え、レストランのメニューに豚……ですか?
「どこにもいないのです……」
「やっぱりコミュニティに隠れてるんじゃないの?」
「だとして俺たちの前に姿を現さなかった理由がねえよな」
大蛇を美味しくいただいたモエたちは、戦闘しているときを除けばちゃんと前に向かって進んでいるわけだが、安全地帯に築かれたコミュニティを拠点に階層の情報集めと攻略準備に時間を費やしながら並行して欠かすことなくやっていたことがある。
それは小さく、とてもか弱く、しかし対等という少し変わった立場の、仲間のことだ。
「さんざん探して──コミュニティのどこにもいなかったのです」
「ねえシュシュー、本当にポークくんはいるのよね?」
「あ? あのエイ……怪しい影のやつが言ってたんだよ。とりあえずあいつはその辺のことで嘘を吐いてはなかったからな」
モエたちにまとわりついていた正体不明の人物の名前を口にしかけて、いま同行している料理番の青年が同じ名前であることに気を遣いどうにか誤魔化したシュシュ。
「えっと……そのポークさんっていう方は、一緒に来られたわけではないのですか?」
「んー、話せば長くなるのよねえ」
「はぐれてしまったのです」
「なるほど」
「ひと言で終わったな」
あの広大な水に浮かぶ小島からのことを説明するとすれば、他の者たちの理解を得られるとは到底思えなかったが、モエの現状分かりきった説明でいちおうの納得の素振りを見せた料理番の青年エイタ。それは当然ながらシュシュたちに何かしらの事情があるものとして追及を避けただけにすぎない。
神の塔の攻略において、はぐれたパーティメンバーを探しているなんてのはよくある話で、酷いものになれば自らの手で死体を埋葬したにも関わらず現実を受け入れることが出来ずに、いるはずのない元気な仲間を探し続けて攻略を断念したなんてのもしばしば聞く話だ。
それだけ、苦楽を共にした仲間の喪失が心に与える影響は大きい。
少なくともメンバー全員がコミュニティの中で前向きに探していることを思えば、そういった最悪の類ではないだろうと予想できるが、話せば長くなる話などは無理にさせるべきでもないというのが今の青年エイタの判断だったのだろう。
だからこそ、青年エイタが次に尋ねたのは、ポークとはどのような人物で、何か目印のようなものでもあるのか、はぐれた際の打ち合わせなどはなかったのかという、捜索への協力を前提としたことであった。
「……見た目が二足歩行の子豚で、手からレンガを生み出す、ですか。それは魔物をどうにか手懐けたということで?」
「だあっはっはっ、そらそうだなっ」
「んもーっ、違うのよ。ポークくんはポークくんで、魔物なんかじゃなくって……んん?」
「豚の獣人さんなのです」
「そうだな、ポークは亜人種だ」
ヒューマンと同じ骨格を持ちながら、ヒューマンにはない身体的特徴を備えた種族。青年エイタもその存在を知らないわけはない。そもそも目の前にはその代表ともいえるエルフがふたりもいるのだ。
「そう、獣人の仲間──」
「何か知ってることがあったり?」
しかし青年エイタの反応は、どこか冷ややかなものであったが、フィナたちからすれば静かに思案するような呟きは何か思い当たることでもあったのかと受け取ってむしろ期待してしまう。
「あ、いえ──見つかるといいですね」
「そうね。コミュニティにいないんだったらきっとあの時みたいにレンガで作ったお家に引きこもって震えてるはずだから」
「早く見つけてあげないとなのですっ」
さんざん聞き込みをしてめぼしい情報のひとつも得られなかったというのに、モエを筆頭に諦める雰囲気など微塵もない。シュシュに至ってはまた出会うのを確信している節さえ感じられる。
「仲間想いなんですね」
「それはお前さんもだろ?」
「え──」
生存を疑うことなく見つけてやりたいと願うフィナたちに、青年エイタは素直な気持ちを表したにすぎない。
しかし腕組みした筋肉ハゲのリハスからしてみれば、このエイタこそがそれである。
たったひとりで、最前線にいるはずのパーティを求めて飛び出した非戦闘職のエイタ。モエたちのパーティに混ざってとはいえ、このよく知らないメンバーたちの実力が足りなければ、自らの命すら拾えない可能性さえある。
その覚悟で、仲間を、友達を探しに行くというのは、並々ならないことだ。無謀なチャレンジはモエたちもしてきたが、それでもいよいよという場面にでもなれば自分たちで逃げることくらいは出来る実力を持っているからこそだ。
戦えないはずの青年エイタのそれは勇敢などではなく無謀。出会えれば美談も、出会えずに散れば残るものは何もない。短い付き合いで戦闘のお荷物かもしれないともなれば墓標のひとつさえ、築かれることはないだろう。
「──そう、ですかね」
「はいなのです。だからモエがしっかりと守るのですよっ!」
「モエの場合は美味しいご飯のためよねぇー?」
「ななな、そんなことはないのですっ。エイタさんを守って、美味しいご飯も守るのですっ」
ただ、現実的な不安を考慮しても、エイタはマシなパーティに加わる事が出来たのだろう。
料理はあくまで結果に付随するおまけだと主張するモエの口からはよだれが垂れており、どこか締まらない宣言はそれでもエイタを十二分に安心させた。
「では僕もそのポークさんを絶対に見つけないと、ですね」
「ええ。エイタくんもきっと仲良くなれるわ」
「ああ、あいつは底抜けにいい奴だからな。なあ、シュシュ」
「ん、そうだな。まあ心配しなくっても出会えるさ」
「出た、謎の信頼」
「シュシュちゃんとポークくんは仲良しなのです」
もちろんモエも仲間をないがしろにするわけではないが、やはり確実に提供される食事のほうがやる気に直接繋がるらしい。
そんなモエのやる気のためにも、と青年エイタも捜索への協力を改めて申し出た。
この階層に踏み込むまえ。シュシュたちが一堂に会した場所で出会えなかったポークとの再会を疑う者はここにはもういない。
仲間だから。
シュシュが言うから。
また会いたいから。
拠り所とするものがなんであれ、信じる心に迷いはない。
「ああ──俺とポークは仲良しだからな」
信じるよりももっと強い確信を、シュシュは感じとっている。
砂浜で目覚めた、その時からすでに。