第一話 狼族の(自称)美少女闘士
派手な音と共に椅子やテーブルが薙ぎ倒され、チンピラが床に転がされる。
私の足元には、たった今、ぶちのめされて悶絶しているチンピラたちがのた打ち回っている。
やってしまった。
そう思いながら、私は両手で衣服を整える。
私が身に付けているのは、ボロボロになった道着。
服は黒ずんでおり、袖は破れ、肩から先が無かった。
赤茶色の髪に、頭部からピンッと立った二つの獣の耳、腰から垂れるフワフワの尻尾は、獣人の証。
狼族の(自称)美少女闘士、「シャオ」それが私の名前だ。
『強くなりたい、誰よりも!』
そう強く思い、幼い頃から冒険者となり、修行と称して魔獣狩りをしてきた。
もちろん素手でだ。
獣人は、基本的に武器を持たない。
鍛え抜かれた肉体が武器であり、鎧だ。
拳はハンマーとなり、爪は刃物となる。
そして、冒険者としてある程度の実力を身に付けた私は、村を、国を出る事にした。
そう、獣人の国の外、即ち人の世界へ。
村に居る時から、外の世界から来た商人に、人間の国の話は聞いていた。
外の世界には、獣人とは異なる、強い者がいる。
だから私は、強くなる為に旅に出た。
まだ見ぬ、強者を求めて。
しかし、強さを求めて旅だったはずが、今はその意味を無くしていた。
最初に訪れた人の国。
そこで目にしたのは、自分よりはるかに実力を下回る者達だった。
それは、いくつかの村や町を訪れても変わる事は無かった。
外の世界への、軽い失望を覚えていた。
そんな時、たまたま夕食を取る為に入った酒場でチンピラに絡まれた。
ちなみに身体は小さいが、これでも(獣人では)成人を迎えている。
冒険者風の格好をしたチンピラたちは、いやらしい笑みを浮かべ、店内に入って来た私を囲んだ。
こいつら私を、田舎から出てきた獣人の娘だと思ったんだろうな。
この時、私は、空腹と、こいつらの態度に苛立っていた。
だってさ、酒臭い息をしながら、私のこと、小汚い獣人だの、獣臭い娘だのと言ったんだぜ。
確かにここ数日、水浴びもしてなかったし、洗濯もしてなかったよ。
でもさ、女の子に言う言葉じゃないでしょ。
だから、チンピラの一人が背後から私の肩に触れた瞬間、腕を振ったのは、正当防衛ってやつだ。
私の裏拳が、背後の男の鼻を潰した。
その感触を確かめるより速く、あっけにとられていた正面のチンピラの顎にハイキックを放つ。
的確に顎を蹴り抜き、その勢いのまま、横に居たチンピラの腹に蹴りを叩きつける。
鮮やかな蹴りを食らったチンピラは、店の壁まで吹き飛んだ。
背後に居たチンピラが鼻血を噴き上げながら床に倒れ、正面にいたチンピラが力無く床に崩れ落ち、側面にいたチンピラが壁に寄り掛かって倒れた。
チンピラ三人を叩きのめすと、あとはもう滅茶苦茶な乱闘になった。
チンピラたちの仲間が一斉に襲い掛かってきたが、ある者は私の蹴りで顔を蹴られ、ある者は私のパンチで肋骨を砕かれ、またある者は私に腕の関節を捻られ折られた。
そして、チンピラたちのリーダー格の男が、私のアッパーを顎に食らい、派手にテーブルを薙ぎ倒して倒れたのを最後に、店内は、水を打ったように静まり返った。
静まり返ったって言うか、悶絶して呻き声を上げてるんだけどな。
そう思いながら、店内を見回すと、地獄絵図のような光景になっていた。
ちょっとやりすぎたかな、でも、私の事、臭い臭いって言ってたんだ、自業自得だ。
あっ、思い出したらムカついて来た、もう少し殴っとこ。
「なぁ、もう一度言ってみろよ」
私は、顎が割れて悶絶しているチンピラのリーダーに歩み寄り、襟首をつかむと、その顔面に拳を落とす。
ゴッと鈍い音がして、チンピラの鼻の骨が折れる。
「誰が、獣臭いって」
再び男の顔面に拳を落とす。
グチャッと湿った音が、店内に響く。
「ほら、言ってみろよ」
ガッ! バキ! ビシャッ!
店内に肉を打つ音が断続的に響く。
そして、何度目かの拳を振り上げた時、背後からその腕を掴まれた。