れに対応せざるを得ない。
どうせ、恐らくは無事であろうモエを捜索するよりも自分たちが危機に陥るというわけだ。
(モエっ──生きてろよ)
スタート地点であるポータルそばのコミュニティへとひた走るフィナの背中で、シュシュはせめてそれだけはと祈った。
「りはっ、リハスさん! ぽくはどうしたら──」
「何もするこたぁねえっ。しっかりと背中にしがみついていろ」
「は、はいっ!」
岩壁の上を伝っていたフィナたちと違い、迷路のように囲まれた道を進んでいたリハスとポークはモロに挟撃の憂き目に遭っている。
「不死者には回復魔法ってのが本当で助かったぜ」
見た目に屈強な戦士かのようであるリハスは一応僧侶であり、似合わない祈りの言葉で魔物目掛けてエリアヒールを放ち、第一陣を退けていた。
「お、レベルアップまでしたぞ。ラッキーだな」
「そう、ですね」
ラッキーと言う割に嬉しそうでもないリハスと、ノリの悪いポークはそれだけで窮地を脱する事も出来ずに囲まれたままである。
「生者の匂いでも嗅ぎつけてくるんだろうな……俺たちを食べてもいいことなんかねえぞ?」
「そ、そうだぞー……」
魔法も万能ではない。特に回復魔法などは仕掛ければ途端に復活とはいかず、再生能力を限界を越えて働かせるものでしかない。不死者相手に効果が反転しても、じわじわ削るスリップダメージに変わるだけだ。
だからこそ、リハスたちに襲いきた第一陣も退けただけで、そのうちの何体かを地に還したので精一杯である。
「ちっ、数は多いが──やれないこともないか?」
その肉体でここまで上がってきたリハスだ。手にしたトゲ付きメイスでやれなくもないだろう。
しかし数の不利は覆せるレベルではない。もって数体、その間にポークをレンガの家に篭らせたとしてどちらが先に魔物の仲間入りを果たすかの違いしかないだろう。
リハスは見上げて──手を動かす。
「……」
「ちょ、リハスさんっ、胸元で十字をきって祈るのはやめてくださいっ」
縁起でもない、と焦るポーク。
「いや──ちょっとあいつらの境遇を不憫に思って、な」
「え……?」
リハスの陰に隠れて震えていたポークには見えなかったが、リハスはそのシルエットを目撃していた。
空から一目散に駆けつけた、迷い猫のシルエットを。