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第二話 黒髪の格闘家

 私は、その男が背後に立っている事に気が付かなかった。


 振り返ると妙な格好をした男が、私の腕を掴んでいた。



「もう、それくらいでいいだろう」


「・・・誰だ、お前」


「俺か? 通りすがりの格闘家さ」



 そう言った男の腕を振り払い、その男を見据えた。


 腕まくりをした白い道着を黒帯で締め、黒のズボンに黒い靴。


 手首にはリストバンドを、足首にはアンクルリストを付けている。


 そして、始めて見る、黒い髪に、黒い瞳。


 こんな人間、見た事無いぞ。


 それに、油断していたとは言え、私の背後をとるなんて。


 何者だこいつは。



「誰だか知らないけど、邪魔しないでくれる」


「本当に強い奴は、弱い者イジメなんてしないものさ、違うかい?」



 弱い者イジメ・・・ね。


 私は、床に無様に伸びているチンピラたちを見回す。


 大体、こいつらが私にちょっかいを掛けなければ怪我をする事も無かったんだ。


 そもそもチンピラとは言え、冒険者のくせに危険察知能力が低すぎるんだよ。


 私を見た目だけで判断する方が悪い。


 それにこの黒髪の男、この惨状を目の当たりにして、私に声を掛けるなんて何考えてるんだが。


 こいつも危機意識がねえな。


 大方、正義感からお節介を焼こうって輩だろう。


 だから私は、ちょっと意地悪を言ってやった。



「それじゃ、あんたは強いのかい?」


「そうだな、俺は・・・・・・強いよ」



 黒髪の男は、事もなげに言った。


 ふ~ん、強いんだ・・・おもしれえ。



「それじゃ、強いお兄さんに相手してもらおうかな」



 まさかこの状況で、私が手を出さないとでも思ってるのか?


 もちろん本気でやる訳じゃ無い。


 ちょっと痛めつけて、危機意識を持ってもらいましょ。


 私は、馬鹿にしたような軽快なステップを踏み、不敵に笑った。



「やれやれ、元気な女の子だな・・・良いだろう、相手してやろう」



 黒髪の男が構えた瞬間、空気が変わったのを肌で感じた。


 冒険者として、魔獣と命のやり取りが日常と化していた私に感じた危険な予感。


 ステップを踏むのを止め、私は笑みを消し、瞬時に戦闘態勢に入る。


 自分の視野の狭さを恥じ、数秒前の自分を叱咤する。


 馬鹿か私は、見た目で判断して、この男の力を見抜けなかった。


 殺気はない。


 だが、私の感覚が、獣人としての獣の本能が、目の前の男が只者でない事を告げる。


 私は知っている、獣人の国の外の世界の者、人間は、基本的に弱い。


 なら、何故私が外の、人の世界に強者を求めたのか。


 それは、獣人には無い、武器を、魔法を扱う者たちがいるからだ。


 人の世界での強者とは、武器や魔法に優れている者だと。


 獣人には無い、道具を使う強さだ。


 人の国で強者と出会うとしたら、剣士や魔法使いだと思っていた。


 そう思っていたのに、目の前にいるこの黒髪の男は、素手だ。


 故郷の村を出て、人の国を訪れて初めて、強者と思える者との出会いが武器を持たない『格闘家』だとは。


 間合いを取りながら、円を描くように私と黒髪の男が移動する。



 隙がない・・・この男・・・強い!



 自然と頬が上がり、ニヤリに笑う口元から牙を覗かせる。


 これだよ、こう言う奴に会う為に村を出たんじゃないか。


 ピリピリとした緊張感が、店内を支配する。


 間合いに入った瞬間、叩き落とされそうだ。


 でも行く。


 静まり返った店内に、キュッキュッと二人の足音だけが響く。



「・・・凄いな、あんた」


「分かるのかい?」



 ・・・あと一歩・・・。



「私の中の獣が、今にも飛び出しそうだ・・・あんた名前、なんて言うんだ?」


「俺の名は、リバティ・・・君は?」



・・・あと半歩・・・。



「私の名は・・・」



 そして、私と黒髪の男、両者の動きがピタッと止まった。



 今っ!



「シャオ!」



 私が黒髪の男、リバティに向かって飛び掛かろうとした刹那。


 バンッ!


 っと音を立て、店のドアが乱暴に開かれる。


 振り返ると、武装した衛兵たちが店内になだれ込んで来た。



「暴れていると言うのはお前たちか!」



 そう言い、衛兵たちが棍棒を手に近づいてくる。


 チンピラ相手に大立ち回りをしていたので、誰かが通報したのだろう。


 やばいな、暴れ過ぎたか。


 しかも、黒髪の男、リバティも共犯にされているみたいだ。


 見れば、俺は関係ないぞとジェスチャーしているが、相手はお構いなしみたいだ。


 さてどうする? こうなったら行き掛かり上まとめてぶちのめすか。


 一瞬、物騒な思考が頭を過ぎったが、流石にそこまで見境なく暴れる訳にもいかない。


 しかし、こんな所でおとなしく捕まる訳にもいかない。


 っとなると、後はもうこうするしかない。


 私は、傍らにあった重たいテーブルを掴むと、衛兵たちに向かってぶん投げた。



「うぉりゃーー!!」


「なっ?! ぐわー!」



 衛兵たちも、まさか小さな少女がテーブルを投げて来るとは思っていなかったようだ。


 飛んできたテーブルをまともに食らいドミノ倒しのように倒れる。


 続いて、床に転がっていた椅子を掴むと、窓ガラスに向かってぶん投げる。


 ガシャンッ!と派手にガラスが割れる音と共に、私は窓に向かって駆け出す。


 こう言う時は、逃げるに限る。



「おい! 逃げるぞっ!」



 私はリバティに声を掛けると、窓から外に躍り出た。


 店の外に飛び出ると、すでに陽はどっぷりと暮れていた。


 このまま闇に紛れて逃げるとするか。


 そう考えた時、背後の割れた窓からリバティが飛び出して、私の側へと着地した。



「・・・君のお蔭で、とんだトバッチリを受けてしまったな」


「自分から厄介ごとに首突っ込んだんだから、自業自得じゃない?」


「まあな」



 そう言いながらも、さして気にしていない様子だ。



「いたぞ、あそこだっ!」



 振り返ると、店を回り込んで追ってきた衛兵たちの姿があった。


 やれやれ、のんびり立ち話も出来やしない。



「ほら、逃げるぞ、お嬢ちゃん」



 リバティが私の肩をポンッと叩くと、闇の中へと逃亡する。



「子ども扱いするな!」



 衛兵たちの怒号を背に聞きながら、私もリバティの後に続き、闇の中へと走り出した。

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