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一話

「あぁっ! 何じゃ、なぜ燃える! 燃えろなどと妾は一言も言っておらんぞ!」

「ぬわっ! げほっ、げほっ! 煙が……煙が止まらん~!」


 何だ、この状況は。

 先ほどキスされてから気絶してしまったのか、また意識が飛んでいた。

 何やら声が聞こえると目を覚ましたら、焦げ臭いにおいとむせ返る煙が充満している。


 横たえられていたベッドから身体を起こす。

 痛みは……ない。それどころか、非常に快調だ。

 って、そんな事考えてる場合じゃなさそうだ。急いでドアを開け、声の元へ駆けつける。


「げほっ、ごほっ、お、なんじゃ目が覚めたのか。早速じゃが逃げるぞ、この家はもうおしまいじゃ……」


 しょんぼり、と言う表現がぴったりの表情で私の手を取った女性は、手を引いて外へ出て行こうとする。

 鍋の中では真っ黒になった何かがもくもくと煙を上げていた。


「まずは火を止めないと!」


 鍋の下で日を送り続ける薪に、近くの鍋をひっ掴んで樽に汲んであった水を入れ、ばしゃりとひっかける。

 もくもくと煙が立ち上がったが、その動きを何度か繰り返すと、日は段々と小さくなり、やがてその姿を消した。

 ついでに煙を立ち上げ続ける何かにも水をひっかけると、やっとのことで火の気はキッチンから消え去り。

 私はそっと窓を開けながら、後ろでもじもじする女性にそこに座りなさいと声をかけた。


「……で、病人食を作ろうとしてああなったと」

「はい……」

「料理した事が無いのに出来ると思ったと」

「だって」

「だってじゃない。危ないのは解っていたでしょう」

「妾ならイケると思った」

「何ですかその自信。二度と持つな」

「ひどい!」

「後始末投げ捨てて逃げようとした人が、何がひどいって?」

「……ごめんなさい」


 こんこんと説教を続ける私の前で、人差し指同士をくっつけたり話したりしながら女性が唇を突き出している。

 不満なのだろう、さっきからちらちらとこちらに不満そうな視線を送っている。


「……はぁ、まぁ今回は私のためにしてくれた事なので、この辺でやめておきます」

「許してくれるのか?」

「はい。ところで、ここは……あなたの家ですよね? 私、駅前で倒れたと思ったんですけど、こんな自然豊かな所、駅前にありましたっけ」


 窓の外からは、小鳥の囀る声が聞こえる。

 ざあざあと揺れる木々の葉から漏れる光が、窓のすりガラスに反射して綺麗だ。


「あぁ、おぬし覚えておらんのか。おぬしは一度死んだ……というか、魂が元の世界から離れたんじゃ。そして、世界のはざまにひっかかってここに落ちてきた……と言っても、わからんか?」

「……はい?」

「まぁ、おぬしはこの世界に生まれ変わってしまった、という事じゃな」

「……?」


 何を言っているんだか解らないが、嘘をついている様子でもない。

 それに、このキッチンの様子を見る限り、確かに私の知る文明レベルではないようだ。

 水道や蛇口は見当たらず、冷蔵庫もコンロも無い。

 薪で火をつけるタイプの調理場に、樽に汲みあげられた水。

 言われてみれば確かに、異世界と言われても違和感は……ないか?


