物理飛行……いや、間違っちゃいねえんだがよ
牛の、左の後ろ脚が弾ける。
「──うちの猫ちゃんはやっぱ魔法使いじゃねえな」
それを本人に聞かせると「そそそ、そんな事はないのですっ“スライム魔法”がある限りはモエの魔法使いの可能性はゼロじゃないのですっ」と返すであろうシュシュの呟きは、どう見ても脳筋にしか映らないモエの働きを見たことによるものだ。
「にゃあっ、にゃっにゃっにゃっ!」
牛の脚が次々と爆ぜる。モエは1本を砕き、さらに続けて並んだ2本も砕くと鉄球の重さをゼロにして体に引き寄せる。
まだ一方向に飛んでいる最中に、今度は力いっぱいに右の後ろ脚へ向けて軽い鉄球を投擲し、重さを最大にすることで方向転換する。
さらに同じやり方でもう一度同じ方向へ投擲することで加速し、反対側の脚も爆散させてみせた。
「これがモエの飛行魔法なのですっ」
「──いや、どう見ても物理だわ」
遠くで叫ぶモエにシュシュのツッコミは届かない。
そうなると状況は少し変わる。
シュシュのグール魔法が牛の脚の中ほどまでしか届かないのに対して、モエは更に上空へと突き抜けることが出来るのだ。
つまりは、まだ体の構築中であると見られる牛のなかで生命を感じるところ──紅く揺らめく瞳がある頭部に。
「モエっ、頭を砕けっ」
「──っ! はいなのですっ」
大きく破損した後ろ脚は両方ともまだ再生が追いついていない。この間もシュシュ自身が前脚を攻撃し続けて血肉の供給が上へと及ばないように努めている。
モエは分厚い胴体に突っ込むことに不安を覚えたのか、一旦外から回り込み頭部に直接叩き込むことにしたようだ。
「モエにしては判断がいい。野性の勘てやつでも芽生えたか?」
メンバーの成長を感じたかのようで、シュシュは嬉しくなり、やってくれるものだと信じてしまう。
だが──。
「くらうのですにゃぁーっ……ぎゃふっ」
先ほどまでと同じように、勢いをつけて突撃したモエは牛が首を振っただけで跳ね返され上空へと捨てられる。
シュシュとモエが妨害していたとはいえ、その供給を堰き止めるには至らず、上へ上へと注がれたそれは、末端であるところから確かなものへと完成させつつあったのだ。
つまりは頭部から。
「──ちいっ、間に合わなかったってのか⁉︎」
モエの鉄球が負けるほどの硬さと力。恐らく頭部は既に見た目だけのハリボテではないとシュシュは結論づけ、なおさらに攻撃する手を止めるわけにいかないと次の手をうつ。
「“ジェネレイト──バタリングラム”」
シュシュのグール魔法は“サクション”で削り取り込んだ魔物を別の形で生み出して己がチカラとすることが出来る。
それは元の魔物のレベルに囚われず、特徴を十全に活かしたシュシュのチカラに変わる。
そうして作り出したシュシュの目の前には大きなイノシシが二体顕現し、今にも突撃せんと地面を蹴り構えている。
「斬撃よりも打撃のほうが効きそうなのは、うちの猫ちゃんが証明してくれたからな」
シュシュの魔力をたっぷり注いだイノシシたちは、堅固な城門を撃ち破る破城槌のごとく、牛の両の前脚に突撃して砕いてみせた。
「まだまだだあっ」
シュシュの気合いで生きた獣の如く猛攻を加えるイノシシたち。同時に先に生み出した大鎌を操ることも忘れない。
前脚の支えを完全に失くし、体勢を崩しそうな牛ではあるが、止まることのない供給が辛うじて立たせている。
「足りないっ、だが俺ではもう──」
シュシュの固有スキルでどんなに武器を生み出せたとしても、そのための魔力も足りないし、何より脳のキャパ不足でもある。
(焼き切れそうな思いだぜ)
狙った通りの動きをしてもらうには些か、マニュアル感が強すぎるのが惜しいシュシュの固有スキル。
数だけを出し続けたりでもすれば、あっという間に全てがあらぬ方角へと走り去ってしまうだろう。それらの制御にはひとつの頭では到底足りそうに無い。
歯を食いしばり抗うシュシュの頭上でゆらりと、牛の頭が下を向いた。