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公安四課  作者: やん
7/52

FILE.6 善悪の彼岸

「おはようございます」

第四課のオフィスへと入室する、愛華(あいか)。メンバーと打ち解けて以降、入室に戸惑いを見せていた以前とは違い、まるで家に帰ってきたかのように足取りは軽やかだった。


ソファーでは、陽菜(ひな)深月(みづき)各々(おのおの)(くつろ)いでいた。


「おっはよー愛華! 今日ちょっと早いじゃん」

深月は、スーツこそ着ているが、だらしの無い格好で、ソファーに寝転がりながらチョコレートを食べていた。


怠惰(だらし)なくて引くだろ、愛華」

溜息(ためいき)混じりの(あき)れ顔で、愛華の賛同(さんどう)を求めた、遼子。


「あっ、えーっと…」

言葉に詰まった愛華は、思わず目線を()して誤魔化(ごまか)した。第四課に配属されて3週間。いくらチームの雰囲気に慣れたとはいっても、先輩に"だらしない"とは言い辛い。

しかし、まるで心の声を聞いたかのように反応した深月は、「こんにゃろ〜」と愛華に(おそ)い掛かった。

「今、絶対だらしないって思ったでしょー!!! 誤魔化しても無駄だかんね」


恐るべし超直感。だが、その特技もこんな事に活かされてしまうのだ。宝の持ち腐れだ。そんな事を思ってしまったがばかりに、それすらも勘付かれてしまう。


「あはははは、深月さん…。やめてくだ…あはは。く、くすぐったいです…」

愛華の声は次第に色香(いろか)を増し、それに釣られた深月は、興奮した表情で行為をエスカレートした。

深月の際どい行いを横で見ていた遼子は、まるでレズ作品を観た直後のように、(ほお)を赤らめていた。そして、とうとう見るに()え兼ねた遼子は、机の上にあった資料を丸めて、深月の頭を強めに叩いた。

「いい加減にしろ! 」


()ったいな〜。もう! 大切な後輩とのスキンシップじゃん」

ブーブーと不満を口にした深月に対して、遼子は反論した。

「深月のはスキンシップじゃなくて、ただの強姦(ごうかん)だ」

深月の行為を"強姦(ごうかん)"と断じた事で、変に意識し始めた遼子は、恥ずかしそうに目を背けた。その様子に、何か言いたげなニヤケ(づら)を見せる、深月。全く、仲が良いのか悪いのか。喧嘩(けんか)になりそうな雰囲気(ふんいき)察知(さっち)した愛華は、雁字搦(がんじがら)めの状態から何とか両腕を抜くと、手を(たた)き話題をすり替える。

「そういえば、他の皆さんはまだ来てないんですか? 」


「みんなは取り調べ中よ」

愛華が話題を変えた事で、落着きを取り戻した遼子は、コーヒーを(すす)った。


(あずさ)(そら)は、昨日の外国人密入国者と天元会(てんげんかい)の会長をそれぞれ聴取、陽菜(ひな)は爆弾魔を聴取して…。あっ、てか、爆弾魔は、愛華と一緒に逮捕した、七瀬佑樹(ななせゆうき)の事だよ!」

(たこ)のように絡み付きで、雁字搦(がんじがら)めにしていた愛華を開放すると、ソファーの上に胡座(あぐら)をかいて座る、深月。


「えっ…。七瀬(ななせ)の取り調べですか?」

愛華は、意外そうな表情を見せた。何故(なぜ)なら、結果的に逮捕こそしたが、あくまで第四課は応援。取調べは担当課である第二課が行い、それは既に終わっていた。

七瀬佑樹(ななせゆうき)の動機は、"芸術は破壊の末にある形"を追求し、世の中に認めさせたいという七瀬(ななせ)の欲望だった。連続爆破事件として完結し、他の事件との関連は無いに等しい事件。

