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わたしの愛情も隠し味なんだから当然よね

 この階層は釣り人と出会った水場から始まったわけだが、コミュニティが築かれている場所を思えばどうも自分たちは出てくるところを間違えたらしいと、シュシュが確信するくらいには慣れた頃に、ようやく攻略の準備は整った。


「なあおっさん、実際にそんな現象ってのはあるもんなのか?」

「過去にいくつかは報告としてあったが、だいたいは当人たちの思い違いで決着しているな」

「そうなのね。まあいきなり危険地帯に飛ばされるなんてこと……」

「あの牛コロなら気まぐれでやりそうだけどな」

「じゃあ今回のわたしたちも?」

「とっくに、普通じゃねえだろ」

「──そういえばそうね」


 すでに他の冒険者たちとは異なる階層、異なる魔物を相手取り、影を固めたかのような人物エイタに見送られるという、噂にも耳にしたことのない出来事をへて、シュシュたちはここにいる。


「特別扱いなんてのはお呼びじゃねぇんだけどな」


 カラカラ笑うシュシュのそれは自身の境遇を嘆いた嫌味か皮肉か。少なくともリハスとフィナは笑いとばすこともできない。


 当の幼女エルフで元魔物のグールで、さらに遡れば男のヒューマンだったというシュシュのみが何かを握っていたとしても、それを知るのはまだ少し先のことである。





「あの魔物はなんなのです?」

「ああ──イビルサーペントだね。蛇の体にコウモリのような羽が3対あることから、龍の子どもだっていう説もあるけど、真偽は不明のままだよ。けれど僕たち──みんなは基本的に戦闘を避ける相手でもあるね」

「なんでなのです?」

「あれと目が合っただけで体は硬直して動かなくなって──もがいているところを絞め殺してくる厄介なやつだからだよ。少なくとも一撃で仕留めれる遠距離攻撃の手段が必要になるけど、弓じゃ弱いし魔法だと魔力消費が多すぎてあとの戦闘が出来なくなるって話だよ」

「ふーん、なのです。分かったのです、やってみるのです」

「分かってくれたなら──え」


 新しい階層には見たことのない魔物が多く、それらとの戦闘のほとんどをモエが叩き潰して来た。


 それでも近接特化かといわんばかりのパーティでは仕留めるのが困難であろう魔物の特徴を告げて回避を促したつもりのエイタだったが、好奇心旺盛な鉄球使いには逆効果だったらしい。


 “自在の鉄塊”という名である黒い鉄球は、モエの手の中で重さを変え、モエのスキル“スライム魔法”との高い親和性を持つ。


 そんな専用武器を軽快に振り回し、蛇の魔物の背後へとモエは足音をたてない俊足で一気に接近したが、後方で話をしていたリハスたちの耳にさえ届く鉄球の風切り音に魔物が気づかないわけもない。


 蛇が鎌首をもたげ振り返り、モエを視認したところでその目が妖しい輝きを放つと、あと一歩といったところのモエの動きを確かに止めた。


 蛇にとってはいつものこと。大蛇と呼んで差し支えない蛇の体は、それで絞り上げられたらまず全身の骨を砕かれることは避けられないであろう力強さを内包している。


 獲物の動きが止めたところで、ちろりと出した舌を揺らして蛇は捕食行動に入る──ものと思われた。


 地面に接する胴体がうねり、首が前に出ようとしたところで、今度は蛇が一瞬だけ動きを止める。


 蛇にも不測の、不意の硬直。


 その一瞬は果たして計算通りだったのか。


 動きを止められたモエではあったが、それでも止まることのなかったものがそこには確かにあった。


 その気になれば初速から最高速で投擲される鉄球は、円弧を描き最大重量を乗せた破壊力で、蛇の側頭部にぶつかり首の半ばから頭をちぎり飛ばした。





「滅多に出回らない食材だっていうわりに味は……だめね」

「ここから手を尽くせば食べれるようになりますから。フィナさんにはお手伝いをお願いします」

「まったく、何でも食べる悪食にもこまったものよね」

「モエは何でもは食べないのです。雑草は食べたことあったのですけど、あれはもう食べたくないのです」

「雑草も物によりますけど、調理次第ですよ」

「なのです? じゃあこんど──」

「だめよ」


 可食部だけ見たならばとても食べ応えのありそうな大きな蛇に目を輝かせて食べたいと言い出したのはモエだ。


 モエの“スライム魔法”のファイアは、その見た目に反してしっかりと熱を帯びているため、赤く広がる液体に蛇の切り身をのせればジリジリと焼けて香ばしい香りを漂わせる。


 元コックのエイタが塩で味付けして焼いたものをフィナとモエに味見させたが、色味の強い蛇の肉はくどく、独特の臭いまで放っているが、調理担当エイタはこれも食べれる物に昇華出来るという。


