そいつは都合がいい
「滝の音が近いな。ここを抜ければおそらく階層主のいる滝壺のはずだ」
昼休憩で立ち止まり広げた地図を指差してオスメはいよいよだと意気込む。
「無事に、進めたわけだな。俺たちは」
ゲルッフがそう口にすると“南風”のメンバーは静かに頷く。彼らはこの階層の中ほどで強力な個体に出会い全滅の危機にあったのだ。
「モエたちのおかげだよ、ありがとうね」
「みんなの頑張りの結果なのですっ」
モエのはお世辞でもなんでもなく、彼らは彼らで切り開いてきた。ユズはそんなモエに微笑み頭を撫でまわす。
魔物にトドメを刺せば経験値が手に入り、同じパーティ登録がなされているならメンバーにも入る。しかし共同探索でしかないふたつのパーティ間では経験値の共有はない。
「それでも、ありがとう」
だから、モエは最初のピンチ以来はトドメを刺していない。瀕死にまで弱らせたのを“南風”の誰かが仕留めることが多かった。
おかげで、彼らもレベルを上げて今では危なげなく戦うことが出来ている。
「そこで、だ。厚かましいことは承知でのお願いなんだが、階層主は俺たちでやらせてくれねえか」
「わたしたちは手を出さないってことね」
「ああ。いや、もしやられそうだったら──」
「鉄球を出すのですよ」
すでに攻略されている階層なのだから、携帯ポータルで戻ることも出来るが、オスメたちの目標は“神の塔の攻略”。そんな気軽に戻るシステムのない最前線を目指しているからと現在のコンディションで行くという。
ポークを見つけたときにはみんなでトンカツを食べられるほどにはあった食糧も今は携帯栄養食と水だけだ。
身なりこそモエの“スライム魔法”と“水使い”“指使い”のおかげで臭くならずに済んでいるが、疲労は蓄積したままだ。
「獲物の独占ってことは分かってるんだよな?」
「シュシュの言う通りだ。だから俺たちでダメそうなら遠慮なく──」
「とらねえ。俺たちはモエもフィナもハゲもその獲物はとらねえ。引きずってでもここまで下がってきてお前たちを助ける」
相談したわけではなくシュシュが勝手に言っているのだが、誰も文句は言わない。
「だってそれも経験だもんね」
「なのです」
「オスメさんよ、この3人も俺も積み重ねてきた。なのに倒せそうにないから代わりにやってくれなんて言われてもしないぜ。特にこの生意気幼女は」
ハゲと言われたリハスのささやかな抵抗はシュシュを少し喜ばせただけに終わる。そう、同じ気持ちだと喜ばせただけだ。
「死なせはしない。何度でもトライアンドエラーを繰り返して、勝てや」
「──分かった、ありがとうみんな」
レベルで勝ってる。年齢で、経験で勝ってる。それでもオスメたちは身に染みて知っている。
モエもフィナも自分たちより強く、リハスはふたりの手綱役になろうとしていて、幼女は謎多き不可侵だと。
「──なんて言ったけど、やっぱり俺たちでやろうか?」
「シュシュが言っちゃダメでしょ」
「とは言ってもそろそろモエも痺れ切らしそうだしよ」
「そそそ、そんなことないのですっ」
「──もう少しで何か掴めそうなんだ。だから、だからよ」
「まあ、死ぬのは許さねえからな?」
すでに3回目の“南風”パーティ全滅の危機にシュシュはたまらず助けたくなるほどだがフィナに諫められて腕組みし沈黙する。
「たまに、ブレるのです」
「ああ、それがヤツの特徴なんだろうな。どうなっているのか」
ヒューマンよりも視力がいいモエが階層主であるひときわ大きな人狼をじっと見続けていても掴めない現象にリハスはそれくらいしか言えない。
「どうしたもんかね……」
手も足も出ない“南風”とは違い、シュシュにはすでに攻略法が出来ている階層主だが、カタを付けるには少し悩むところがある。
(俺のことをあまり気取られるようなことは避けたいんだよな)
ポークのこともある。見た目に無力な自分たちに不相応なチカラが備わっていると知られれば、どんな面倒ごとになるか分からない。
知られなくて済むならそれがいい。いま少しシュシュはオスメたちの戦闘を見守ることにした。