任せてなのですっ
「あー、久しぶりに来るとあっつい」
「なのです。それに懐かしいのですよ」
フィナたちがポークのレベリングのために飛んだ25階層は、当然攻略を経験した階層でもあるのだが、モエとふたりで組んで初めて訪れた階層でもある。
ふたりきりで訪れ、その無謀さをリハスに指摘され諭される出会いのきっかけの階層だ。
「熱帯林か。ここはどんな魔物が出るんだ?」
「たしかイノシシよ。群れは作らないわ」
「豚のレベリングにイノシシたあ……トンカツに引き続き共喰いか?」
「ぽ、ぽくはイノシシじゃないですから大丈夫ですっ」
ポークも元冒険者として上を目指す人間だった。だからこそレベリングの必要性は分かっていて素直に頼っている。
「じゃあさっさとやることやって帰ろう。モエ、フィナ。階層主のとこまで頼むぜ」
「任せてなのですっ」
「またダッシュなのね……」
小物でも狩り続けていればシュシュのスキルの影響を受ける上限である30レベルにも到達するだろうが、効率でいえばモエたちの脚でひとっとびに階層主撃破が良いとの判断。
フィナがシュシュをモエがポークを背負い、風のように駆け抜ける。
「──ここの階層主の特徴は?」
「特徴なんてものないわよ。おっきなイノシシなだけ。強いて言えば他の雑魚より魔力が多い分、皮膚を硬化してるから攻撃が通りにくいってとこかしら」
「つまりは普通、か。硬いって言ってもフィナの敵じゃないんだろ?」
「そりゃ25階層だもの。さっきまでの人狼たちのほうがずっと硬いわよ」
「ならあっという間だな」
「もちろん」
ポークをシュシュの固有スキルであるブースターの効果上限であるレベル30まで引き上げる作業に時間をかけるつもりのないシュシュは、さりげなく2人の走行を風でアシストし、たったの一泊で階層主までたどり着けた。
「──フィナさんもモエさんも、とても脚が速いですね」
「まあ……こんなものよ」
そんなわけはない。明らかに自力よりも速いスピードに脚が追いつかずこけそうになること数知れず。その全てを浮くようにして、ごまかしていたのもシュシュの風のチカラである。
「ぶたのおべっかなんて程々にしてよ、あれが──階層主なんだな?」
「そうよ。身の丈2メートル余りなだけのイノシシの魔物」
「じゃあ、モエの鉄球でしばいて終わらせてくれるか?」
「任せてなのですっ」
一撃粉砕。モエの鉄球を持ってすればデカいだけの低階層主など当たりやすい的でしかない。
「……フィナ、構えとけ」
「え?モエが仕留め損なうとでも?」
「──念のため、だ」
背中から降りたシュシュとポークはフィナの背後に控える。そのシュシュが珍しくモエの戦闘に不安を覚えるかのような言葉を口にする。
「ははあ、なるほど」
シュシュの真剣な表情に、フィナは鉄球による粉砕でまた返り血で汚れるのを懸念しているのだと納得する。
それならばフィナが風の精霊のチカラを借りれば防げるだろう。だが、それだけならシュシュの方がもっと上手くやれるはずである。
階層主のテリトリーは踏み固められた地面に衝突の威力で抉られた木々が鬱蒼と繁る熱帯林。
勢いつけてぶつかったなら辺りの木々などなぎ倒すほどの威力を秘めている階層主の突進だが、それでも走りやすい道を選ぶ。
立ち回りを間違えなければこの猪突猛進の魔物の動きをコントロールすることは容易い。
ゆえに、モエの鉄球は階層主が木々を避けて真っ直ぐにモエへと向かったところを正確に正面から打ち抜いた。
鼻先から潰れ、陥没し、腹を突き抜けケツに抜けていく魔物の顔面と鉄球。
後方に放射状にぶち撒けた血が、内臓が、黒い奔流となって熱帯林を駆け抜けていく。
「なに、これ──」
「念のためは役に立ちはしなかったな」
黒の奔流はシュシュが見据える熱帯林を染め、靄のように立ち上ると昏く紅い瞳を開いた。