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公安四課  作者: やん
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FILE.8 狂気の瘴気論

「私達は捜査に出ないんですか? 」

照明を落とした部屋の中、煌々(こうこう)と光るホロモニターが陽菜(ひな)愛華(あいか)を照らす。


「うーん…そうだね。私達の現場はココだからね」

画面を直視し、ホロキーボードの指を止めない陽菜は、愛華の質問にも(うわ)の空で答えた。


それから2,3分後、指が止まると、「よし! 」と(つぶや)いた陽菜は、中指でEnterキーを叩いた。直後、ホロモニターにはロードバーが表示される。ロード率3.4%。


陽菜は愛華の方を向き、質問に対して理由を話し始めた。


七瀬佑樹(ななせゆうき)は、テロ思想の持ち主じゃ無かった。承認欲求(しょうにんよっきゅう)自己実現欲求じこじつげんよっきゅうの暴走が、結果的にテロとなっただけで、七瀬(ななせ)本人は、自身の欲望がテロの根源だとは気付いていなかったでしょうね。犯行中も犯罪の意識はあっても、テロの意識までは無かった。七瀬(ななせ)は臆病者よ。誰かの後押しが無ければ一歩すら踏めない。そんな人間が、無意識にテロを起こすとは思えないわ。

そこで浮上するのが黒幕の存在よ。本人ですら自覚の無い本性を見出(みいだ)し、犯罪意欲を掻き立て、コーディネートした犯罪を実行させる存在。

その黒幕は、メッセージ事件と外国人テログループの密入国にも関与している可能性が高い。もしかしたら、これまで検挙した事件にも関わって可能性もある。そうなると、黒幕の存在がチラ付く以上、その要素を無視して捜査するのは危険よ。だから、その手掛かりを見つけるのが私達2人の捜査ってわけ」

陽菜は、再びホロモニターへと身体(からだ)を向けると、ホロキーボードに指を置いた。ロード率は99.7%を示している。0.1%のカウントを目で追いながら、まるでクラウチングスタートのように、決まったキーに指を置く。

そして、ロード率が100%になった途端、短距離選手のスタートダッシュのように物凄い勢いでキーを叩き始めた。空間に何枚ものホロモニターが立ち上がり、凄まじい勢いで有益なものと無益をものを振り分ける、陽菜。


ロード前の動きとはまるで異なる指捌(ゆびさば)きに、愛華は目を()く。


「すごい…」

語彙力を封殺するレベルの技術を見せられ、言葉が出ない、愛華。次から次へプログラムのような文字列が流れ、陽菜が何をしているのか最早(もはや)分からない。


静かな空間でタップ(おん)が響き渡る現場は、陽菜にとってまさに戦場(せんじょう)なのだろう。その圧倒的な光景を前に、愛華はただ立っているしかできなかった。


それも(つか)()突如(とつじょ)、画面奥からスパイラルを描くように飛んで来た"何か"に目を奪われた、愛華。


「ひーなちゃーん! 該当(がいとう)6件ヒットだよ! 街中(まちじゅう)の防犯ドローンと識別スキャナーから足取りを追うよ〜ん★」

ミツバチのようなAIキャラクターの登場に、「しゃ、喋った!? 」と狼狽(うろた)えた、愛華。陽菜は、苦笑(くしょう)しながらキャラクターの紹介をした。


「この子は私のお手伝いAIで、ハニー*¹っていうの。もう1人の第四課(ウチ)のメンバーよ。第四課(ウチ)で使ってるミツバチ型ドローンはこの子が動かしているわ」

モニターに映るハニーは、腰に手を当てて「えっへん」とふんぞり返った。


「今、ハニーが七瀬(ななせ)の行動ログを始め、自宅投函物(じたくとうかんぶつ)、周辺地域のモニター映像、周囲人物に至る情報を1年前まで(さかのぼ)って調べてくれてるわ。もうそろそろ結果が出るはずよ」

キーボードの手を止めた陽菜は、マグカップを取るとカフェオレを口に含んだ。

1年間という膨大な情報量をサラッと(はっ)した陽菜に、愛華は再び目を()く。

「1年前からですか!? 七瀬(ななせ)の行動だけでもかなりの情報量なのに、その周囲に至るまでの膨大な情報量も処理できるなんて…」

度肝を抜かれる状況の連続に、愛華は何が普通なのかさえ分からなくなっていた。そんな期待通りの反応に、陽菜は嬉しそうにドヤ顔をして見せた。


「これが第四課での私の仕事なんだ。私は、梓のような統率力がある訳でもないし、空のように犯罪心理に精通している訳でもない。遼子と深月みたいに戦闘力も高くないんよ。だけど、これだけは誰にも負けない。これが私の専門だからね!

