今度こそは平気なのですっ
「青い空、何もない地平……花畑とか何年振りかしら」
「ジャイアントカマキリを思い出すのです……」
「同じフィールドでこうも表情が違うのも面白えな」
フィナは足元に見渡す限りに咲き乱れる花を見て楽しい気持ちになり、モエはこの階層の主であるジャイアントカマキリの腹をバールで打ち抜いて体液と卵に塗れた記憶が匂いとともに蘇る。
「まあ、今回はそのジャイアントカマキリなんだが……やめとくか?」
「大丈夫なのですっ!今のモエには鉄球があるのですっ」
投げて倒せば大丈夫なのですとやる気を見せるモエの尻尾が真っ直ぐ伸びて震えている。
「まあ、いざとなったらフィナが弓矢で仕留めてくれるだろうよ」
「んぐっ⁉︎そうね、もしかしたら今なら弓くらい使えるかもだし?」
フィナも虫を剣で斬るのはあまり好きではないらしく、魔法の瓶から愛用の弓を取り出してみせる。
「愛用されても困るだろうなその弓も」
「そんなこと言わないでよおぉ」
低階層でのお目当ては階層主だけだからとシュシュに急かされてフィナとモエも小物は無視して走り出す。
「この調子なら1日でたどり着くか?」
「10階層まではフィールドも狭いし大丈夫だと思うわ。ていうかそれも含めての転移なのね?」
「まあな。階層主なだけあって弱くとも経験値は多いからな」
フィナは風の補助を受けて常人より速い速度を維持して、そのくせにスタミナの消費も抑えられている。
小さなシュシュはモエの背中におぶさっているのだが──
「モエもこのまま行けそうなのですよっ!」
「猫獣人……やっぱりとんでもないことになってるじゃないのよ」
巨大牛から逃げていたときはモエも風の補助を借りてやっとだったのが、今はそれさえなく更にはシュシュを背負ったうえでフィナと同じ速さを維持している。
「速いな。思ったよりもずっと──階層主だ」
花畑が綺麗でずっと見ていられるフィナと走ることが楽しいモエ、その背中で眠気と戦っていたシュシュは黙っていたり、たまに喋ったりしながら走り続けてそれほど広くないフィールドの端、階層主のいる所にたどり着く。
「どっちがやる?」
「モエがやるのですっ!」
一段と加速するモエはその手に鉄球を取り出して準備万端である。
「そうか、なら俺を──」
フィナの背中に移すか降ろしてくれと言いたかったシュシュ。だが時すでに遅しであった。
「モエ──投げつけるなら止まればいいのに」
「ごべっ、ごべんばばびぃ(ごめんなさいぃ)」
「おごおおっ!ぐほっおおぼぼぼっ」
これまでになかった走力にいつも通りのはずの鉄球の振り抜き、目標に真っ直ぐに飛んだところで150kgに戻した鉄球の慣性がジャイアントカマキリに見事に炸裂した。
叩きつけられた衝撃はジャイアントカマキリの大きな腹を打ち砕き、破れた腹袋から中身が勢いよく弾け飛ぶ。
それは鉄球の重さに引っ張られて止まることに失敗したモエと悲鳴をあげるシュシュを粘液まみれにし、気持ち悪さと匂いが2人を苦しめていた。