だからこそ、承認欲求(しょうにんよっきゅう)自己実現欲求じこじつげんよっきゅうによる犯罪として事件は解決していたし、今さら取り調べる必要など無いはずだった。


「どうして今さら…」

愛華は、ボソっと(つぶや)いた。


「昨日逮捕(たいほ)した、外国人密入国者のリーダー・カビール・サマリンの(むな)ポケットから落ちたタロットカードがキッカケなんだ。愛華、拾ったでしょ? 」

遼子の質問に、タロットカードの存在を思い出した、愛華。


「はい…。種類は確か、La() Justice(ジャスティス)。正義のアルカナでしたが、何の変哲(へんてつ)も無いただのタロットカードでしたよ? 」

愛華は答えた。


「実は、七瀬(ななせ)も持ってたんだよ。タロットカードをね。La() Luxure(リュグズュール)…欲望のカード」

遼子は、カビール・サマリンと七瀬(ななせ)から押収したタロットカードの写真をガラス机の上にホロ展開した。


「両者に繋がりなんて無かったはず…」


「それだけじゃないわ。元外務大臣・窪田俊光(くぼたとしみつ)(まつわ)一連(いちれん)の事件。覚えてるよね? 結局、黒幕として暗躍していた窪田(くぼた)は秘書に射殺され、秘書もその場で自殺したから、被疑者死亡として事件の(かた)は付いたんだけど、その秘書も持っていたのよ。Le() Pendu(パンデュ)…。つまり吊人(つるしびと)のカードをね」

遼子はさらにホロ情報を出した。それを見た愛華は、思わず「そんな…」と目を()いた。


「秘書をしていた男の素性も驚くべきものよ。樫木怜央(かしきれお)。28歳。法学部を卒業した(のち)外務省官僚がいむしょうかんりょうとして3年間の経験を積み、2年前に窪田(くぼた)の秘書となった。でも、胡散臭(うさんくさ)いのは、その出来過ぎた経歴だった。彼の情報は、何故(なぜ)か抹消と改竄(かいざん)痕跡(こんせき)があった。それも素人じゃ分からないように偽装してまでね。

その違和感に気付いた空が、陽菜に情報を調べさせた。そうすると、一連の顛末(てんまつ)根底(こんてい)から揺るがされ兼ねない事態になった…」

遼子がホロキーボードのEnterキーを中指でダブルタップすると、樫木怜央(かしきれお)に関する隠されていた真実がその姿を現した。それを見た愛華は、目を()いた。

「こ、これって本当なんですか? 」


「えぇ。残念ながら事実よ。窪田俊光(くぼたとしみつ)が暗躍するキッカケともなった、相模湾死体遺棄事件の被害者・長門佳澄(ながとかすみ)さんと樫木怜央(かしきれお)…いえ、本名・長門怜央(ながとれお)は血縁上の兄妹だったのよ。母親違いではあるけどね」

両者のDNA検査の結果をホロ展開した、遼子。兄妹の確率は98.584%と記載されていた。


「それじゃあ、樫木(かしき)にとって、仕えた窪田(くぼた)は憎むべき(かたき)だったという事ですか? 」

声を震わせて(たず)ねる愛華に、遼子は目を閉じて(うなず)いた。


樫木怜央(かしきれお)が3歳の時、母親の不倫が原因で両親は離婚。樫木(かしき)は父親に引き取られた。その後、父親が再婚した女性との間にできた子どもが長門佳澄(ながとかすみ)さんよ。樫木(かしき)にとっては異母兄妹。だけど、そんな事など些細なくらい、長門佳澄(ながとかすみ)さんの事を可愛がっていたそうよ。後妻(ごさい)との関係も良好で、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な人生を送るはずだった…。あの事件が起きるまでは…」

遼子が説明したここまでの情報は、樫木(かしき)にとって、幸せの一頁(いちぺーじ)だったに違いない。そんな幸せな思い出すら抹消しなくてはならない程、狂気に身を()としたのは、何故(なぜ)なのか。答えは復元された情報に記されていた。


「最愛の妹の死。それも強姦の末に殺害されるっていう最悪の結末でね。当時を知る人の証言だけど、妹を失った樫木(かしき)は、目も当てられない程に憔悴(しょうすい)していたみたいよ。

