やわ、柔らかいです……っ
シュシュたちが見守るなかで、オスメたちはまたも苦戦を強いられている。
この人型の狼たちが跋扈する階層では群れを率いるリーダーが群れの規模で能力が上下するために、“南風”はいちど強い群れを相手に全滅しかかっていた。
当然階層主ともなればその程度の差ではない強さになるが、オスメたちもそれは覚悟の上で回数を重ねればいずれはダメージを与えられると思って灰色の大きな人狼に挑んでいる。
しかし、その想定は全く意味を成さなかった。
「くそっ、速いっ」
「残像が残るほどの回避なのか。俺の突きも狙いが定まらん」
オスメの斬撃もゲルッフの抉るような突きもただの一度として階層主の人狼に当たっていない。しかもそれはララの魔法までもが同じであった。
「手ごたえは?」
「──ないわ」
サポート役のユズも隣に立つララの魔法が当たったかのような錯覚を覚えるほどに階層主は回避が巧みだった。
「──ぐぬうっ」
「くそっ、確実に捉えたと思ったのによ。すまない、助かったザーパフ」
階層主を狙ったどんな攻撃も、通じているようには思えない。相手の速さに追い縋るようなオスメの横薙ぎも空振り、階層主のカウンターをザーパフが盾で割り込みカバーする。
「シュシュさんたちは参加しなくていいのですか?」
「やりてえって言ってんだ、邪魔することもないだろう。けど少しだけならいいか?」
手出しはしないつもりだったシュシュだが、相手の動きをじっくり見て気付いたモノを教えるくらいはいいかとフィナとモエを呼び対処する。
「ぶたさんは危ないのでモエが守るのですよ」
「え、ええ?」
ポークの視界を遮るように、モエが豊満な胸で包み込む。
対処。ポークに見せないための対処。
「──風よ、我らにあだなす敵を貫きたまえ」
素早く弓矢を取り出したシュシュが祈り、矢を放ちフィナに弓を放り預ける。
“南風”に実力を見せないための対処。
シュシュが放った矢は、階層主に吸い込まれるように飛んで貫くもやはり手ごたえはない。その瞬間だけは。
「グゲっ」
一拍遅れて、思いがけずダメージを受けた階層主からうめき声が聞こえた。
いきなり飛来した矢が階層主を貫き、振り返ったオスメたちには弓を持つフィナが射抜いたかのように映る。
「弓なら、当たるのかっ?」
「え、え?ちょっとシュシュどうなの?」
「よそ見してんなよっ、来るぞっ」
ザワつくフィナたちが注意をそらしたタイミングで反撃に躍り出る階層主。
3歩の助走から飛んだ大きな人狼の狙う先にはシュシュがいる。階層主は自分に手傷を負わせた相手を分かっている。
鋭い爪が、牙がシュシュを目がけて迫る。
(ちっ、こうなったら仕留めるか?)
相手の特徴も分かっている。一旦かわして、フィナとモエも参加すればじきに攻略出来るだろう。
シュシュがそう考え身構えたところに飛び込んできたのはシュシュの考えになかったもうひとりのメンバー。
「マッスルぅアシストぉっ!くらえっ“慈悲深き鉄槌”っ」
筋肉を盛り上がらせたリハスによる金棒のフルスイングが、大きく開いた人狼の口をクリーンヒットして、牙を砕き血を噴き上げながら殴り飛ばす。
体を回転させ、地面に落ちた階層主のあばらにゲルッフが突き出した槍が刺さる。
横っ飛びに逃げようとした階層主を今度はザーパフの盾が邪魔し、オスメの剣がその首を半ばまで切り裂いて仕留めたと思ったところで階層主は全身をよじり立ち上がる。
「ぐっ、死にかけなのになんてパワーだっ」
「油断するな、この出血なら無理しなくてもすぐに倒れる」
死を予感した階層主の振り絞るような膂力に、ゲルッフは突き刺したままの槍を手放して転がり、オスメは持久戦に持ち込もうと提案する。
「グゥオオオオオンっ!」
階層主の遠吠えか、断末魔か。切り裂かれた喉から噴き出る血飛沫とくぐもった鳴き声を最期に、巨大な人狼は力尽き倒れた。