第四課(ウチ)ってさ。ただ幼馴染(おさななじみ)って訳じゃなくて、一人一人の特技や才能を活かして、お互いに補い合う(チーム)なの。だから、凄惨(せいさん)な事件を前にしても笑顔でいられるし、(ゆが)んだ精神を持つ犯罪者を相手でも(つよ)くいられる。

私は第四課のみんなが大好き。皆といると、私らしくいられるんだ」

心の底からの想いである事は、目の輝きで一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。陽菜だけではなく、他の4人もそうなのだろう。お互いを想い合い、理解しているからこそのチームワーク。愛華は少し(うらや)ましく思えた。


「全サーチ完了★」

画面いっぱいに飛び回っていたハニーが、蜂蜜が入っていそうな壺を持って戻って来た。そして、壺の蓋を開くと、次々と関連画面が空間に出される。


「ハニーご苦労様! どれどれ〜」

無数の情報に1つずつ目を通す、陽菜。見落とさないよう、プログラム上で有益か無益かを振り分け、プログラムファイリングしている訳だが、まるでフラッシュ演算のように代わる()わる表示される情報を目視で確認しているのだから凄い。


隣で立つ愛華は、目紛(めまぐ)るしく変わる画面に目を回していた。その時、突然ホロキーボードを打つ陽菜の指が止まった。


「陽菜さん、どうしたんですか? 」

異変に気付いた愛華が(のぞ)き込むと、目を()いた陽菜が、ある映像に釘付けになっていた。


そして、両手を付いて立ち上がった、陽菜。

「愛華ちゃん、今すぐに皆と回線を繋げて! 皆が危ない! 」


普段の優しい雰囲気からは想像もつかない怖い顔で、いつにも無く焦る陽菜を見て、ただ事で無い事態を察した愛華は、全員宛に慌てて信号を送った。


しかし、応答が無い。それどころか、通信途絶の表示と共に、ワンコールで通信音が切れてしまう。


「え? 通信エラー? 」

何度やっても結果は同じだった。その異様さに、良からぬ心配事が頭を(よぎ)り、焦る。


「陽菜さん…駄目です。いつの間にか皆さんの位置情報(いちじょうほう)がロストしていて繋がりません。こんな事って…」


陽菜は、頭の中で置かれている現在の状況を整理し、七瀬(ななせ)の情報得るためにアクセスした先を思い出した。そして、1つの可能性に辿り着きハッとした。


「パンドラ型ウィルス*²? まさか、私が地域の防犯ドローンの記録映像を閲覧(えつらん)する事を事前に予測(よそく)して、厚生省のデータ履歴(りれき)にウィルスを仕込んだっていうの? 」

陽菜が驚くのも無理はない。中央省庁ちゅうおうしょうちょうのデータバンクは、国内外(くにないがい)のハッカーに(そな)え、独自のセキュリティと暗号化により守られている。そのセキュリティーレベルはクラスSS(ダブルエス)相当。熟練の特A(ウィザード)級ハッカーですら網を(やぶ)って侵入する事は難しい。ましてや、ウィルスを仕掛けるなど至難(しなん)(わざ)だ。その上、仕掛けられている事さえ気付かせない技術ともなると、現存(げんぞん)するハッキング・クラッキング技術の(いき)を超え、量子コンピュータの世界になる。


陽菜は裾を()くると、キーボードに指を置いた。直後、踊るように動く指と連動するかのように、次々とワクチンプログラムを作動させた。陽菜とハニーの反撃で、システムの4割をあっという間取り返し、全回復するのも秒読みだと思われた。


しかし、反撃の手を止めた陽菜は、「しまった。やられた…」と(くちびる)()んだ。

順調に思えた反転攻勢は、特A(ウィザード)級ハッカーも見間違える程良くできたダミーシステムだったのだ。システムを取り返せていないだけでなく、ダミー領域に足を踏み入れた陽菜のプログラムにまで侵食が始まる。

侵食率は38%。陽菜はハニーの名前を呼ぶと、侵食を受けたプログラムを切り捨て、即興で作り上げた攻性防壁(こうせいぼうへき)を作動させた。

それに加え、今まで以上のタイピングでプログラムを組み上げると、まるで癌細胞が正規細胞へと癒着(ゆちゃく)するように、ダミーシステムが本来のシステムへと食い込んだ境界線を切り分け、次々とシステムの主導権を取り返していく。