だけど、失意の樫木(かしき)は更なるどん底に()とされる事になる。

捜査打ち切りに納得しなかった樫木(かしき)は、独自に事件を調べ直し、生みの母親へと辿り着いた…。いや、辿り着いて"しまった"と言うべきかもしれないね。だって、妹を殺した犯人が、生き別れた弟だったのだから…」

遼子は、息の詰まる現実に溜息を漏らした。そして、少し()()けて、真実を語り出す。


樫木怜央(かしきれお)の両親が離婚した原因は、さっきも言った通り母親の不倫よ。そして、その不倫相手というのが、窪田俊光(くぼたとしみつ)。それを父親が知って離婚に至った訳だけど、離婚間際、母親は窪田(くぼた)の子どもを身籠(みごも)っていたの。その子どもこそ、長門佳澄(ながとかすみ)を殺害した張本人。岩井健太(いわいけんた)だった」


「それって……」

愛華は言葉が詰まり、これ以上声が出なかった。


「運命の悪戯(イタズラ)にしては酷いわよね。樫木怜央(かしきれお)を接点にした時、長門佳澄(ながとかすみ)さんと岩井健太(いわいけんた)は、間接兄妹(かんせつきょうだい)という位置付けになるのよ。

()しくも、妹の死がきっかけで事実を知る事になった。妹を失い憔悴(しょうすい)した樫木(かしき)の心は、その事実を知った事で完全に壊れてしまった…。悲しみは憎しみに、喪失感は復讐(ふくしゅう)へと姿を変えた。

だから樫木(かしき)は、長門佳澄(ながとかすみ)さんに関わる全ての人間を殺害するという復讐鬼(ふくしゅうき)として、自身の経歴を捨て、"殺す為"に秘書官という仮面を着け続けた…」

変えようのない悲劇に、遼子は溜息を()いた。

樫木(かしき)を取り巻く関係は、全てのボタンを掛け違えたかのようにめちゃくちゃで、取返しの付かない状況だった。まるで用意された復讐(ふくしゅう)という道を歩むかのように。


5人の殺害は悪だ。どんな理由であれ許されざる行為だ。しかし、大きな権力や運命の前に、力を持たない一般人は泣き寝入りすればいいのだろうか? 復讐(ふくしゅう)という手段しか用意されなかった彼の人生を思うだけで、愛華は胸が締め付けられるような苦しさを覚えた。


「ねぇ。話を戻すんだけど、樫木(かしき)って何でタロットカードを持ってたんだろう? 」

重い空気を払うかのように、根本的な疑問を投げ掛けた、深月。

そもそも、何の共通点も無い、全く別の3事件の犯人が、偶然にもタロットカードを持っているなんて事は有り得ない。そこには必ず何かの意味が存在しているはずだ。


「3つの事件…。タロットカードで繋がっているという事でしょうか? 」

全く(もっ)て、意味を見いだせない愛華は、眉間にシワを寄せた。


「いや、直接の繋がりは無いと思う。犯行の内容は当然、動機からして全く別だし。それに犯人達に面識があった訳じゃない。でも、タロットカードの存在は偶然じゃない。何かあるはずなのよ」

立ち上がった遼子は、推理探偵(すいりたんてい)のようにその場をウロウロし始めた。


タロットカードの背後に大きな存在がいるのは感じるのだが、その存在を目を凝らして見れば見るほど(かすみ)がかって見えなくなる。

考え込んだ3人が答えに詰まり、沈黙していたその時、2階フロアーの3扉が同時に開いた。


出てきた梓と空は、それぞれ難し()面持(おもも)ちで、眉間にシワを寄せていた。一方、陽菜は、収穫があったのだろう。満面の笑みで階段を降りてきた。


苛付(いらつ)きを隠せない梓は、ドサッと勢い良くソファーに座ると、天井を仰ぎ見て項垂(うなだ)れた。

「こっちは全然ダメだわ。あの(たぬき)オヤジ、(だんま)りも良いところよ。無表情で何考えてるのか全然分かんないし。タロットカードを見せても(まゆ)1つ動かさないんだもん。あ~もう! 腹立つ!!」

