はないっぱいに広がる香り
「俺は塔で生きていた頃は低階層で荒稼ぎしていたんだ。この固有スキル“ブースター”でな」
やっと落ち着いたモエと3人で花畑に座り込んで話をするシュシュだが、敢えて左側は見ない。
「その“ブースター”ってどういうスキルなの?」
2人のにおいが多少気にはなるものの、それ以上に気になるスキルの事が知りたいフィナはシュシュを見て右側は見ない。
「経験値1000倍。それが当時俺が公表していたスキルの内容だ」
「なにそれ。あっ、だからか……わたしもモエもレベルアップしてシュシュが30になったのは」
実に階層主1000体撃破分の経験値である。
3人で等分したとはいえ、通常は5人パーティなのだ。充分過ぎるほどに多い。
「でも、公表してた内容ってことは隠してた事もあるってこと?なに、デメリットとか?」
シュシュの言い回しは明らかにこれから話すと言わんばかりで、そこへの追求を許す姿勢でもある。
「デメリット──というのとは少し違うが、その効果を発揮する条件がレベル30まで限定なんだよ。だから低階層で荒稼ぎ、なんだ。今回みたいに階層主一点撃破なんてしねえ。ザコばかり狙わせて30に届く前には契約は終わり、その限定内容を知られないままにたくさんの初心者を上へと送り出していった」
「とっても親切なのでふ」
モエが口を開いてシュシュとフィナがビクっとする。
「まあ、その親切は多くの死者を量産したんだけどな──」
「経験値でレベルはあげても経験は積めなかった、そういう事ね」
どうにか切り抜けた2人はキリッとして話続ける。
「そして公表してなかったもうひとつの効果があってだな──」
「っくしっ!」
可愛いくしゃみと共にフィナとシュシュの前にクシャクシャになった紫の花びらが2つ転がってきた。
「ぎゃああああっ、くさっ、臭いのですううううっ!」
「だあっはっはっ!何やってんだモエぇっ」
「もうっ、せっかく耐えてたのにっ」
そんなに臭いならこれでも詰めとけとシュシュがモエの鼻にスミレの花をちぎって押し込むと「いい香りなのでふ」と正気を取り戻したから話を始められたのだが、鼻から花を覗かせて真面目な顔をしているモエをフィナもシュシュも直視出来ずにいた。
「あっ、いい事思いついたかもっ」
次はタンポポを鼻に押し込むシュシュと「なんか青臭いのです」と不満を言うモエにフィナが名案とばかりに提案する。
「俺の固有スキルも大概だが、モエのはさらに謎だろうよ」
「わたしにしたら、どっちもどっちよ」
「いい香りなのですぅ」
「おい、俺にも振りかけてくれ」
落ち着いたモエと3人で座るそこには緑ばかりで色とりどりな花が摘み取られて寂しくなっている。
「モエの薬草汁の花びらバージョンよね。花の香りがする水なんて素敵じゃない?」
「モエの両手の指から頭に滴っているビジュアルがホラーでなければな」
「香りの妖精モエなのですよ」
まるで頭を鷲掴みにでもしようかという手の形ではあるが、10本の指から滴る液体はそれぞれが違う種類の花の香りを閉じ込めている。
「水溜まりを10個用意しろってフィナが言った時には頭おかしくなったのかと思ったが」
「わたしもそんな事出来るのかって思いながら提案したんだけど、やっちゃえた上に……モエはその10個をどこかに保管していて使い分けられているのね?」
薬草汁だけならそんなものかなと思えたかも知れないが、今はそれに加えて10種類の香水を指先で使い分けているのだから理解など出来ない。
「何故か今のモエにはちゃんと区別がつくのですよ。きっとあと10個はいけるのですっ」
そんな不思議スキルを操るモエと脱ぐことにためらいのない幼女はこの後、奇行に走る。




