狭いところが落ち着くのです
「おま、こいつぁ……」
「まさかそんな事が出来てしまうなんて」
シュシュが、ポークが驚きを隠せないでいるのは、気まぐれにはじめた検証の結果についてである。
シュシュの手にはひとつのレンガが握られていた。赤く揺らめく光を内包したレンガを。
それは少し前のこと。
攻略も夜通しするわけはなく、陽が落ちて食べるものも食べてしまえば朝まで交代で眠ることになる。
「じゃあ、少しだけ辺りを見てから戻ってくるね」
「まだ寝るなよ。特にシュシュ」
「分かってるよ。さっさと行ってこいハゲ」
見張りは1人ずつ交代でするにしても、周囲の地形は把握しておきたい。もちろん日のあるうちに見てもいるが、夜になったときも同じように見えて感じられるかは別だ。
何かあったときにひとりでも把握出来ていたら対応も違う。偵察と拠点でパワーバランスを考えた結果、今回はひとりでもやれる蟹エルフと、タフネスだけは高そうなリハスが外へ行く。
拠点に残るシュシュたちが偵察を任せて寝ていいかというと別である。どこからすり抜けて魔物がやってくるか分からないのだから、シュシュもモエもポークだってきちんと起きて警戒していなければならない。
「……その小屋は造らないと寝られないのか?」
「あっ、えっと……」
シュシュが尋ねるのはポークのレンガを並べて作ろうとしているおうちについてだ。
「ずっとこれに隠れて過ごしてたので、ないと落ち着かないというか……」
いくら頼れる仲間がいても、身についた習慣は変わらないらしい。魔物はびこる階層に生まれ落ちてから1年をそうして過ごしたのだから仕方ないだろう。
「それにしても脆弱だよな」
ポークがレンガを生み出しては円形に並べて重ねていくのだが、つなぎ目になにも使っていないのだからスカスカである。
戯れにシュシュがローキックを入れれば、綺麗に並べただけのレンガの集まりは音を立てて崩れて、ポークがもの悲しそうな顔をする。
「……悪かったよ。けどよくそれで生きてこれたよな」
「息を潜めてたので……」
だから絵本でいえば天敵の狼から逃れ続けられたそうだ。シュシュたちがポークを発見した時などは食べられる寸前だったらしいが、大抵は開いた口にレンガを生み出して詰めることで回避し、新たに小屋を造ってこもるのを繰り返したという。
「ちなみに造るスピードってどんくらいなんだ?」
「えっと……これくらいで」
ポークが床に手をかざすようにして滑らせると次々にレンガが生み出される。秒速一個ほどではあるが十分に速い。
「それってあのレンガなんだよな、きっと」
「あの?」
「階層の隔壁のことなのですね?」
もちろんここにはモエもいて、ポークが生み出したレンガを手にお手玉して遊んでいる。
「硬くて軽くて壊れないレンガ」
「ただの置き物ですけどね」
「暇つぶしのおもちゃにもなるらしいぞ」
改めてその材質を確かめるシュシュとは別に、すでに転がっているレンガを立てて並べているのはモエだ。
「えいっ」
「ああっなのですっ」
シュシュがそのうちのひとつを指で倒せば、連鎖的に並べたレンガが次々に倒れていく。いわゆるドミノである。
「もうっ、最初からやり直しなのですよぉ」
「すまんすまん。次はしねえから」
「──」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもなのですよ」
そう言ってまたも黙々と並べ始めるモエ。ポークとシュシュも微笑ましく見守るモエのひとり遊びだが、湿原のゆるい地面に置くこともできず、その範囲は必然的にシュシュが用意した蟹の甲羅数枚分しかない。
外側からスタートして、甲羅の床を螺旋状に並べていくモエ。これが本当に蟹の甲羅そのものならでこぼこして並べきることは無理だったろうが、シュシュのスキルの産物なのだから、目的に則した平らな床になっている。
邪魔しないと言った手前、シュシュとポークはモエのドミノをかわしているうちに、ドミノの終点である中心に追いやられている。もちろん並べるモエも一緒だ。
「よいしょっ、なのですっ」
ポークが出していたレンガを全て使いきれたことに達成感を感じているのか、手の甲で額を拭う素振りを見せるモエ。
「ったく……これじゃ寝れねえだろ」
「そうですね」
焚き火の炎に照らされ、赤く煌めくドミノの螺旋はそれなりに綺麗に並べられていてモエの達成感も分からなくはないが、とシュシュとポークは困り顔である。
「そ、そうなのです。寝るところがないのです……」
「じゃあもういいだろ……っと」
こつんっと。シュシュが終点のレンガをつま先で倒す。
「あーっ」
名残惜しそうな、或いは何かが黙ってたことがバレるような、そんなモエの言葉はシュシュも拾わない。気づかない。
パタパタと倒れていくドミノを3人して見守っていく。ポークなどはこれを集めて家を作らないといけないのかと少し気だるそうである。
だが、そんな必要は無かった。
ドミノが最後のひとつを倒したとき、チカっと光を放ったかと思うと途端に激しく燃えあがり、今度は逆回転で炎が連鎖していく。
「おいっ、なんだこりゃあっ」
「ふわわわ、焼き豚になってしまいます」
螺旋の炎が外から迫ってくる中心にはシュシュとポークにモエもが固まっている。ポークはどさくさに紛れてシュシュに抱きついているが、元おっさんグールのシュシュにとってはどうでもいい。
「大丈夫なのですよ」
「なにがっ⁉︎」
落ち着いたモエの発言に何がどうなっているのか分からないシュシュは苛立ちをぶつける。
ドミノを伝ってくる炎は時折その火力を増していく。
あと2周すれば焼き豚と焼きエルフが出来そうだというところで、今度はレンガから水が噴き出して辺りを鎮火させてしまった。
「──モエはこれがなんなのか知ってんのか?」
呆気に取られたシュシュは、首謀者であろう天然娘に問いかける。
「モエの熱い情熱と、とびっきりのあいえ──」
「ざっけんなあっ」
「ふべっへんっ!」
いつもならフィナが止める単語は、シュシュにやらせると折り曲げた指でモエの両目を打ち抜く強烈すぎるツッコミとなり、天然娘は焦げ臭さを残すレンガの上でのたうち回った。