明るいです
本来なら静けさに包まれているであろう湿原フィールドに響く奇声。
「このフィナ様に敵う猛者はいないのかぁっ」
今も現れた蟹を一方的に破壊した蟹双剣のフィナは、慣れて作業と化した蟹退治に気持ちを良くしていた。
「まさかレンガに込めた魔法が全く使えねえなんてな」
「ごごご、ごめんなさいなのですぅ」
ポークのレンガとモエのスライム魔法を組み合わせた魔法石運用は既に魔物相手に試した後である。
結果を言えば、単純に火力不足。
それもそのはず、魔法がまともに使えないモエが習得している魔法は初歩の初歩でしかない。魔法使いとして頑張る者たちが10歳の頃には覚えているものばかりで、下の階層であればともかく、ここまで上がってきて通じる魔法ではない。
「だが言い換えればここらの階層で手に入る魔導書から身につければ運用に値するということだ」
それは、モエが諦めなくともいつしか敬遠してしまっていた魔法使いとしての本懐。
「これで、おじいちゃんにお披露目できるのです……っ」
「おじいちゃん、ですか?」
「そうね。モエはおじいちゃんに立派な魔法使いになったところを見せてあげたいのよね」
「はいなのですっ」
ポークはフィナが教えてくれたそのことに首を傾げながらも「良かったですね」と祝福する。
「まあ、それを実現させるためにもまずは……金稼ぎなんだけどな」
「はうう……」
未攻略階層で携帯ポータルによる地点セーブは利用出来ない。戻れば一からやり直しで、進むにしてもまだ少しかかるだろう。
しかも蟹の素材は買い取り不可を突きつけられ、ナマズの肉はたまに手に入れば飢えないための食糧と変わる。ナマズに関してはヒゲと皮を取ってはいるが、特別な感じはなく金になるか微妙である。もうひとつモエたちに電撃を加えた蓄電器官とおぼしきものもとってあるが、攻略の間に腐ればゴミとなる。
「それに急ぐのはフィナの武器の方だし」
「それはその通りなのですよ」
この階層では蟹のハサミを割った大小の双剣姿のフィナが活躍しているが、それはただの蟹の爪である。しかも初回の蟹に関してはモエとフィナで中身を引きずり出していたためか、爪の身も剥がれていたから楽だったが、それ以降のものは毎回臭い匂いを我慢しながら抜き出している。
そう、ろくに洗っていない爪の内側は臭く、そこに手を入れているフィナも臭いが、ここには他の人たちもいないからとみんな気づかないフリをしている。いずれフィナも知ってしまうだろう。それまでしか活用されないこの場限りの武器である。
「さらに言えば魔導書は有用なものほど在庫が無い貴重なものだ」
「……」
「金を持ってても手に入るかわからん」
「がーん、なのです」
魔導書はその魔法を扱える者が、魔法の仕組みや引き起こす現象、細部に渡るまでのコツを魔力を用いて書き上げて作られる。一般的に魔導書作成と伝承はギルドも冒険者たちもが推奨するものだが、量産には向かないし、何より自分の地位を守りたい者は奥の手として黙っている。
結果、効果の高いものは出回りにくいし値段も張る。初級〜中級までが出回っているのは魔法使いたちの小遣い稼ぎという面が強い。
「蟹の硬さを考慮してもここから先で役に立つ魔法を魔導書から得るのは期待出来ないし、継承くらいか? ハゲとしてはどう思う?」
「……継承は仲間の魔法使いが死に瀕した時くらいしか行われない。そんな可能性は微塵も抱くわけにはいかないだろう」
「継承ってなんなので──」
「だ、そうだ。悪いがモエはそのスライム魔法に関しては攻撃じゃない方で役に立てようか」
「……分かったのです」
その結果、モエのスライム魔法はライトの魔法を注ぎ込んだ光るレンガを作り、ポークの建てる小屋を明るく灯しただけとなった。