モエは……あいつにそんな計算なんてねえだろ
モエが手にした情報はシュシュの推測を確実なものにしてくれた。
けれど、その話はリハスにさえ内緒にしてきた秘中の秘である。
「ごめんなさいなのですう〜」
22歳女子の大号泣である。
グールのおじさんの頃から、エルフ幼女のいままでシュシュに叩かれたことなどなかったから。
酔っ払った勢いで49階層にリベンジしても、階層攻略の準備支度で服装に全て使い果たしても、突っ走って魔物の返り血で血まみれに汚しても、笑って付き合ってくれたシュシュの本気の一発は、モエにとっては何よりも辛い仕打ちである。
「おいおい、一体何があったんだ、シュシュが手をあげるなんてよ」
「──何でも、ねえ」
叩かれたモエもシュシュは悪くない、モエが悪いのですと言うからリハスとしても追求することができない。
それでも注目を集めた状況というのは居心地が悪い。シュシュとしてはどうにか静かになって欲しいものである。
「モエはっ、モエはあぁぁぁ」
「ったく……悪かったよ。ひっぱたいたのは、その……やり過ぎだった。もう怒ってないから、だからよ──泣くのをやめてくれ」
「しゅ、シュシュちゃん……うわあぁぁ」
「くそっ、なんで抱きついてっ、泣きつくんだっ」
「ごめっ、ごめっ……ずびいぃぃぃっ」
「ぐおっ⁉︎俺の服で鼻をかみやがった。はなせ、はなせ……こうなったらぶん殴ってでも──ぐあああ」
魔法でならいざ知らず。腕力で、体力で敵うはずもないシュシュはモエに抱きつかれ押し倒されてもがき、胸の圧から脱することが出来ずに、モエが落ち着くまで柔らかな暴力に包まれていた。
「フィナ、デカすぎる乳なんていい事はねえぞ」
「なんでわたしに言うかな」
「ごごご、ごめんなさいなのですぅ」
やがて解放されたシュシュは、密かに大きさに憧れるフィナの慎ましい胸をベタ褒めするという謎の行動に走っていた。
あやうくシュシュを圧死させかけたモエはいつも通りのモエに戻っている。
「あっ、あの──」
そんな3人の元にリハスの計らいで寄越されたぶたが1匹。
「──ぽくの話を、聞いてくれますか?」
それにはシュシュたちも否やはない。何かしらあると考えたリハスにより“南風”が遠ざけられていることもあり、シュシュが促してぶたが口を開く。
「ぽくには、前世の記憶が──」
「待て、その“ぽく”ってのはなんだ?ふざけてんのか、油断を誘ってるのか、それとも」
あざとさには人一倍厳しいというシュシュ。
モエのたまにでる猫語尾は仕方ないと認めても、明らかに作ったキャラについては酒場の客引きでさえ謝るまで詰め寄るめんどくさい一面を持っている。
「ここ、これは……どうしても“ぽく”になってしまうんです」
「どうしても?」
シュシュはそんな言葉では納得しない。あざとい奴というのは承知の上であざといからだと考えている。
「繰り返してみろ。『下僕の僕はご主人様に親睦のために木刀でボコボコにされ打撲ばかりです』」
「げぽくのぽくはご主人様にしんぽくのためにぽくとうでポコポコにされだぽくばかりです」
「──許す」
(何を──⁉︎)
シュシュのジャッジがどうなっているのかは分からない。モエはポコポコの辺りで楽しそうに笑い、フィナだけがこの儀式に渋い顔をしていた。