なにこれすっごい気持ちいい
「くそっ、ただのヨダレだったのはラッキーだが、何も好転しちゃいねえ。足元への攻撃だけじゃあ、何も──」
決死の覚悟でイノシシを突貫させるシュシュだが、それだけでは倒せそうにない。
「しかしあの首にまで届く攻撃を俺は持っていない」
鎌も弓もせいぜい膝までだ。風なら届くのも確認済みだが、有効打にならないためにすぐに諦めている。
「届かない攻撃か、届くそよ風か」
地上の木々を薙ぎ払う威力もこの牛の皮を突破するほどにはない。
宙に投げ出されたままのモエも気がかりである。このままでは牛はじきに完全体になってしまうだろう。
焦りが募る。その時にどうなるのか分からないだけに。
突破口が見えず余裕のないシュシュに遠くの喧騒が聞こえる。フィナとポークのせめぎ合いに「何をしてんだ、まったく」と呟きその方向を振り向いたとき、シュシュは可能性を目にした。
「やめっ、壊れっ──」
「わたしも入れてええっ」
フィナかポーク、どちらの必死さゆえか。
押し合いへし合いするふたりの争いは、力の強いフィナが必然的に勝ったのだが、確実に容積不足なお家の中に飛び込めば、ポークの硬いだけの軽いレンガのお家は勢いよく弾けて空へと散らばった。
「ああっ、ぽくの要塞がっ」
「何でもっと大きく作んなかったのよおおっ」
弾ける家とこだまする叫び。
「──フィナっ、そのレンガをこっちに飛ばせっ」
そしてありったけの声量で聞こえたシュシュの求めに、よだれにまみれたフィナも一瞬で頭を切り替える。
「飛ばせって言っても──いいわっ全部受け取りなさいよっ」
愛用の剣はレンガを叩いた時に欠けたまま修復も出来ていない。
それならいっそと、鞘から抜き取り両手で八相に構えて──片足立ちになり、上げた足を前に出してつき、脚から腰の捻転を加えて水平に振り落ちてきたレンガを次々と打ち出す。
後にこの世界でバッティングと呼ばれる技法が誕生した瞬間──とかではないが、フィナは降り注ぐレンガの雨の中、野球のある世界でならホームラン王を名乗ってもよい成績を叩き出した。
全てがバックスクリーン直撃かという伝説のバッターがよこしたレンガたちにシュシュはこれで届くかも知れないと賭けてみることにした。
「上手くいったなら剣の修理代は俺がおごってやる──“ダストデヴィル”」
シュシュが巻き起こす強烈なつむじ風は、相手が相手なだけにその規模を竜巻の如くまで成長させ、レンガを巻き込み牛へと目掛け撃ち抜きにいく。
「風に乗って飛ばせて、硬いってんならきっと痛いはずだろうっ」
突風に突き飛ばされたレンガは狙い通りに牛に当たるが弾かれていく。
「押しが足りねえなら、もっともっと加速させるだけだっ。そうだろう、モエっ」
「にゃにょですっ──ふげっ」
またも牛の頭に負けたモエは空の旅へと出てしまう。それでも復帰して諦めない姿は、シュシュへの励ましとなり結果を残す。
「うおおっ」
フィナの本塁打の量産と、シュシュの限界を塗り替える風の精霊の酷使はやがて牛の体を貫く弾丸へと変わる。
回転し襲う弾はまだ未完成な牛の脚を、胴を次々と貫いていく。
それが首元にまで届いた時には通じず弾かれていくが、シュシュとしてはそれだけでも十分。
一度きりの特攻を成功させるためにはそれだけ分かればいい。
「俺は──こんなデッカい鎌なんて使ったことねえが……手に持って構えているだけでいいなら技術もくそもねえ」
言って、自分で発動した竜巻に飛び込むシュシュは、回転を制御し、大鎌を構えた自身と牛との交点を一点に定める。
レンガが貫けたうちの頭部に最も近いところ──首の付け根に向けて、風に乗り飛んでいく。
「目が回ってる暇もねえっ、くらえっ」
遠隔操作では全く届かなかった大鎌も、手にして構えれば首を刈るギロチンとなる。
「そんでっ……モエっ」
「にゃにゃにゃあーっ」
示し合わせたかのように、すれ違うシュシュとモエ。
「──任せたっ」
「任されたにょですっ」
首と胴を切り離したシュシュが勢い余って飛んだところでモエがバトンを受け取る。
「首が繋がってなきゃあよ、耐えることも出来ねえだろうが」
牛の紅い瞳に、生意気なエルフ幼女の笑みが映り、次の瞬間にはその視界を黒い鉄の塊が埋め尽くしていた。
避けられない一撃。
切断され竜巻に巻き込まれて回転した牛の頭を、迎えうったモエの鉄球が見事に撃ち砕いてみせた。