天元会(てんげんかい)会長・片岡祐治(かたおかゆうじ)は、梓の質問に一切答える事なく、2時間口を(とざ)した。


「もしかすると、天元会(てんげんかい)は、密入国テログループと薬物売買をしていただけなんじゃないでしょうか? 実際、片岡祐治(かたおかゆうじ)はタロットカードを所持していませんでしたし…」

3事件で唯一、天元会(てんげんかい)の存在だけが違和感に感じていた、愛華。タロットカードを所持していないという事も()ることながら、他の犯人達とは違い、事件の延長線上に偶然居合わせたかのような違和感。それが事実であれば、巻き込まれ事故でトップと幹部を失った天元会(てんげんかい)は、気の毒だ。


「そうね。それなら、五課に引き継いじゃおっかな。薬物売買なら第四課(うち)じゃなくても良いんだし」

無駄骨を折ったと落胆の表情で溜息を()いた、梓。


「こっちもテロに関する収穫は無しだったよ。テロの目的、計画内容、入国経路、誰かの手引きがあったのか無かったのか…。全部聞いたけど、口を割らないね。彼らの戦闘力を見ても、傭兵(ようへい)として訓練を受けていると思うし、拷問されたとしてもこれ以上、テロ計画については話さないだろうね。

でも、テログループのリーダー・カビール・サマリンは、テロ計画の事を"ジハード"、つまり"聖戦"だと言ってた。わざわざ半鎖国の国に立ち入ってまで実行しようとした計画だ。それなりに信念はあるんだと思うよ。

で、収穫の方なんだけど、やっぱりタロットカードに反応を示したんだ。七瀬(ななせ)樫木(かしき)が持っていたタロットカードを見せた時、一瞬(まゆ)が動いた。だから───」



1時間前。回想───。

第四課オフィス 第4取り調べ室。


10畳程の部屋は、中央に机と回転椅子しか無い殺風景な空間。両手を組んで座る空は、対面するカビール・サマリンをじっと見ていた。対面するとはいっても、カビール・サマリンはその場にはおらず、拘置施設(こうちしせつ)収容(しゅうよう)されている。つまり、目の前に座るカビール・サマリンは実体では無く、ホログラム投影された虚像なのだ。


「この2枚のタロットカードは、先ほど見せた2人が所持(しょじ)していた物です。そして、あなたもこのカードを持っていた。全く別の事件を起こした面識の無いあなた方3人が、偶然カードを持っていたなんて事は無いと思ってるんです。

あなたにタロットカードを授けた何者かがいるんじゃないですか? その人物は、あなたが起こそうとした"聖戦"に間接的に関わっている…。違いますか? 」

押収したタロットカードに僅かな反応を示した、カビール・サマリン。それを隠すように再び(うつむ)いたが、その一瞬を空は見逃さなかった。


「共通の目的」

「階級」

「シンボル」

「ルール」

「予告」

「指標」

反応の無い相手に対し、一方的に単語を投げ掛ける、空。(まばた)きすらも忘れ、ただ一心にカビール・サマリンを見つめた。無意味のようにも思える単語を口にしながら。


「アジデーター」


そして、空が"アジデーター"という単語を(はっ)した瞬間、沈黙を守っていたカビール・サマリンがの顳顬(こめかみ)(わず)かに動いた。当然、空はそれを見逃さない。


空は立ち上がると、出入口扉の前に立った、空。尻目(しりめ)に見たカビール・サマリンは、(いま)俯向(うつむ)いていたが、動揺から冷汗をかいていた。


「あなたは正直者ですね」

一言告げた空は、部屋を(あと)にした。扉が閉まると同時に、拘置施設(こうちしせつ)とリンクしていたホログラムは解除され、元の殺風景な一室へと戻った。



───現時刻。

公安庁本庁 第四課オフィスリビング。


「なるほどね。タロットカードは行動意欲を掻き立てる為の手段であって、他者の心に漬け込み、犯罪行為を助長する黒幕(アジデーター)が存在する…。そういう事ね? 」

膝を組んだ梓は、(さなが)ら考える人のポージングで、空の取調べを要約した。空は「あぁ」と一言返すと、小さく(うなず)いた。


「それにしても、流石(さすが)のプロファイリングね。臨床心理学(りんしょうしんりがく)精通(せいつう)した観察眼(かんさつがん)無意識誘導(むいしきゆうどう)で、空の右に出る人はいないわね」

