ないならないで仕方ねえわな
「草の匂いが染み付いているって言われたのです」
「あはは……しっかり洗おうね」
1年も行方知れずだとモエやフィナの常宿も部屋を取ってくれておらず、辛うじて見つけられたのはツインベッドのある部屋がひとつのみだった。
「お前らはいいとして俺も一緒でいいのか?この間まで男だった奴だぞ」
そんなモエたちはいま誰も服を着ていない。
当然ながらそれは特別なことではなく、ただ風呂に一緒に入っているたけだ。
「シュシュちゃんにその感覚があるならどうかと思うけど、恐らくないでしょ?」
「ぬぅ、なんでわかった」
生まれ変わってちんちんを探しはしたものの、付いていないし後付けも出来ないシュシュは男の頃にあったはずの性欲と呼べるものがない事に戸惑っていた。
「モエの体を撫でくりまわしていた時もそういうのを感じなかったから、さ」
「感度最大化はそういうのまで分かるのか」
今は3人がお互いに体を洗い合って、時折匂いを嗅いだりして確かめ合っている。
「まあ、ね。おかげでとんでもなく変な気持ちにはなっちゃったけど」
それは男女の交わりではない感覚。
他人の感度を良くしてしまうフィナはそれ以上に共感して悶えていた。
「シュシュちゃんの触り方はいやらしかったのです」
それでも一応の抗議をしてみせるモエはフィナにしっぽを握られて「きゃんっ」と声を上げる。
「あれはわたしに教えてくれるために仕方なかったのよ、たぶん」
感度の説明など口でされても信じはしなかったし、影響についても理解出来はしなかっただろう。
「ああ、そうなんだが、そうなんだが白状するとモエの反応に興奮はしたな」
「ひゃっ!やっぱりなのですっ!」
かかかっと笑うシュシュは本気か冗談か分からない。
「でもモエの体って、なんていうかもう仕方ないのよね」
背中にピッタリとくっついてフィナが下から持ち上げて猫耳に息を吹き込む。
「ふわぁぁんっ」
「──目の毒だな」
「あのハゲの話、どう思うよ」
「たったの数日よ。1週間もなかったわ」
「シュシュちゃん、少し落ち着いて欲しいのです」
大きめの湯船に仲良くつかる3人。
シュシュはモエの膝に座り体を揺らしてそのクッションを堪能している。
「俺の方もだ。俺が死んだ頃ってのは地龍で行き詰まってたかだか50年くらいだったはずだ。それから地下でグールとして生き延びていつか100年の約束をされたんだからおおよそ150年、10年も開きは無いはずなんだが」
「神様の世界だからなのです?」
あれは神様じゃないと言ったモエだがそれは在り方であってその存在自体はそれに準ずる者だと思っている。
「──そういうこと、なんだろうかね」
塔の中で生きる彼らに理解の出来るものではない。
ただ本来の“神の塔”の範囲外において時間の流れにバラつきがあるからこそこの現象は起こっている。
「明日はまたギルドであのハゲと対面、か」
武勇伝を聞かせて欲しいと言っていたスキンヘッドだが、その実どうやって生き延びたか、どうやって帰還を果たしたかが知りたいのだろう。
「真実を話すの?」
フィナもそれについて考えていた。
「大きな牛ですか?信じてもらえるとは思えないのです」
モエでさえ体験しなければ信じないだろうと言う。
「クルーンはなおさら無し、だな。だとすると、寝て起きたら1年てのが無難だろう」
「神隠しね」
「隠した神に会っているのです」
時折そういった行方不明の話はある。
大抵の場合は人をさらう習性のある魔物に意識を狩られたあとで何かしらの理由で生き延びたものとされているが。
「まあ、ロクでもない神だったとだけ言っておくか」
「気づいたら第1階層なんだから、ポータルが無ければ絶望だったでしょうね」
「まるでスゴロクなのですよ」
話はどうにかまとまり、翌日3人は話をしたあとにどうするかなんてのは改めて考える事にして、その日はゆっくりと体を休めた。