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あそこに、逃げるのですよ

 牛の脚に打ち込まれた鉄球には元の黒色はどこにもなく、マグマを内包したような黄色や赤のグラデーションが揺らめいている。


『ぐぬぅっ』


 衝撃で浮いた脚はたかだか数メートルずらされただけだが、その質量をそれだけ動かす衝撃というのはもしかしたらこの巨大な牛にも効いているのかも知れない。


「おじさんをぉっ! 返せなのですっ!」


 引き寄せた鉄球を振り回して最もスピードの乗ったところで放たれる一撃。


『むぐうぅ』

「フィナさんっ、捕まって下さいなのですっ」

「あ、ありがとうっ、ありがとおぉぉぉ」


 腰の抜けたフィナを背負い走るモエ。


 けれどフィナもそうだがどこに逃げればいいのか分からない。


「あっ!」


 走り回るモエは前方に落ちている何かを見つけて声を上げる。


 すかさずそれを拾って背中のフィナに預けるモエ。


「何これ──って腕⁉︎」

「きっとおじさんのですっ! それだけしか無いのですけど、それだけでもっ! それだけでもここからっ!」


 モエはおじさんの願いを叶えてあげたい。


 それが望んだ形でなくとも、本人がもう居なくても。


「──ん、わかった」


 フィナも気持ち悪いとは思ったものの、助けてくれた恩人のものだ。


 モエの気持ちも分かる、としっかり握っている。


『こしゃくなっ! こしゃくな虫ケラめえっ』


 やはり痛みはあったのだろう。


 思わぬ反撃を受けて牛が怒り地団駄を踏む。


 しかし何も駄々をこねているわけではない。


 それだけで下を這い回る虫ケラを踏みつぶすのには充分なのだから。


「あわわ、どうしようモエ。もうどこにも──」

「逃げられないのですっ、けどこういう時は“水の中”でやり過ごすのがいいっておじいちゃんが言ってたのですっ」

「なるほどっ! なーるほ……」


 言いながら突き進むモエ。


 おじいちゃんのそれはハチに追いかけ回された時の話なのだが、モエにはベストアイデアとして思い出されている。


 けれどフィナには何か引っかかる。


 たしかその向かっている先の水は──


“ああ、だが近づいても水には触れるな。触れれば──身体を保てなくなる”


「ダメよっ、その水は! 湖はっ!」

「えっ?」


 走るモエの頭上から脚が襲いくる。


 勢いよく走り幅跳びで地面を離れたモエにフィナの制止の声は遅すぎた。


 牛の下半身がいまだに浸かっているはずの湖。


 そこでなら確かに脚に踏み潰されるなんてことにはならないだろうが。


「死ぬうううううっ!」

「え? あっ、ああーっ!」


 叫ぶフィナにモエも遅れて気がつく。


 天を仰ぐフィナは牛の睨みつける目が赤く燃えるように輝くのを見てこれが最期の眺めなんだと、念仏を頭の中で唱える。


 モエはおじいちゃんは悪くないのですぅと、ごめんなさいを言いながら終わりを迎える覚悟をする。


『ちっ』


 そんな2人は着水する直前に遥か高みからの舌打ちを聞いた気がした。


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