本気になった陽菜に呼応するように、サイバー空間ではハニーを筆頭に数万、いや数億から数兆ものミツバチAI達が(ぐん)で一斉強襲を掛けた。絨毯爆撃(じゅうたんばくげき)を受けたダミーシステムは、元のプログラム構成が(たも)てない程のダメージを受け、ついには破壊されてしまった。


モニターの向こう側にいる敵も(さら)なる攻撃で、戦場と化したサイバー空間で、瓦礫(がれき)すら残らない程の攻防戦(こうぼうせん)を繰り広げる両者。

サイバー空間そのものが破壊されると(うわさ)される、特A(ウィザード)級ハッカー同士の戦争を目の当たりにした愛華は、呼吸をも忘れて行く末を見守った。


陽菜が打ち込んだプログラム言語の羅列によって、モニターが埋め尽くされ、最早(もはや)、モニターに表示していた七瀬(ななせ)に関連する情報は、鳴りを潜めていた。

手を止めた方が負けとなるサイバー戦争で、陽菜は突然手を止めた。


「愛華ちゃん! みんなの所に行くわよ」

サイバー戦争において手を止められない状況であったはずの陽菜は、突然部屋を飛び出した。

陽菜が負けた…。その結果だけが頭に浮かび、消沈した愛華は、恐る恐るモニターへと目を向けた。すると、ずぶの素人(しろうと)でも分かる形で、陽菜はサイバー戦争を(せい)していた。


完全勝利。

ホロモニターには、ダミーシステム駆逐率100%、システム奪還率120%と表示されていた。



公安庁本庁地下駐車場 警務車内。


第四課の警務車(けいむしゃ)には、簡易的(かんいてき)ではあるが分析室(ぶんせきしつ)と同じ設備が整っている。専用の回転椅子に座った陽菜は、「さーて、やりますか! 」とホロキーボードに指を置いた。


七瀬(ななせ)宅のポストに投函(とうかん)された手紙、総務省の郵政履歴(ゆうせいりれき)から、新中央区341市街地・第165番メールボックスに投函(とうかん)されたことが分かったわ。それだけなら何の問題も無いんだけど、重要なのは投函者なの。投函(とうかん)された時間は、メールボックスの記録から16時23分43秒。その時間、メールボックスを(うつ)した防犯ドローンには、投函者の姿がしっかり撮影されていたのだけれど…」

陽菜は戸惑うように口篭(くちごも)ると、映像をホロモニターに映した。その映像を観た愛華は、目を()いた。


頭から足首まで(まと)ったマントに身を包み、顔は(カラス)(くちばし)()したような仮面を付けた人物。出立(いでた)ちは、およそ400年前に流行した黒死病を専門とした医師のような風貌(ふうぼう)だった。


如何(いか)にもですね。これだけ怪しければ、識別スキャナーに引っ掛かるんじゃ…」

愛華の疑問に、すかさず陽菜が答える。

「それが、引っ掛かるどころか識別スキャナーには一切感知されてないの。防犯ドローンには映っていて、確かに"そこ"にいるのに、まるで"実在すらしていない"かのように…。

ネット上にもこの人物の目撃情報は上がっているわ。その格好から"ペスト医師"と呼ばれて、都市伝説化してるみたい」


「ペスト医師? 」

聞き慣れない言葉を(たず)ねた、愛華。


「うん。愛華ちゃんは黒死病って知ってる? 」

陽菜の質問に、無け無しの知識しかない愛華は、デバイスで"黒死病"というワードを検索し始めた。


「えーっと…今から400年程前に流行した感染症で…」

検索に上がった情報を読む、愛華。その様子にフフフっと微笑んだ陽菜は、ホロモニターに黒死病とペスト医師の写真を出した。


「黒死病っていうのは腺ペストの俗称でね。症状が進むと敗血症による出血斑で皮膚が黒ずむ事からこの俗称で呼ばれているわ。ペスト菌に感染する事で発症して、治療しなければ発病から3日程度で死に至る感染症の事なの。

そんな恐ろしい病が大流行したのが17世紀から18世紀。ペストで世界の4分の1が死んだとされているわ。

そんな脅威に従事したのが、ペスト医師と呼ばれた専属医よ。当時は医学知識も乏しかった事から、悪性の空気から身を守るため、マントに身を包み、大量の香辛料を詰めた(くちばし)状のマスクを被っていたそうよ」

