がーん、なのです
最後のひとつまで、降り注ぐレンガを余すことなく打ち抜いた彼女はバッターボックスから塁に出ることなく勝利の余韻に浸っている。
誰もがなし得なかった打率10割どころか、本塁打10割という偉業。
嵐か竜巻のような風の大歓声が耳を喜ばせる。
「もはやわたしに敵なし」
そう、このエルフは確かに凄いことをやってのけたが、結局のところシュシュに弾丸を供給しただけなのに、まるでMVPかのごとき達成感と多幸感に包まれている。
「世界が──祝福してくれてるわ」
この“神の塔”において世界とは未知のもので、定義付けるならばこの魔物はびこる塔のこととなるのだが、そんなものからでも祝福されたいらしい。
だから、フィナは喜ぶべきなのだ。降り注ぐ赤きシャワーに。
「ぶううわっ! 何これきったな……ひいっ、目玉に腸っ──」
「ぶくぶく……」
モエが粉砕した頭部はもとより、形を成しつつあった胴体も共に崩れ去るところをシュシュの風が巻き込み周囲に撒き散らしたのだ。
馬鹿みたいに口を半開きにして悦に浸っていたフィナはモロに浴びて錆び鉄のような味に吐き気を抑えられない。
この世の終わりかという真っ赤な空に、守ってくれるお家を無くしたポークなどは泡を吹いて意識を失ってしまった。
赤き雨降り注ぐ大地で、竜巻の足元にいたシュシュだけが無事であった。
「──モエ、その姿で近寄るなよ」
「がーんっ」
嬉しい事があると見境なく抱きつきをかます猫ちゃんに前もって釘を刺すシュシュ。
無事に綺麗なままなのはシュシュだけで、渦中に文字通り飛び込んだモエなどはフィナたちより更に目も当てられない姿である。
「でも、やったのですね」
「まあ、な。たぶん現れ方からすると本体じゃないとかかも知れんが──」
シュシュは、静かに喜びを抑えているがそれでも滲み出るものがあるらしく、笑みがこぼれる。
それは近くにいたモエだけが聞いた言い間違い。
「──それでも僕たちはとうとう成し遂げたんだ。“神殺し”を」
「“僕”? なのです?」
普段からどんなに取り繕っても中身がおっさんなシュシュは生意気な幼女でしかないが、この時だけは何故か、見せたことのない優しい笑顔だった。
「──あ? 何か言ったか、モエ」
「うーん、にゃんでもにゃいのです」
それは聞き間違いだったと、モエは気にも止めず血肉にまみれ汚れた体を流し始めた。
余りの汚れっぷりに「仕方ねえな」と体をすすぐのを手伝うシュシュは既にモエのよく知るおじさんだった。
「──あり得ねえだろ」
「ご、ごめんなさい……です」
「責めても仕方ないわよ」
「なのです」
半狂乱するエルフと痙攣を始めた豚を助けて、シュシュは今回の目的がどうなったのかを確認した。
それは当然、ポークのレベリングのことであるが、シュシュもモエもフィナもがレベルを2つあげたというのに、ポークが開示したステータスは変わらずレベル1のままだった。
「責めてるつもりはねえが……パーティ登録はされているし……」
すでにレベルが40を超えているフィナたちでさえ、大量の経験値にレベルをあげたというのに、レベル1の──レベル上げに必要経験値が少ないはずのポークが不変なのは納得がいかない。
さらにシュシュの“経験値1000倍”まであるのだ。この瞬間にポークは固有スキルの影響を受ける限界の30まで届き、余剰分でさらに上がっていてもおかしくない。
シュシュの考えではポークはモエたちとは違うものの、同じ塔に生きる者であり、冒険者として同列なはずであった。
「考えても分からないことは──」
「考えても仕方ないのですっ」
フィナが振ればモエが答える。
「──すっげえポジティブな感じに言ってるが、思考を放棄してるだけだからな、それ」
「がーんっ、なのですっ」
その思考の結果としてモエは猫獣人になって、クルーンの残りの穴が何をもたらしたのか、ふたりとも未だに分かっていない。
「でもま、今は分からないのは変わらないでしょ? 何しろシュシュのそれがなくても、レベルアップしないことは異常なんだし」
「まあ、な。もしかしたら忘れた頃にきたりしてな」
「寝てる間に光りだしたらそうでしょうね」
フィナの言葉もあり、牛を撃破できた喜びがシュシュにまで考えることをやめさせた。
そうなると不安なのは、早く追いつきたい気持ちのあったポーク自身である。
「ぽくは──どうなってしまったのでしょう」
死んだと思ってたら記憶を引き継いで豚のふたなりである。その上、この塔において欠陥品であったなら、お先真っ暗どころではない。
「まあ、俺たちについてくるなら守ってやるさ」
「シュシュさん……」
「モエたちが、な」
任せてくださいなのですっと胸を叩くモエとフィナで笑い、4人はとりあえずリハスの待つ63階層へと戻っていった。