空同様、遼子も入庁前にプロファイリングを学んではみたが、修得したと言えるレベルに至らなかっただけに、存分に発揮する空には関心していた、遼子。「私は苦手だからなぁ」と頭を()いた。


「ひーちゃんも収穫あったんでしょ? 」

空は、満面の笑顔で出てきた陽菜に、結果を(たず)ねた。


「うん。七瀬(ななせ)によると───」



1時間前。回想───。

第四課オフィス 第2取り調べ室。


「あなたの持っていたタロットカード。たまたま持っていた…なんて事無いんでしょ? 」

ホログラム投影された七瀬佑樹(ななせゆうき)が肩を丸めて座るのに対して、背筋ピーンと伸ばして座る、陽菜。


「あんた(するど)いな。俺を取り調べた刑事は、事件の動機(どうき)が何だとか、どうやって事件を計画し、実行したのかとかばかりで、そんなこと気にもしなかったのにな」

七瀬(ななせ)は、鋭い目付きで陽菜を見た。


「こう見えて、私は特課(とっか)。一般の捜査官では手に負えない事件を扱っているの。だからという訳では無いけれど、最初の事件を起こす前と後では、あなたの行動パターンに違和感があった。

生まれてから逮捕に至るまでの行動記録から(かんが)みても、不特定多数の目を()くような目立つ事は苦手なオタク気質。いくら承認欲求が満たされず、苛立(いらだ)ちを(つの)らせていたとしても、いざ行動となると踏ん張りが効かず、踏み留まるタイプ。

そんなあなたが連続爆破事件を起こした。何かに後押しされなきゃできない犯行よ」

両肘(りょうひじ)を机に付き、手を組む、陽菜。その()に赤黒い瞳光(どうこう)が宿る。


「なるほどな。(どう)りで俺を見付けられた訳だ。あんた、俺なんかよりずっとドス黒い、深淵(しんえん)を見ているな? "深淵を(のぞ)く時、深淵もまたこちらを覗いている"とはよく言ったもんだが、あんたはその深淵すら()おうとしてる」

七瀬(ななせ)は、逮捕時(たいほじ)から陽菜に興味を示していた。だからこそ、前のめりに陽菜との会話を五感(ごかん)全てで楽しんでいた。

それに気付いた陽菜は不敵(ふてき)()みを見せ、七瀬(ななせ)もまた()んだ。


「いいだろう。あんたには(しゃべ)ってやるよ。タロットカードの事…。

タロットカードを手にしたのは、たしか会社を追い出されてから2日後だった。会社にどう復讐(ふくしゅう)するかって事ばかりを考えていた俺だったが、あんたの言う通り、行動には移せないでいた。

そんな時、ポストに差出人不明の封筒が入っていたんだ。中には、例のタロットカードとある資料が入っていた」

まるで、昨日今日の出来事のような語り口調で話す、七瀬(ななせ)。差出人不明の贈り物は、七瀬(ななせ)にとって青天の霹靂(へきれき)だったのだろう。


「ある資料? 」

目を細めて()き返す、陽菜。


「爆弾の製造方法と時間別の人口密集地がまとめられた資料だ。そんで資料の隙間にはメッセージが(はさ)まれていたよ。たった一言だったが、俺の本当の姿を認め、待ち望んでくれている奴がいる。そう思うと、不思議と(かせ)は外れていた。そして、直感したんだ。芸術家として、為すべきを成さないとってな。人の生き死になんてどうでもいい。ただ、本当の芸術を世間に広く知らしめるチャンスだと思ったよ」