陽菜がモニターに出したペスト医師の絵は、どれも防犯ドローンに映った人物の姿と一致していた。


「今回、400年振りに現れたペスト医師は、爆弾魔となる七瀬(ななせ)へ手紙を出した…。出来過ぎていますね」

防犯ドローンに映った人物が、ペスト医師の姿をしている事に意味があるのか分からないが、不気味な体裁に言い知れぬ不安を覚え、腕を擦った愛華。


「えぇ。他にも、"ペスト医師"姿の不審人物(ふしんじんぶつ)は、天元会(てんげんかい)の事務所周辺、大臣秘書・樫木怜央(かしきれお)の自宅、脱柵(だっさく)した元自衛官・小川裕司(おがわゆうじ)の自宅周辺にも姿を現しているわ。

しかも、それだけじゃない。愛華ちゃんが配属早々に初めて入った安田孝一(やすだこういち)の事件、覚えているよね? 実は、このペスト医師姿の人物と安田孝一(やすだこういち)は接触していたの」

陽菜が出した防犯ドローンの映像には、ペスト医師と安田孝一(やすだこういち)が会話しているとも見れる様子がしっかりと残されていた。


「それじゃあ、これまでの事件は全て、そのペスト医師によって創り上げられていたって事ですか? 」

愛華は(おび)えたような眼差(まなざ)しを陽菜に向けた。


「そうとも限らないわ。こっちの画像見て。映像はクラッキングを受けて破壊されていたから、完全復元できなかったんだけど、破損データを組み直した予測復元(よそくふくげん)で静止画だけなら抽出(ちゅうしゅつ)できたの。

すると、ペスト医師以外に2人、白いコートを着た男とスーツ姿の怪しい人物がいたの。ピンボケてるけど、白いコートを着た男が、ペスト医師とスーツの男に何かの指示を出しているようにも見えるわ。これまでの事件、この男が全ての根底として何らかの関わりがあることは間違いないと思うの」

陽菜による鮮明化処理のおかげで、ある程度見れる程の画像にはなったが、やはりピンボケ感は否めず、顔の特定に至る程の成果は挙げられなかった。それでも、クラッキングによって完全に破壊されたデータは、宇宙に散りばった星のように小さく、本来は静止画像として抽出するのも不可能に近い、それを難なくやってみせる陽菜の技量は、クラッキング破壊した"敵"も想定外だったに違いない。


「でも、待ってください。この男が犯罪者予備軍(はんざいしゃよびぐん)にきっかけを与えているとして、この画像からどうして皆さんに危険が及ぶってことになるんですか? 」

愛華の質問に、陽菜は神妙な面持ちで口を開いた。


「撮られた日付が今日なの。しかも…」

陽菜が展開した新たなホロ映像を見て、愛華は言葉を失った。映し出されていたのは、梓と深月の後ろを尾行(つけ)る、ペスト医師だった。



港区896- 芝浦埠頭廃工場。


「何なの。あいつ」

息を荒げて走る、深月(みづき)。いつにもなく切羽詰(せっぱつ)まっていた。


かつて重工業製品を製造していた工場だっただけに、かなりの広さを持つ敷地ではあるが、至る所に設置された生産用のドローンやマシンを始め、コンテナ類によって、迷路のような空間が形成されていた。死角は無数に存在し、気を抜けば何処(どこ)からとも無く狙撃されてしまう状況下。感覚と経験を頼りに、(あずさ)と深月は逃げ回っていた。


"敵"は、GPSで2人の位置を把握しているかのように、正確に銃弾を放ってくる。逃げながらも被弾を回避し、迷路を突き進む様は、まるで狩猟から逃げる野生動物そのものだ。散弾を紙一重で(かわ)す事ができているのは、走り続けていられる体力と死角を利用した俊敏な動き、そして判断能力あってこそだろう。


「全く分からないわね。ただ、殺しに来ているという事だけは確かね。二連散弾銃(にれんさんだんじゅう)。この時代になかなかの代物(シロモノ)をぶっ(ぱな)してくるじゃない」

実弾、それも殺傷性(さっしょうせい)の高い散弾銃(さんだんじゅう)を相手に命のやり取りをしなくてはいけない状況で、流石の(あずさ)も神経を(とが)らせていた。



2時間前───。


「入国口はここで間違いないようね」

梓は、海へとデバイスを向けると、防犯ドローンの映像と見比べた。


天元会(てんげんかい)の事務所を(あと)にした2人は、外国人テログループの入国経路を特定すべく、芝浦埠頭(しばうらふとう)に来ていた。輸送コンテナの玄関口である芝浦埠頭(しばうらふとう)は基本、人の往来は無い。それ(ゆえ)に、人の目という意味では監視体制が甘いと言えるが、密輸入規制という観点から防犯ドローンや識別スキャナーの設置は、むしろ人が往来する居住区より多い。何か異変があれば外務省出入国管理局が出動し、場合によっては公安庁の出動も有り得る場所だ。(したが)って、この場所から密入国する事など事実上は不可能とされていた。しかし、(げん)にコンテナに紛れた外国人テログループは、この埠頭(ふとう)から入国を果たしている。その手引きをしたとされるのが天元会(てんげんかい)なのだが、天元会(てんげんかい)が全てに手を回したとは思えない梓は、納得のいかない表情で海を見つめた。


