やっと見つけたのですっ
それは決してジョギングなどという速さではなかった。
「──63階層はリハスさん、次はフィナさん、次もフィナさんで……モエも戦いたいのですっ。なので少しだけ、ほんの少しだけ抜け駆けしちゃうのですっ」
まだフィナたちが気付くよりも前。モエはひとり自分に言い聞かせるようにフィールドを走る。
コミュニティを出た辺りではまだ緑が多かった印象も、途中からは入り組んだ岩場となり、まっすぐに見通せるところも少ない。
角を曲がり、岩を登り、降りて探す。
「──なにも、いないのです」
見渡す限りに、モエの索敵に引っ掛かるものはない。もしかしたら最前線組が根こそぎ倒したあとなのかもと思うモエだが、それでも全くいないのは異常である。
「あの大きな岩山まで──」
それほどに遠くない距離に見える尖った岩山を目指しモエは跳ねていく。
経験上、階層主のいる場所ではないほど近い距離。そこまで行って何もなければフィナたちのところにしれっと帰ろうと決めて。
「モエはっ」
「見えないわ。まだどこにも……それどころか魔物の姿も」
「おっさんの方はどうだっ⁉︎」
「俺には獣人みてえな耳も鼻も感覚もねえから分かんねえっ」
「髪もねえもんな」
「フィナ、ポークとその生意気な幼女を交換しよう」
「馬鹿やってる場合じゃないでしょ。早くモエを探さなきゃ」
シュシュを背中に背負い身軽に岩場を走るフィナと、巨大な岩だらけで区切られた地面を迷路のように彷徨うリハスでは見えるものが違う。
「なんだかんだ先に攻略された階層だ。モエならひとりで勝てなくとも逃げてはこれるだろうが──」
「ねえ、シュシュ。いくらモエが元気な変な子でも、ひとりで突っ込んだりするのかしら」
「それはつまり自分の意志でじゃない、ということか?」
近ごろのモエは興奮すると抑えが効かない猫のような存在になりつつあるが、それはきっと猫獣人になったからだろうとフィナもシュシュもなんとなく納得していた。
それでも良識だけはあるはずだと。心根の優しいモエのことだ、もしかしたら他に何かしら理由があるのかも、とフィナはシュシュに考えを告げて、シュシュも静かに頷き捜索を再開した。
「モエはっ! 活躍したいのですっ」
ひときわ大きな岩山へと向かい疾走するモエのひとりごとには、フィナの予想が全く的外れであったと思わせる説得力があった。
仲間が誰も聞いていなくてよかったとも言える。
滾る衝動は、体を動かさなくてはならないとでも言うかのように、走りながら意味もなく鉄球を振り回しては辺りの岩壁を削り砕いて砂塵を打ち上げている。
「モエはっ、ぶつけなきゃっ──ならないのですっ」
フィナたちでは到底追いつかない速度で跳びはね駆け抜けて、モエは目的の岩山へと大きく跳躍すると、先の戦いで身につけた“モエ式飛行術(物理)”で岩山の頂上に届く高さまで昇り詰めた。
「──モエの、獲物なのですっ」
道などあろうはずもない岩肌を登ろうとするならば、命綱無しのロッククライミングが必須なその頂上にたどり着いた者などいるのだろうか。
シュシュたちのように風を操ることが出来たなら、もしかしたら他にもいたのかも知れない。
しかしここは攻略を進める最前線組が先日攻略したばかりの階層。その可能性は低いだろう。
だから、その目で耳で猫耳で尻尾で獲物を見つけたと喜ぶモエが出会った相手がこの階層の何者なのか知る者もいないだろう。
戦うのだと張り切り頂上に着地したモエは、しかしその相手がなんなのか分からず首を傾げる。
「……骸骨さんなのです?」
何もない岩山の頂上で、白骨が座っている。
骨以外に何もないであろう体がどうやって組み上がっているのかは、きっと魔物かナニカだからと理由づけするしかない。
ヒトの骨格を持ちながらも頭蓋だけは獣のそれで──2本の大きなツノも有している。
フィナならソッコーで逃げを選択し、シュシュでさえ関わり合いにはなろうとしないであろうこれまで戦ってきた他の魔物とは違う異質な相手。
「それ、面白いのです?」
そんな骸骨は胡座をかいた姿勢で目の前に転がる石を積み上げては崩してを繰り返している。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
カタカタと揺れる骨の音がモエを誘う。