モエでもあんなのは食べないのです
攻略も3週間目ともなればモエたちの誰も綺麗な姿ではいられない。
「体は毎日洗っているのに……」
くさい。そんなのは慣れていたはずなのにフィナがそう言うのは、ここしばらく攻略済みの階層を短期間で駆け上がってきたことと、時には携帯ポータルで帰ってさっぱりする過ごし方をしていたからだろう。
それに加えて、みんな服がびしょ濡れのどろどろである。いくらモエが指先から香りのいい液体を出せるにしても追いつかないしそろそろ品切れも近い。
「ハゲが体を拭かないからだろ?」
「ちゃんとテントで拭いとるわ。むしろなまじ綺麗にしようとするから気になってしまうんだろう。いっそ沼の香りを染み付かせたほうが気にしないで済むんじゃないか?」
汚れた服も体もまとめて湿原の水にダイブすればいいとリハスが言うとシュシュが足を掛けて転ばす。
「まあ、それもあのいかにもって感じの池にたどり着けばどうにかなりそうだけどな」
足払いがきれいに決まってご満悦のシュシュが指差す先に、ここまでの地形が嘘のような綺麗な水をたたえた池がある。
対岸までは100mはあるだろう大きさの池には蓮が浮かんでおり、その下をいくつもの小魚が悠々と泳ぐのが見える。
そんな池のほとりを警戒しながら歩いて回れば、池の中心へと向かう道に行き着く。その先は池の真ん中にある小島へと続いており、フィナたちは顔を見合わせて決断する。
「距離的にもきっと階層主がいるところ、でしょうか」
「巣に踏み込まなきゃいけないタイプの階層主ってことね」
「行くか。行かなきゃ始まりもしねえだろうからな」
「先頭はモエに任せてなのですっ」
「あっ、モエ待って!」
猫獣人化しながら走るモエはひとり中心の島に着いて鉄球片手に構える。今回は抜け駆けではなく、囮のつもりだ。シュシュも分かっているから何も言わないがひとりにするわけにもいかない。フィナが追いかけるあとをついて行く。
「なにも、出てこないわね」
「魚がいっぱいなのです」
この階層で出てくるなら蟹かナマズの階層主だろう。そう考え、モエは水の中にそんな姿がないかを探し、それほどに広くない小島をぐるぐると周る。
「何かありそうか?」
「ううん、今のところはまったく」
少し遅れて来たシュシュとリハス、ポークが合流し全員で小島の周りを歩く。
「魚ばっかりなのです」
「……てことは階層主はナマズか?」
「それにしてはずいぶんと小さい魚ばかりだろう」
「そうですね……」
小鯖ほどのサイズしかない魚の群れは、食べれば腹は満たされるだろうが下処理の手間を考えると痺れるナマズを捕まえた方が良さそうだと思える。
魚群は池をぐるりと泳ぎ回り、離れていく。
「なあハゲ。ひとつの階層に生息する魔物って多くて何種類いるんだっけか」
「おうチビ。俺が知る限りじゃ3種類までは確認されている」
大抵は1種類しかいない。生息するのはその魔物のみ、何を食べて生きているかも知られていない。“神の塔”に住む者たちにとってそれが当たり前で魔物だからと、特に深く考えられはしない。
フィナたちが逃げ惑った49階層にはパンサーと小型飛竜が生息しており、謎の地龍までもが行手を阻んでいた。その場合も縄張り争いなどはなく、魔物だからそこに共存し塔の攻略を阻むと考えられている。
「ならここに、蟹とナマズに続く3種類目がいても、おかしくはねえわけだ」
「なのです?──あ」
池の中を覗いていた顔をあげ、シュシュを振り返ったモエは後方の水面に蛇行する光の集まりを見つける。
呆けたモエの顔を見てシュシュたちもその視線を追いかけると同じものを目にする。
時折水面に迸る光は徐々にその勢いを増していき、浮上してくる。真っ直ぐ、巨大な帯となった光が向かう先には岸から小島への小道がある。
小道に、光の群れがぶつかったとき、光源は激しい閃光を撒き散らしながらごりごりと音を立てて土を食らう。
それが立て続けに何度か繰り返されればさっきまであったシュシュたちが通ってきた小道はかき消えていた。
「な、別種だ」
「別種だ、じゃないわよっ! 雷龍よ、あれはきっと幻の雷龍なのよっ」
もはや姿を隠さないつもりなのか、これから獲物を喰らう舞台を整えたうねる光の帯は、水面下でその全長を誇示するかのように、へっぴり腰のフィナたちがいる小島を取り囲んでいた。




