そういえば情報は何も得られなかったけど、大丈夫よね?
「なんだか嫌な予感がするぜ」
「あら、今さらとか遅くない? わたしはとっくに嫌な予感しかしてないわよ」
フィナとシュシュも何のヒントもなくモエを探すのは難しいと、好奇心旺盛な猫ちゃんモエが目指しそうな高い岩山を目指して進んでいる。
「いやそんなのは俺だって最初からだ。そうじゃなくてってよ、これはもう本能みてえなもんでさ」
「牛の時、みたいな?」
シュシュにはグールだった時の感覚が残っているであろうことはフィナにも分かっていた。
だからこそ、シュシュの言葉がさらに不安を募らせる。
「あれとは違う。あれは絶対に抗えない存在だからよ。なんだろうなこの──懐かしさのような、それでいて気持ち悪い感じは」
「曖昧な返事が1番怖いんだから……」
怖い話が苦手なフィナは、元グールで現エルフ幼女のおじさんがそんな事を言うと何があるのかと震えてしまいそうになる。
「──なにか、くるっ」
「ちょ、やめてええっ」
骸骨はずっと同じことを繰り返している。不定形な石は不器用な骸骨がどんなに繰り返しても3つしか積み上げられない。
崩れては積む。
「手伝ってあげるのです」
「カタカタ……」
コミュニケーションが取れているわけでもない。
骸骨が石を積むのをじっと見ていたモエがもどかしくなって申し出ただけのことだ。
「……難しいのです」
「カタカタ……」
モエが手を出しても進展はない。
大きさ自体は似たようなものだが、平たくなどなくどう積んでも6つある石が積み上がるまでいかない。
「骸骨さんは魔物なのです?」
「カタカタ……」
「違うのですか。残念なのです」
「カタカタ……」
手伝えども積み上がらない石。
「骸骨さんは楽しいのです? これ」
「カタカタ……」
「じゃあやらないと、なのです」
「カタカタ……」
それでも崩れ、骸骨はまた積み上げようとする。
「モエにいい考えがあるのですっ」
そうしてモエがしたのは、その両手で支えるという単純なこと。つまりルールがあるのであれば、きっとそれはズルである。
当然、それまでの壁はあっさりと越えて5つ目の石が乗ったところでモエは骸骨の反応を見る。
決して何も変わらない骸骨だが、あとひとつで積み終わるのだと、モエは期待が膨らむ。
「カタカタ……」
「そうなのです。やっと出来たのですよ」
モエが手を離せば簡単に崩れ去りそうなバランスでしかないのだが、骸骨が言うには出来上がったらしい。
モエはきちんと聞いている。
『ここに666の魔物が甦る。全てを駆逐したのち、また戻ってくるがいい』
「魔物っ! そんなにたくさん……いいのですっ⁉︎」
カタカタ、と骸骨は骨を震わせて座したまま沈黙した。
程なくして空を緑に染めて地の底から無数の腕が脚が生えてくる。
魔物が、甦るのだ。
「よおーっし。やるのですよっ」
岩山の頂上には何も現れないらしいとみたモエは、やっと訪れた活躍の場に心と体を躍らせて飛び降りた。
「そういやぁ、さっきこの階層に来たばかりだっていうエルフに話しかけられたんだがよ」
「へえ……エルフとは珍しい」
「それもとんでもねえ美人でさ」
66階層のまだ造りかけのコミュニティでは、乱雑に置かれたテーブルを囲んで傷ついた体を癒す冒険者たちが酒を酌み交わしている。
「あんまりにも綺麗だったもんだから、相手の質問もそこそこに口説いちまってさ」
「フラれたか?」
「そんなとこだ」
宿も浴場もないコミュニティで汗と汚れに塗れた髭面ではそのエルフのお眼鏡にかなわなかったらしい。
「いい匂いがしたんだよなあ」
「まあ俺たちに比べたら道端のうんこでもマシかも知れんわな」
「そうそ。なのにこの階層はどんな地形だったかとか、階層主はとか魔物はとか……」
「で、ちゃんと教えてやったのか?」
「──その前に口説いてフラれた」
「なんだそりゃ」
仲間内で笑い合う声。
「まあ、知らなくても大丈夫だろ。ハイキングを楽しめばいいさ」
「俺たちも大所帯でキャンプしただけだったもんな」
「──ああ、警戒して慎重にすすんで、魔物の1匹にも出会わなかったんだもんな」
魔物との戦闘はなく、彼らは無傷でたどり着いたという。
「『あるじ不在につきフリーパス』なんて立て看板と解放された状態の転移ポータルが並んでるとかよ。何人か行っちまったけど、気が抜けたっつーかよ」
「魔物もストライキ起こすだろうよ。ずーっと誰も来なかった階層なんてよ」
「まったくだ」
過度の緊張と疲労の蓄積した体に、その何とも言えないゴール地点は、戦うことなく、ここまで登ってきた屈強な冒険者たちの闘争心を萎えさせて足止めしていた。