ミンチとか勘弁して欲しいです
「龍──っ」
ゴクリと、誰かが唾を飲む音がする。それはひとりだったかもしれないし、全員だったのかもしれない。
リハスの呟きは、生まれ変わって子豚のポークも含めた全員の代弁。かつて49階層で冒険者のことごとくを阻んだ地龍を連想させる。
小島から見る池は歪に走る光の帯で囲まれている。リハスたちの顔を白く照らす光は時折明滅しながら水面下を悠々と泳いでいる。
「まともに目も開けてられねえなっ──と」
それがなんであれ水中にいるならリハスとフィナは無力だろう、とシュシュが試しに弓を射掛ける。魔力の乗った矢は力強く水中へと潜って行ったが、蛇行する光に変化は見られない。
「ダメみたいね。やっぱり龍には敵わないのよ。どうにか脱出する方法を考えましょ。一度退いてそれからでも」
「岸が遠い。あそこまで跳べる気はしねえな」
泳いでいく案は誰も口にしない。着水した時点で龍の餌になるとしか思えないから。
「シュシュちゃんの風じゃダメなのです?」
先の牛との遭遇戦でシュシュは風に乗って高い頭の位置まで到達していたはずだとモエは提案する。
「もともと攻撃用の魔法だ。俺が無事だったのは行使した本人だからで、モエたちが巻き込まれたら無事では済まないはずだ……そういえばモエも空を飛んでなかったか?」
「はいなのですっ。モエの飛行魔法(物理)なのですっ」
「モエはそんな魔法が使えたのかっ⁉︎」
その場にいなかったリハスだけが大げさに驚くが、実際に見ているシュシュたちは苦笑いするばかりだ。
妙案はない。しかしいつまでも相談ばかりでは埒があかない。陸地への道を崩したということは、この魔物はフィナたちを閉じ込める意図を持ってそうしたと考えるのが普通。
同じ手法で小島を削られればそれこそ逃げ場もなくなる。そうなれば足場ごと全員が水中に引きずり込まれるだろう。だから、と。
「ぜえったいに当てないでよね⁉︎」
「今ぶつかったら骨折どころじゃないですよね」
「ポークならミンチになるんじゃねえか?」
「……俺の背中に乗ってるといい」
レベル1の豚では耐えることなど出来ずに死ぬであろう暴威が小島の中心で粉塵をあげている。
「では行ってくるのですっ」
「ちゃんと上に飛んでよねっ」
そう言ってあの時のように、重い鉄球を回転させたモエが勢いに乗って空へと飛んでいく。ビーストモードで猫獣人になったモエの全力は放物線を描いて小島から放たれた。
「飛距離が全然足りないぞっ⁉︎」
「あそこからまた回って繰り返すのよあの子」
「そんな馬鹿なっ」
重さに引っ張られるモエだが、その鉄球は重さを自在に変えられる。軽くすれば手元に引き寄せることも、慣性に任せたまま体を回転させ、タイミングを合わせて再射出することも出来る。
(しかし確かに足りないな)
いつかと現象こそ同じではあるが、間近で見ていたシュシュからすると勢いが全く足りない。それはモエ自身も予想外だったらしく、思ってたよりずっと早い落下のタイミングに焦って次の行動に移らなくてはならなくなった。
それが、足元への警戒を疎かにさせ、思ったよりも足りない高度は魔物の射程内であったようだ。
「モエっ!」
「にゃ⁉︎」
フィナが叫んだ時にはもう遅い。
小島をはなれ、水上に現れた影に光の帯が飛び出し捕食する。
驚きバランスを崩し、次に移行するために重さを限りなく軽くした鉄球を手にするモエは無防備すぎた。
とっさの事に対応することも出来ずに、モエは光る龍に呑まれて水中へと連れ去られてしまった。