抑え切れない狂気に(あふ)れ、目の前に座る同族ならば理解してもらえるという期待を(いだ)きながら、七瀬(ななせ)は少年のようなワクワクした表情で話した。


「あなたは抑えきれない欲を開放し、芸術家として活動し始めたのね? 」

陽菜が理解を示してくれたと思うだけで、これまでに味わった事の無い満足感を覚える、七瀬(ななせ)。芸術家として、良き理解者で、ライバルだと陽菜を認め、陽菜にもそれを要求するかのように目を輝かせた。

一方的な七瀬(ななせ)の想いに勘付いた陽菜は、このタイミングで核心を切り込んだ。

「メッセージには、何て書いてたの? あなたの背中を後押しする言葉だったんでしょ? 」


「あぁ。"貴方(あなた)の芸術を、私は楽しみにしている"と書かれていた。たった一言なのに、不思議な高揚感を覚えたよ。あんたと話している今のようにな。

背中を押してもらった以上、芸術家として要望には応えなくてはならない。だから計画を実行したんだ。俺の芸術で、世界の価値観を変えるために! 」

まるで、指揮者が演奏の最後にタクトを振り切り、達成感に浸るかのように、身振り手振りを交えて自供した七瀬(ななせ)は、高揚(こうよう)の表情を浮かべていた。


しかし、陽菜の反応は、七瀬(ななせ)の期待と予想を裏切るものだった。


立ち上がった陽菜は、溜息(ためいき)を漏らすと、冷めた表情で七瀬(ななせ)見下(みくだ)した。

「がっかりしたわ。七瀬佑樹(ななせゆうき)。結局、他者の誘導でテロを起こした小物じゃない。あなたが創り上げた芸術? 可笑(おか)しくって笑いを(こら)えるのに必死だったわ。

良い? あなたがやった事は、芸術とは程遠い下劣なテロよ。正体不明の人物にまんまと乗せられたに過ぎない。

勘違いしているようだからもう一度言うわ。あなたは芸術家じゃない。ただのクレイジーな犯罪者よ」

吐き捨てるように部屋を出た、陽菜。怒り心頭の七瀬(ななせ)は、"貴様"と叫んだが、怒鳴り声が最後まで届く事なく、拘置施設(こうちしせつ)とリンクは解除された。



───現時刻。

公安庁本庁 第四課オフィスリビング。


七瀬(ななせ)の自供を軸に考えると、連続爆破テロ事件も、窪田(くぼた) 大臣に(まつ)わる事件も、外国人テログループの計画も全て、何者かによって扇動(せんどう)されたという事ですね? でも、一体誰が…? 」

七瀬(ななせ)の供述により、大きく事態は進展したが、未だに謎は多く残されている。そもそも、犯罪幇助(ほうじょ)をこの国で行う事自体、難しい。何故(なぜ)なら、国民管理システム統治下において、24時間365日生体スキャニングされている以上、犯罪に加担した時点で心理情報は記録され、公安庁へと情報が入る。しかし、現在までにそんな情報は一切上がっていない。にも関わらず、封筒が届いたと供述する者が現れ、タロットカードは実在しているのだ。現状、全て事実だと肯定はできないが、仮に全て事実だとするなら、黒幕はまるで透明人間だ。

糸口の見えない状況に、愛華は溜息を()いた。


「考えていてもしょうがないよ。その"誰か"を見つけない限り、新しい事件は起こるんだし、難事件こそ第四課(あたしら)専売特許(せんばいとっきょ)じゃん」

一人一人の顔を見渡す、深月。「そうね」と梓、空、陽菜、遼子は小さく(うなづ)いた。愛華は、言葉の無いコミュニケーションに(たじろ)ぎながらも、陽菜に肩を叩かれ、決心したかのように(うなづ)いた。


「そうね。ただ捜査範囲は広い。だからチームに分かれて動きましょう。

陽菜と愛華は、七瀬(ななせ)が供述した封筒の送り主を特定。空と遼子は、樫木(かしき)の自宅を家宅捜索(かたくそうさく)。深月は、私と外国人テログループの密入ルートを特定よ。

現状、私達の持つ情報は少ない。姿の見えない敵ほど脅威は無いわ。全員、警戒は(げん)とするように!

各々(おのおの)、状況開始! 」


誰もいなくなった静かな部屋で、扉の閉まる音が響いた。



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