魔法?ごめんなさい、本当苦手なんです ※イラストあり
体高が150cmほどのその虎は野生の獣らしく全身が筋肉で出来ているような風体をしている。
その上でこの世界の生き物は等しく魔力というものを使うのだ。
その扱いに長けているかどうかというのも強さに大きく関わる。
そしてこの赤い虎は火の属性を持ち、魔力の扱いに長けている部類だ。
この階層は熱帯林の様相を呈していて、どこから獰猛な獣が襲いくるか分からない。
冒険者たちも1人で挑むものなど少なく、いまその虎と対峙しているチーム「南風」も5人で組んでいる中堅に差し掛かったくらいの者たちだ。
タンクがヘイトを取り虎のタックルを受け止めたところを矢がその眼を貫く。
僧侶の杖が小突いて魔法使いの鉄球がケツを叩きつける。
虎の苦悶の顔に苦い顔をした剣士のロングソードが首を斬りつけそのまま斬り落とした。
「これで、レベルアップ。いよいよ30か──」
剣士の彼が感慨深く言うのはこの世界において30レベルと言えば名実ともにベテランと呼ばれる域に達した証。
他のメンバーはまだ少し届かないが、募集掲示板の前で集まって同じ日にスタートを切った5人だ。
同じ苦難を共にして互いに認め合い高め合ってきたはずの5人。
けれどそれも30レベルという節目に差し掛かったとなると少し違ってくる。
「なあ、俺たちも上を目指せるはずなんだ。頼りになるタンクにアタッカー、ヒーラーも。けどさ魔法が、攻撃魔法がねぇんだよ」
剣士の言葉に皆の視線が一箇所に集まる。このパーティでは皆同じスタートを切ったはずだ。
それぞれに得意とするもので集まったはずだ。
「なあ、モエ。なんで魔法使いなのに武器が鉄球なんだよぉ……っ」
責めるような声ではなく、何かを振り絞るようなそんな言葉は過去に何度かモエが言われてきたことで、それには毎回同じ返事をすることになる。
「あ、あの。魔法……使いのはずなんですけれど、本当に苦手なんです。その……ごめんなさい」
冒険者を目指す者は冒険者ギルドでまず適性を見られる。
素のステータスと持っているスキルが判明すれば自ずと成長の傾向もわかり、その上でジョブ選択を迫られる。
モエは魔力が高く、当初から魔法スキルを1つ所持していた。
なので誰もが魔法使いだと信じて付き合ってきたのだ。
魔法を覚えるにはスクロールと呼ばれるものか魔導書から得るのが一般的だ。
火も水も風も地も初級は全て取り込んで、ステータスにも反映されている。
なのに──
「その、本当に……ごめんなさい」
「ちょっと火の魔法やってみてよ」
僧侶の女性の口調には少なからずのトゲがある。
彼女は回復系を複数修める優秀なヒーラーだ。
モエと同じように武器で攻撃したとはいえ、トドメに手を出すだけの彼女と鎖のついた鉄球を振り回すしか能の無いモエとは雲泥の差である。
「あ……ファイア」
ボトリ、と柔らかい音をさせて現れた魔法は、火とはほど遠い見た目の丸い塊。
それが地面にへばりつくように広がってやがて消えた。後には焦げ跡すらない。
「なあ、なんで赤い色の水みたいなのが出るだけなんだよ。レベル30くらいの魔法使いならこう──範囲魔法とか使えるじゃん?この先に進むならそれが欲しいんだよ、俺たちは」
「ご、ごめんなさい」
「かと言ってこの中に新たに魔法使いを入れるとややこしくなりそうだ。いじめでも始まりかねん」
タンクの彼はゴリゴリの肉体で皆を守ってくれる。
無言を貫く弓矢の彼もここぞと言う時に急所を撃ち抜いてくれる凄腕だ。
「なあ、モエ……言いにくいんだがよ──」
これまで魔法が苦手で、というモエに長い目でと付き合ってくれた彼らももう待てないのだろう。
モエ自身分かっている。
この先、初級のファイアが使えることもないだろう。
いつかは決断しなければならない時がくるという事を。
「分かったのです。モエは、鉄球使いで行くのです」
「そうじゃなくってだな。すまんっ、俺たちは他の魔法使いを誘うから抜けてくれっ!」
「え? えぇっ⁉︎」
こうして魔法を使えない魔法使いモエはパーティから外されて募集掲示板の横でプラカードを提げて受け入れてくれるパーティを探す事となった。