シュシュの固有スキル
「匂いがっ!匂いが前の1000倍はあるのですぅぅっ」
「大袈裟な……って事もないのか。獣人になってより敏感になったのかもなっ」
花畑を緑と白の液体で染め上げた張本人はさっきからゴロゴロと転がって体液を落とそうとしているのだが、目と鼻を覆ったモエは同じところを往復しているためにいつまでも状況は良くならない。
シュシュに至ってはもう何も着ていない。
顔や髪についたのをおっさんみたいな表情で拭いながら、転がるモエに「ご愁傷様」と言っている。
そんなモエとシュシュ、フィナまでをそれぞれに光が包み込む。
「あれ?これってレベルアップ?ジャイアントカマキリだけで?間近だったのかなぁ」
「モエもなのですぅぅ、ぐざいぃぃぃ」
「はっはぁっ、俺もレベルアップが止まらねえっ!」
フィナを光の波が1回。モエは2回。シュシュは数えられないほどに続けて流れていく。
「うん、30だわ。なんていうかいよいよって気がするのに追放されてその先に行く事も出来ないのよね」
「モエも30なのでずぅぅぅっ」
「え、うそっ」
悶えすぎて地面で首ブリッジをしながら震えているモエにフィナはそんなはずは、と驚きが隠せない。
もともと29だったフィナはともかく、モエは28だったはずだ。低階層の階層主一体倒しただけでそんなことになるはずがない。
「俺もレベル30だ」
さらには眉間にシワを寄せた可愛いはずなのに可愛くないおじさん幼女シュシュまでもが同じレベルに到達する。
「なによ、なにが起こったっていうの?その体液にはそんな効果でもあるっていうの?」
髪の生え際から毛先までを手でぬめりを扱きとったシュシュが「いるか?」と差し出すがその匂いにフィナは丁重にお断りする。
「これが俺の固有スキル“ブースター”の効果よ」
自分のステータスを眺めてニンマリしているおじさん幼女シュシュはそれだけ言うと“サクション”と唱えて他のスキルを試してみる。
「なに、これ──」
フィナたちの足元に大きく広がる渦巻く闇が現れる。
「“グール魔法”だってよ。何かなと思ったんだが、きっと大当たりだ。今の状況ならなおさら」
別にフィナたちはその闇に落ちたり巻き込まれたりするでもなく、立ち続けることが出来ている。
「対象、ジャイアントカマキリ」
シュシュがそう告げることで発動したらしい魔法は、ジャイアントカマキリを闇に引きずり巻き込んで、モエとシュシュ、脱いだ服にまでついた体液さえも吸い込んで最後には消えてしまい、後には綺麗な花畑が広がっている。
「これは、闇魔法……ううん、黒いからってそういうんじゃない」
「だから“グール魔法”だって。どこがどうグールなのか知らねえけどよ」
「ヒトを食らう魔物の魔法?」
「なるほど、そう置き換えるとまるで生命を吸い取ったみてえだな」
そこにある死体も体液の一滴まで。
サラサラの髪を風になびかせてシュシュは自分の新しい方の固有スキルがそういうものなのかなと結果と過程を思い出して記憶に留めている。
「──とりあえず服を着なさいよ」
「そうだな」
まっぱで思案顔するシュシュにかぼちゃパンツを手渡したフィナはうずくまるモエの様子も確認する。
「モエ?もう大丈夫よ。身体のネトネトももうないから──」
「匂いがっ!匂いが取れてないのですうぅっ!ゔああああっ」
身体を丸めて地面に頭を擦り付けて震えるモエは尻尾も股の間で震えている。
「匂いか。確かに残ってるかも知れんな」
「とって!おじさん、匂いも取ってなのですぅっ!」
さっきみたいにと懇願するモエは顔を上げる事も出来ずに震えるばかりだ。
「いやー、ほらあれだ。匂いだけ残ったならそれはもう無理なんだよ。匂いでは腹は膨れないって言うだろ?そういうことだ」
「んにゃあああっ!鼻がああああ」
「だから、ま。耐えろ」
「うんぎゃあああああああああ」
らしくなく叫び続けて再び転がり出したモエを見る限りしばらくはこの場を動けそうにはないようだ。