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なんでいつもわたしだけ

「あんな魔物、見たことも聞いたことも──」

「いいからさがってろ」


 この階層に巣食う魔物たちこそシュシュたちの知るものとは相当違うものではあるが、目の前に現れた魔物は、魔物を食材として扱うエイタからしても尋常ならざるものらしい。


 ここまで戦闘に参加してこなかったシュシュが引っ張るようにしてエイタを後ろにさげようとするとエイタも素直に応じて駆け足で離れたが、誰も逃がさないとでもいうつもりか、魔物は動き出したシュシュとエイタのふたり目掛けて襲いかかってきた。


 地面を蹴り飛ばし一気に距離をつめた脚力こそ侮れない魔物だが、元が骨だったからか、飛行するためか、その体は重くなく、肉体を強化したリハスの手で押し留められる。


 猿の手とリハスの手が組み合い、握る力に互いの指が食い込み力比べとなる。それもどうやらリハスのほうが上回っているらしく、力比べでの敗北を悟った魔物は痩せた茶色一色の牛の頭部、その口を大きく開きリハスの首元へと噛みつきにいく。


 組み合った状態からの噛みつきはさすがに回避しきれないと判断したリハスが、一旦手を離してかわすかと考えさせられたのも一瞬のこと。


 ここには頼りになるアタッカーがふたりいる。


 ひとりは魔物の見た目に今にも泣きそうなほどの嫌悪感をこらえながら、ひとりは戦えることが嬉しいとばかりのやる気に満ちた顔でリハスの窮地を救う。


 大きく無骨な鉄球と蟹の双剣が左右から魔物の翼に強撃を与えた。


 フィナが掬い上げるように振るった剣は左の翼の根元に当たるも、斬り分けることの出来ない硬さに刃は皮一枚を削ぐように滑り、関節に当たって引っかかったところを背負い投げのように力づくで体ごとリハスからひきはがす。


 そして、右の翼を叩き潰すようにした鉄球はすぐにモエの手元に引き戻されており、フィナの力任せによって仰け反った魔物の頭部めがけて弧を描いて放たれ、見事クリーンヒットしイビルサーペント同様にその頭部を弾けさせていた。


「さすがモエよねっ! リハスさんも大丈夫?」

「ああ、それにしてもこいつは何をしたかったんだ」


 ハゲ頭のすぐ真上を通り抜けた鉄球に生きた心地のしなかったリハスだが、明らかに何かしらの意思を感じる魔物の目的が分からないままとなってしまったのが悔やまれるといったようで、頭部を失いながらも立ち尽くす魔物に歩み寄る。


 だが相手は元骸骨だ。受肉を果たしたとして、まっとうな生命と呼べるかも怪しい魔物が、首から上を丸ごと失いながらも大した出血をしていない時点で迂闊な行動をするべきではない。


 近づくたったの一歩。力を抜いて下ろされた剣。振り抜かれた先で転がる鉄球。


 この階層の魔物に対して非常に順調で余裕のある戦闘ばかりを繰り返してきたことで、本来なら警戒を怠るはずのない未知に対しても彼らは油断をしてしまっていた。


 前に出したリハスの足が地面に着く寸前、魔物の体は前のめりにゆっくりと倒れるようにしてから大地を蹴りリハスをぶつかった勢いで突き飛ばし、シュシュの後ろに控えるエイタへ向けて毛に覆われた右腕を伸ばした。


 その瞬発力はすさまじく、あまりの勢いにシュシュは飛び退くくらいしか出来ず、青年エイタを守るものはどこにも無くなった。


 魔物が青年エイタをその手に掴むと、やはり噛みつこうと覆い被さるようにしたが、そこに口はない。


 すると噛みつきそこねた魔物は、今さらながらに頭を失ったことを思い出したかのように、えぐれた首の断面から体液を噴き出しエイタの全身を染め上げていく。


 猿の両腕に握られ掴まれたエイタは、まるで魔物から咳き込むように断続的に吐き出される体液をモロに浴びても逃げられず、腕も抑えられているために顔を背けることしかできない。


 感電でもしたかのように大きく痙攣しながらもエイタに体液を浴びせ続ける魔物だが、脈動するその背中に蟹双剣が深く突き刺さった。


 エイタを襲った魔物に飛びついたフィナの渾身の一撃は先ほど斬撃が通らなかった翼とは違い、背中から胸へと見事に貫通したが、エイタを拘束する腕の力は緩む気配を見せない。


 一拍遅れてリハスもトゲつきメイスによる打撃を上から魔物の腰にぶつけると、魔物は先ほど実感したよりもずっとヤワで簡単に膝をついたどころかエイタを捕まえて離さない上半身を残して腰骨から下が腐り落ちるようにしてメイスの下敷きになった。


「こいつっ、どうなって──」

「ええ、気持ち悪いっ」


 相変わらず不死系の魔物が苦手なフィナからすればこの魔物は完全にホラーである。


 もはや腕の力だけで上半身を支える魔物には首から上もないし、フィナの内心では捕まったエイタには申し訳ないが噴き出し続ける体液のようなものを見て早く終わって欲しいと懇願する気持ちが大きくなり、背中から刺し貫きはしたものの、次の動きとして双剣をどうしようという考えすら浮かばない。


 しかし魔物の中身らしきそれはいつまでも溢れ出るわけでもないらしく、フィナの体感時間とは裏腹に実際にエイタが溢れ出る体液の泉の被害に遭っていたのはほんの数秒のことで、出し切って泉が枯れ果てたあとに残ったのは水気を失った翼と皮、それと長い年月をかけて風化したような骨だけだった。


「がはっ、ごぼごぼっ……うげえぇぇ……」

「うひっ」


 突然力を抜いたように手応えのなくなった魔物の残骸につられて倒れて蟹双剣を地面に突き立てるようになったフィナが見上げると、涙目で紫と緑の入り混じる粘液を口から必死に掻き出すエイタの吐瀉物が降ってくる。


 溺れたように苦しむエイタを心配して介抱に回るリハスとは別にシュシュの視線で察したモエは、何度目か分からないフィナを洗い流す水をその手の中で準備していた。



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