ぶたとレンガとオオカミ、か
「豚の獣人……オークとは違う、ね」
モエによる辱めに震えるぶたをよそに、フィナたちは夕食をとる。
「獣人自体はそこまで珍しくはねえな。けどよ、あんな子どもがここにひとりで居るというのは異常だ」
静かに、けれど確かにハッキリと言い切る。そんな幼女シュシュに向けられる視線はモエたちとオスメたちとでは全く違うが。
「そう、子ども。子どもなんだよな」
オスメも震えるぶたを見て、繰り返す。
「こんなところに何故、というのはシュシュのように同行した挙句に捨てられたか、他が全滅したかと想像してしまうが」
こちらは歳相応の渋面で当たり障りのない意見のザーパフ。
他の面々も「分からない」「危険かも」「かわいいじゃないの」などとぶたの扱いを相談している。
しかしシュシュの中にある疑問はいくらか違う。
(見た目は俺より小さい……5歳か、それ以下ってところなのに、裸を見られる羞恥心なんてのを持っているものなのか?)
そのくらいの歳ならば、むしろ裸ではしゃぎ回りそうなものなのに、モエたちの意見で縄から解放された今も、体を、股間を隠すようにしてジッとオスメたちの会話を聞いている。
シュシュはその様子に確かな知性や理性を感じる。
「フィナさんよ、さっきの剣見せてくれないか」
「ん?いいわよ」
正体不明のぶたを牽制するために寸止めしようとしたフィナの剣は、先端の方に大きな刃こぼれをつくっている。
「ゲルッフはね、鍛治のスキルも持ってるのよ」
「そうなんだ。直してくれるのかな?」
ゲルッフに剣を渡して怪訝そうにするフィナにララが教えてくれる。
欠けたところを指で確かめ、見極めるように眺めるゲルッフ。やがて、その視線はフィナに向けられる。
「直せなくはないが、一旦携帯ポータルで戻ってギルドでやった方がいいだろうな。それなりに上質な素材を使ってるみたいだし」
「まあね。奮発して買った剣だもの。それでもまあ一年も使ってたらガタも来るのかなあ」
ゲルッフから差し出された愛剣を受け取りフィナはため息をつく。
「それもあるかも、だが。フィナさんは何を斬ったんだ?」
刃こぼれした事実にばかり悲しみ嘆いていたフィナだが、それを引き起こした原因があることを失念していた。
「フィナさんの剣は確かにぶたの顔面を捉えたと思った。正確な軌跡で」
普段勝ち気なゲルッフは、フィナの剣筋に見せつけられた実力に、一定の敬意を表し“さん”付けで呼んでいる。
だからこそ、あの確実な場面で妙なものを斬ってしまうとは思わない。
一方で謎の破壊力をもつモエのことは、その残念さから呼び捨てにしているが、それでも粗雑に扱うことはない。
「──ねえ、あなたは何をしたの?」
そんなゲルッフの指摘は、誰より自分のチカラを感じているフィナ自身に突き刺さり、ぶたに問いかける。
澄ました顔でデキるエルフお姉さんを演出するフィナだが、そんな疑問はモエを除く全員がとっくに感じていて、キメ顔をするほどにフィナの残念さが露呈していく。
「ぶ、ぶう……これを、これを」
ぶたは立ち上がり、小さな手のひらを上にしてフィナに差し出して見せる。
出して、見せた。
手のひらの上に魔力の光が現れると、それは次第に形を変えて、直方体の赤茶色い──レンガへと形を変えた。
「ぽくは、この固有スキルで──死なずにやってこれたのです」
ぶたの行動に身構えていたフィナたちも、その現れたモノがただのレンガだと気づき近づいて順に手に取りその質感を確かめていく。
「軽いな。その割に──ぐぬうあっ!」
レンガが回ってきて手にしたリハスは、力任せに握りつぶそうと力を込めるが、形を変えることは叶わない。
「なんて強固な。なら“マッスル──」
「やめろおおお」
リハスが筋肉へのバフをかければ同時にフィナも変貌してしまう。フィナの容赦ない蹴りはリハスの胴に炸裂して、きりもみ回転しながら吹き飛ばした。
リハスの手を離れたレンガはそんな2人を面白おかしく見ていたシュシュの手に落ちてくる。
「軽くて、強固なレンガ、ねえ」
シュシュはその手触りに、特徴に眉根を寄せて思案顔で呟き、目を閉じた。