「さて、いつまでもこうしてるのもなんじゃし……足もしびれたし、妾は掃除屋に手紙を出してこようと思うんじゃが」

「掃除屋?」

「このキッチン、元に戻さんといかんじゃろ」

「いやいや、確かにぐちゃぐちゃにはなっちゃいましたけど、このくらいなら自分で出来ますよ」

「自分で……?」


 自分で? 妾が? みたいな顔をしながら、人差し指で自らを指さし首をかしげる女性。

 やった事ないんだな、と理解した私は、漏れ出るため息を抑えきれなかった。


「いいです、私がやりますから大人しくしててください。掃除道具は?」

「そこの棚の下に色々入っとる」


 言われた棚を開くと、使った形跡の無い綺麗なモップやらタオルがみっちりと詰まっていた。


「随分綺麗ですね」

「いやぁ、それほどでも」

「ほめてないです」


 モップと桶を取り出し、床の掃除を始めながら、私は言葉をつづける。


「普段どうやって暮らしてるんですか?」

「食事は週に一度行商が持ってきてくれるし、掃除は月に一度掃除屋を呼んでるぞ」

「お金かかるでしょう」

「なくなったら増やせばよい! 今週は競ドラでだいぶ当てたからな、しばらくは酒に困らんのじゃ」

「……成人なんですか?」

「なんじゃ失礼な! 妾はもう三千歳の立派な大人じゃぞ!」

「さんぜん、さい」

「……三千三十歳……」


 いや、サバ読んでるのを疑ったわけじゃない。

 途方もない数字に立ち眩みがしただけだ。


「人間……ですか?」

「違うぞ、妾は生まれながらにして魔女じゃからなぁ」

「はぁ」

「あぁ、てっきり近くの世界から来たのかと思ったが、もしや種族の少ない世界から来たのか?」

「人型は人間しか」

「おや、それなら随分遠い所からじゃなぁ、こっちの事も少し説明しておかないと困りそうじゃな」


 薪を取り出し、鍋の中身と一緒にごみを麻袋にまとめる。

 床をこすりながら拭きあげると、すっかりと綺麗になった。

 調理場を掃除しながら、女性の話に耳を傾ける。


「ここは第八世界……と言っても解らんか、世界というのは連なっておって、その端に位置する八個目の世界の中のひとつじゃ。伝承としては色々な世界に話が流れてると思う」

「はぁ」

「そして、ここはそんな世界の中の国、ミゼリア王国じゃ。公用語はリーエンじゃけど、後で通じるようにしてやる」

「今あなたが話してるのは……」

「まれうどの言葉じゃな。異世界からの落とし物は、だいたいこの言葉を喋ると聞いて、昔に覚えたんじゃ。まさか使う日がくるとはおもわなんだ」

「他にも私みたいな人がいるって事ですか?」

「まあ、各国千年に一人くらいは。まだ生きておるのもおるはずじゃが、ミゼリアにはおらんなぁ」

「そうですか……帰れた人とかは?」

「無理じゃなぁ、一度死なんと世界からは離れられん」

「……そう、ですか」

「そう落ち込むな、ミゼリアも中々いい所じゃぞ。酒は旨いし他国との貿易も盛んで食事にも事欠かん、人は明るく祭りごとも多い」

「なるほど」

「うちは山奥じゃからアクセスは悪いが、近くの町に行けば競ドラ場もあるしな!」

「競ドラ?」

「レースじゃ、レース。ドラ券買って賭けてがっぽがっぽじゃ」

「勝てるんですか?」

「……今週は勝ったぞ!」


 今週は、とかつくやつは大体全体を見ると負けているっておばあちゃんが昔言ってた。

 掃除を終え、タオルを洗って干す。

 綺麗になったキッチンを眺め、私はうんうんと頷いた。


 ぐぅ、と後ろから音が聞こえ振り返る。


「くぅ~、腹が減ったのう。行商は明日じゃし、今日の分は燃やしてしもうたし、街に食べに行くか? いやでも、面倒じゃなあ」

「他に食材はないんですか? 作りますよ」

「ないぞ、あっても腐らせるだけじゃしな!」

「……」


 堂々と言い放つその姿に呆れてしまう。

 もしかしなくても生活能力皆無だな、この人。


「街に買いに行ってきましょうか」

「えぇ~、それなら妾も行く……来週のドラ券も買いたいし。準備してくるから待っててくれ」

「はい」

「あ、服がいるな? 随分汚れてしまったしな、妾のせいじゃが。持ってくるから部屋にいてくれ」

「ありがとうございます……えっと、名前は」

「カイネじゃ! おぬしは?」

「玲奈です」

「レイナ……いい名前じゃな! それじゃあレイナ、すぐ戻ってくるからの!」


 ひゅん!と音がして女性が目の前から消える。甘い煙の残り香が、ふわりと漂った。

 あ、これ本当に異世界なやつだ、と今の一瞬で理解して、私はこめかみを抑えた。

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