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褒められるとつい……ね?

 新しい階層の攻略は順調そのものであった。


 フィナの剣技は冴え、リハスの膂力と補助スキルがパーティを支え、モエの鉄球は立ちはだかるその悉くを粉砕せしめていた。


「本当にお強い」

「はっはー、自慢の仲間だからな」

「君は戦わないの?」

「こんな可憐な幼女に戦いなんて出来ると思うのか?」

「──たしかに長命なエルフとはいえ、さすがに幼すぎますものね」

「そういうこった」


 安全地帯に築かれたコミュニティに戻らずとも継続して進み続けるのはフィナたちも慣れたもので、そのうえ命を繋ぐ食事にも困らないとくれば立ち止まる理由もない。


 なにせ、地に足がついており、殴れば手応えがあるのだから、進めない道理がないのだ。


 そのうえ、モエたちには余裕すらある。


 硬すぎて手に負えないとか、圧倒的物量で押し潰されるとか、やったこともない水中戦を強いられるなんてこともない。


 見たことのない魔物ばかりだが、倒せる敵、戦えるフィールド、うまい飯。


 順調すぎてどうかすれば油断してしまいそうなほどである。それでも浮かれそうなお調子者エルフと無邪気っ子モエを後方から見守る存在がいるおかげで、そんな個人の油断はパーティの油断にはなり得ない。


「──魔法、使ってますよね」

「なんのことだ?」

「イビルサーペントのときもでしたが、今も氷の魔法で魔物の体の一部を拘束していますね。繊細な魔力操作と速さのおかげで気づきにくくはありますが」

「乙女が隠したがってることを見つけて得意げになるやつはモテねえぞ?」

「それもそうですね。忘れてください」

「今回限りだ」


 料理番エイタの指摘のとおり、シュシュはさりげなく戦闘のサポートに徹していた。


 ただそのやり方というのは、これまでのシュシュのスタイルとは違いすぎて、モエたちは全く気づいてもいない。


 足のある魔物なら関節を不意に固めて転ばしたり、大きな蛇は動きに合わせて首を固めたことでほんの一瞬だけども致命的な硬直を与えた。


「どうやら仕留めたみたいですね」

「コックとしてはどうなんだ、あのデカいネズミは」

「オススメしません。肉質が硬すぎて食べれるようになるまで熟成させる暇もないでしょうから」


 倒した魔物が食べれないと知らされたモエたちは肩を落として残念がったが、気持ちを入れ替えるのも早い。


 一匹目が現れた穴ぐらから次から次へと現れる大ネズミの魔物たちを見て問答無用で仕留めていく。食べれもしないのならフィナの蟹双剣が細切れにし、リハスのメイスが頭部を狙いうって大きく陥没させ、モエの鉄球が遠慮なしに全身の骨を粉砕するプレスをしかけていく。


 青年エイタを入れたことで戦力にはならないものの、魔物を食糧としてよく知る人物がいるおかげで、モエたちはこの階層でも危なげなく前へと進み続けていく。


「まさかこれほどにお強いとは思っていませんでした」

「まあ……それなりに修羅場ってやつを乗り越えてきた面子だからな。このくらいの連中にやられることなんかねえよ」


 モエたちの活躍に目を丸くするエイタの賛辞は嘘やおべっかなどではないだろう。


 事実、コミュニティを出てから見かけた他のパーティが何組かあったが、モエたちほどに余裕のあるパーティはおらず、窮地に陥った冒険者たちを救う立ち回りをして感謝もされた。


「地図によれば、すでに中ほどを越えていますからね。この先はもう最前線……攻略組の中でもトップのひとたちに引けを取らないってことですね」

「──その地図は階層主のところまで全て描かれているのか?」

「ええ。少なくとも次の階層への転移ポータルは目視されています」

「てことは、階層主を攻略出来ずに戻ってきたってことか」

「それもひとつの段階と聞いています。敵を知り策を練ることこそ重要とか」

「無鉄砲で突き進んだ先には大抵ろくなことはないからな」


 そうして引き返せたなら被害も最小に抑えることが出来ることだろう。どんなパーティでも、いざというときの打ち合わせはされていて、次に備える考えのもとで行動している。


 シュシュがリハスを肉壁として扱おうとするのもその理由があるからで、リハス自身もどうにもならない局面ともなれば覚悟していることだ。


 先に攻略を進めていた者たちがそうして情報を集めてくれているなら、たとえ惨めな敗走だったとして責めるはずもない。


 シュシュたちも一面の水に対処出来なかったときは仕方なく引き返している。


(あの66階層はそれどころじゃなかったからな……)


 小島の階層のみならず、その前には実際に命が危ぶまれる出来事を遭遇している。数えきれない魔物の群れに囲まれて暴れ狂うモエに、ゾンビ化した冒険者で破綻したコミュニティ。


 そして──。


「ちょっとなんだか寒くなってきた?」

「なのです。それに真っ黒なもやもやが出てきたのです」

「何かいるぞ……おい、あいつは……」

「あの魔物さんなのですっ!」

「なんでモエはいつも“さん”付けなのよ」

「だってお話が出来たのです」

「モエにとっては話せれば友だちっていうことか……」


 まるでシュシュの思考につられたかのように、突如として立ち込めてきた黒いもやを纏ってリハスたちの前に現れたのは、かつて66階層でモエに試練を課し、血肉を受けて牛の頭と猿の体にコウモリのような翼を授かった異形の魔物だった。


 その魔物が再び現れたときに告げたのは「上の階層で待つ」という、モエに言わせれば待ち合わせというべき一方的な約束ではあった。


 そして三度目はシュシュとリハスの前に。囚われのリハスを睨め付け、しばらく吟味していたようだったが、目的にそぐわなかったらしく消え去っていた。


「たしか、早く来いみたいなことを言ってたような」

「おっさんの記憶に間違いはねえよ。そんで、どうやら今回こそは俺たちを歓迎してくれるようだな」


 今回は。モエは別として、シュシュたちは一度ないし二度、この魔物と出会い、一方的に話しかけられただけでそれ以上のアクションへと発展していない。


 なのにまだ恒例のお話が始まるよりも前に歓迎されると言ってしまえたのは、この魔物が今度は、今度こそは、明らかな臨戦態勢をとってみせたからだ。


 猿のようと形容した体は四つん這いに獲物を狙うようにいつでも飛びかかれるように構え、コウモリのようだと見ていた翼は左右に広げると合わせて6mにはなる大きさで実際以上にその体躯を巨大なものと錯覚させる。


 骨だったものがゾンビたちの階層で受肉したためか、体も翼もどこか崩れそうな脆そうな印象で、牛に見える頭部もまた、禍々しく目を剥き嗤うように口を歪めている。


 ここまで快進撃を見せてきた彼女らの前方を完全に塞ぐ通せんぼを、モエの言う約束という言葉と合わせて“歓迎”と表現したシュシュの気持ちも分かろうというものだ。


「構えろ……くるぞっ」


 おぞましい魔物に対し、お話を試みようとしていそうなモエを止めて警戒を促したリハス。


 非戦闘職のエイタも調理用の包丁とまな板で自衛のつもりか構えていたなかで、モエが鉄球の鎖を力強く握りしめれば、それが戦闘開始の合図となったのだろう。


 魔物はカタパルト射出のごとく勢いよく弾かれるようにして飛び出して襲いかかってきた。



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