表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/151

案外悪くないものかもね

 シュシュたちの最前線攻略は順調である。


 荒れ狂っていたフィナも最初の一体を倒したことで落ち着きを取り戻すと、吹っ切れたのか、モエの元にやってきてクレームをつけだした。


 無加工のハサミの外殻に直接腕をはめて使ったせいで手首から先と前腕を痛めていたらしく、ガリガリ削るように傷ついた肌にはモエ汁が塗られ、殴っても痛くならないようにと、殻の中に予備の着替えなどを詰めてクッションにしたところ、更に安定して倒せるようにもなった。


「フィナ自身が剣と思って使っているからこそ補正が乗っているのだろうな」


 リハスが言うにはそういうことらしい。彼らが生まれついた適性に合った武器を持つのがいちばんで、同じナイフを手にしてみてもフィナとリハスでは切れ味にいくらかの違いが出る。だからこそ蟹の甲殻にも負けないのだと。


 同じ魔物の硬い殻を使っているのに、フィナの攻撃のほうが打ち勝つのだ。しかもこの武器に関しては倒した蟹の数だけ予備がある。


 そうすると見なくなったのが蟹の中身による攻撃だ。フィナがひっくり返した時のように裏返しにしなければ表に出てくることはないようだ。


 中身が口を開いて出てこなければモエも鉄球で遠慮なくぶん殴れる。モエがそうすれば蟹は地面にめり込みフィナが更に畳み掛ける。


「魔法使いが鉄球を持ったらそれも得意武器の扱いになんのかねえ」

「……そんなわけはないと思うが、だとするとなんて話は問いかけたところで無駄だろう」

「そりゃそうだ」


 会話するふたりはそれぞれに大人しく待機している。


 背中にポークを背負うリハスなどはその勢いに押され参加しようとなども思わない。目の前で好きな子が半狂乱で蟹をどついていたのだ。割と思考が修羅場でもある。


 シュシュはといえば売れない素材を片っ端から取り込んでいく。ハサミだけはこうして価値があるからと保管しているが、他はシュシュのお腹を満たすものとなり、新たな価値を与えていた。


 そしてそれは間違ってモエが鉄球で蟹をひっくり返した時に起こった。上から振り下ろされたモエの鉄球を蟹が素早くよけると、叩きつけられた地面の振動と余波で蟹はメンコのようにぱたんと倒れたのだ。


 そうして天地逆転した蟹はやはり腹の甲殻を開き、その中身で襲いかかってきたのだが、シュシュが“シェル”と唱えれば狙われたモエの前に堅い盾が地面からせり出した。


 鉄球をも口に含んだ軟体だが、突破力は大したことないらしく、現れた巨大な盾に阻まれて動きを止めたところを、フィナの双剣が斬り裂いた。


 咄嗟とはいえ難なくと。つまり、ここに蟹の魔物の攻略法が確立したのである。




「他の魔物が存在して良かったなどと思えたのは初めてだな」


 辺りを警戒しながら焚き火を囲むリハスたち。その手には魔物の肉を焼いたものが握られており、お腹のすいたモエにより既に食べられることが判明している。


「蟹は蟹で役に立っているけどな」

「まさか死んだあとで敷物にされてるとは思わないでしょうね」


 ぽんぽんとポークが叩く床はシュシュが発動させた“シェル”であり、簡単に言えば蟹の甲羅がいくつも敷き詰められ、水気が耐えない湿原フィールドで腰を落ち着けることのできる場所になっている。


 モエの前に出現させた時にはその硬さとサイズを活かした盾となって攻撃を防ぎもした便利なものだ。


「このお魚美味しいのです。少しピリッとするところがたまらないのですっ」

「ピリッと、て……あちっ! モエは逞しすぎるわよ」


 フィナがよく焼けた魚肉を噛んで身を震わせる。なにも感動するほどに美味いことを表現しているわけではなく、噛んだ口から全身に軽く痺れがやってくるからだ。


「まあ食えるもんがあっただけ、マシってことにしようや……いてっ」

「そうだな。味はなかなかのもの……ぐうっ」


 シュシュもリハスも食べながら痺れているその肉の持ち主は他より少し深めの沼地に現れたナマズの魔物であった。


 ナマズは長いヒゲから放電するらしく、出会ったときに全員が痺れて強敵かと思われたのだが、電撃は貯めに貯めたエネルギーを一気に放電するらしく、そのあとはヒゲを鞭のように振り回すかなり大きめの魚でしかなく、蟹双剣を装備したフィナの敵ではなかった。


 フィナが斬り裂いた断面も実に美味しそうな白身のぷりっとした肉であり、蟹と戦い続けて疲れた身体を休めようとこうしてキャンプしている。


「食ってりゃ慣れるだろうさ」

「携帯ポータル作戦が出来るなら戻って飯を食うんだけどな」


 中断セーブともいえる携帯ポータルを使用した小刻みに進んでいく攻略はポータルの解放されていない最前線では使えない。進むと決めたなら階層主を倒してポータルを解放するまでいきたいものだ。


「先に行ってるはずの12人が攻略してくれるといいんだがな」

「それじゃ俺たちは相変わらず2番手じゃねえか」

「そう急ぐこともないだろう。じきに追いつくさ」


 シュシュはどうも一番になりたいらしい。本来は堅実に行きたいリハスにしてみればここまでの快進撃でも十分すぎるのだが、何かしら目的があるのだろうかとその表情を窺うだけにとどめた。


「でも見かけないね。その人たち」


 そんな会話にフィナが疑問に思っていたことを口にする。


「もしかしたらとっくに食われて全滅してるのかもな。案外この魚の胃袋に収まってたりして」

「ちょ、やめてよねもう」

「大丈夫なのです。お魚の味しかしないのですっ」

「……魚の肉から違う味がしたら嫌ですね」


 シュシュの不謹慎なジョークにフィナは震え、モエは妙なフォローをする。ポークとしてもそんな魚肉は嫌らしく、それぞれが思い思いに先に進んだ冒険者たちの無事を祈った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