「──雑草はさておいて、わたしの料理の腕前もみてもらおうかしら」

「楽しみです。冒険者で料理が得意な方って少ないですから」


 元々このパーティではフィナがその役目を担っていたこともあり、エイタの監督のもとフィナとふたりの手で蛇は美食へと変貌を遂げるらしい。


 しなやかで硬いはずの外皮を軽々と引き裂くフィナの蟹双剣の切れ味にエイタが感嘆の呻きを漏らせば、気をよくしたフィナが大道芸人顔負けの動きであっという間に大蛇は元の形を無くしてしまった。


「──あの釣り人といい、調味料を持ち歩いてるんだな」

「ええ。これらも大事な支度ですから。味があんまりでも使った食材で得られるものが変わるのなら、みなさんお気に入りを持ち歩いていますよ」

「得られる効果? 満腹度合いとか満足度合いとかか?」

「──? まあ、それもありますけど、やはりステータスアップでしょうね」

「食べて……なんだって?」


 いくつかの切り身にされた蛇は食べきれないであろう量となり、あまりそうな分に関しては保存食にする間もないからと捨てていくつもりらしく、骨やら内臓やらとともに山になっていく。


 一方でこのあと並ぶであろう食事が、普段見ない調味料と調理器具でどのように調理されるかを物珍しそうに見ていたリハスは、エイタの返事を聞き眉間にシワを寄せた。


「このイビルサーペントであれば、毒や呪いへの耐性と継続回復の効果が期待出来ますね。それと調理の腕次第ですが──フィナさんのこの手際なら防御力アップのボーナスもつくでしょう。正直冒険者にしておくのは惜しい腕前ですよ」

「もうー、褒めたってなにも出ないんだからねっ」


 フィナの料理の腕前はシュシュが持つ固有スキルの“熟練度最大化”によるものであり、経験やセンスを飛び越えてステータス自体に作用しているのだから、およそとんでもない冒険をしない限りは、まとも以上の仕上がりになることが確約されている。


 とはいえ、それでもリハスたちが知るのは“美味しい料理”が出来上がるということだけで、食べたからといって満足感以上のものを実感したことなどないし、戦闘能力に直結するなど知識としても初耳なことである。


「なあ、シュシュ──」

「うめぇもん食ってよ……よっしゃやれるぜっとか、今なら何時間でも走れるって思うことくらいあんだろ? この料理のプロフェッショナルさんはそれを具体的に分析するスキル持ちなんじゃあねえのか、な?」

「む……確かにそういう可能性もあるのか」

「聡明なお嬢さんですね、シュシュさんは。いえ、もしかしたらエルフであるのなら見た目とは全然違う年齢なのかもしれませんが……」

「まあ、な。なんにしろ、俺は美味いもんが食えりゃ元気になれるぜ?」

「任せてよね! とびきり美味しいご飯作るからね」


 リハスが最後まで口にするまでもなく、その疑問はシュシュにも同様にある。


 それが質問にしろ相談にしろ、食い気味で答えるシュシュの内心は、そこに疑問を抱いていることを元コックのエイタに深く意識させないことにある。


(フィナとモエが気にしてねえってのはアホだからか?)


 とても失礼な事を思うシュシュだが、口にしなかっただけマシなのだろう。いや、単純にそちらへ気を回しすぎるのを嫌っただけかもしれない。


 イビルサーペントを討伐し、その調理をしようというエイタたちは、魔物から見つからない場所を確保しての小休止をとっているわけだが、それはすなわち遮蔽物が多くどうかすれば追い詰められる可能性すらある場所でもある。


 調理にも味見にも参加しないシュシュは外の見張りを買って出ているのだから、必要最低限の口出しのつもりなのだろう。


 そんなシュシュの振る舞いを理解しているからこそ、リハスも料理の見学をやめて見張りの隣に立った。


「なあ──聞いてもいいか?」

「なんだ? 俺の年齢なら秘密だぞ」

「今さらそんなこと聞くわけもないだろ。あれだ、やっぱりこの階層はおかしすぎるって話だ」

「おっさんは考えすぎなんだよ。さっき言ったように、あの牛コロの嫌がらせにすぎねぇってよ」

「それでもだ──パンが池で釣れるか? 飯で本当に強くなれるか? この階層にはどんだけの種類の魔物がいるっていうんだ?」


 幼いシュシュと筋肉ハゲのリハスが並んで立つと完全に親子か祖父と孫ほどの違いを感じさせるが、そのでかい方が体験してきたことにたまらず小さい方に向かい腰を曲げ疑問を投げかけている。


 いつものことではあるが、エイタにはとても興味深く映るのだろう。調理の手を止め、離れて聞こえない会話に聞き耳を立てるでもなく、ただそんな様子を不思議そうに眺める。


「今はよ、知ることが大事だとは思わねえか。俺たちの常識を外れているならなおさら、よ」

「シュシュに、心当たりはないってことか?」

「──ああ、なんにもよ」

「わかった、そういうことなら今はそれで……それで進むとしよう」


 見張りの甲斐あってか、蛇肉のソテーが出来上がり平らげるまでこの休憩場所が魔物に襲われるようなことはなく、美味しい料理に満足した一行はエイタの説明通りに内から漲るモノを感じながら歩を進めた。



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