その瞬間、突如として身に衝撃を感じた、梓。気が付けば、深月が梓の頭を庇いながら飛び付いていた。身体(からだ)は宙に浮き、地面に打ち付けられるまでの刹那(せつな)、梓は状況を把握しようと辺りを見渡した。

先程まで立っていたアスファルトは、まるで蜂の巣のように陥没していた。数秒でも遅ければ、穴ボコになっていたのは自分だったと思うだけでゾッとする。そして、その弾痕から視線を上げると、散弾銃を構えた"ソレ"は立っていた。


身体(からだ)が地面に付くと同時に、梓、深月ともに受け身を取り、"ソレ"にエンフォーサーを向けた。


「え? どういう事? 」

エンフォーサーが認識すらしない相手に、動揺を隠せない、深月。しかし、動揺も束の間、"ソレ"は次弾を装填し2人に向けた。


エンフォーサーが反応しない以上、応戦する術が無い。深月であれば近接戦闘という手もあるだろうが、散弾銃を持つ相手に近付くのは至難だ。もっと言えば、"敵"の情報が極端に少ない中、"敵"が1人とも限らない。

梓は、深月の手を引き、コンテナの迷路へと身を隠すようにその場を離脱した。



───現時刻。


コンテナの陰に身を隠す、梓と深月。深月は陰から慎重(しんちょう)に顔を出すと、"敵"の姿を確認した。しかし、追手(おって)の姿は無く、気配も感じない。一旦は()いたようで、溜息混じりの息を()いた。


「さっきは助かったわ。深月」

深月の超直感(ちょうちょっかん)と機転が無ければ、散弾が左腕を掠めた程度の傷では済まなかっただろう。安堵から溜息を漏らした


「いいよ。そのくらいの怪我で良かった。傷跡(きずあと)も残らなそうだし。それにしても、ココに追い込まれたって感じだね」

深月は辺りを見渡したが、ペスト医師の姿は無かった。


「そうね。"アレ"がここでの狩りを熟知しているのなら、このままじゃ危険ね。(ただ)でさえ、最初に不意討ちしてきた時、殺気以前に気配を完全に()っていた。きっとそういう訓練を受けてきたんだと思う。それに、次弾を装填する所作に全く無駄も無かった。相当、散弾銃を扱い慣れているわ。

とりあえず、ここを(だっ)しましょう。誘い込まれた時点で"ペスト医師(アレ)"の術中(じゅっちゅう)だけど、獲物にも牙があることを教えてやらなきゃね」

左腕の痛みが脈打ち、(ひたい)から冷汗が(したた)る中、梓は起死回生のプランを練っていた。

この危機を打開するには、機動力、直感力、運動能力、順応性、運の全てを兼ね備えた深月を中核に添えた作戦を練らなくてはならない。

ただ、2人に土地勘が無い事が不安材料として残っていた。しかもどういう訳か、マップ情報が破損しており、正確な位置情報を取得できないでいる。

一方、ペスト医師は、土地勘はもとより、こちらの位置を正確に把握する(すべ)があると見るべきだろう。まさに、罠に誘い込まれたネズミ状態で、事態は最悪だった。


物音(ものおと)一つ無い、静まり返った空気感は真空のように息苦しく思えるものだった。ピークに達した緊張感が、ひと粒の汗となり梓の頬を(つた)って落ちる…。その時、アスファルトに落ちた汗に、狂気(きょうき)(まと)った影が伸びる。


「ミツケタ…」

(おぞ)ましい声が2人の頭上(ずじょう)で囁いた。そして、"死"の鐘は鳴り響く。




*¹ ハニー:自立型人工知能。陽菜が開発し、ミツバチのキャラクターを模している。プログラミング、ハッキング・クラッキング、データ介入を始め、サイバー上で可能な全てに精通しており、陽菜の危機など状況に応じては、スタンドアローンモードで命令なしに動く。接しやすい子ども向けキャラクターの口調や振る舞いをする。


*² パンドラ型ウィルス:コンピューターウィルス。サイバー上に仕掛られた場所にアクセスすることで感染。破壊、情報流出、伝染、拡散を行う。扱いが難しく、破壊規模が大きいため、サイバー核兵器と言われている。



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