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公安四課  作者: やん
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FILE.49 殺し合う正義

新東京庁舎タワー 地下施設。


絶えず響く打音(だおん)が、鉄板壁(てっぱんへき)(きし)みを生み、膨張した音エネルギーが空間を圧迫する。

そんな事などお構い無しの(あずさ)(しずく)は、互いが持つ全ての力と技術、そして想いを乗せ、攻防(こうぼう)応酬(おうしゅう)を繰り広げていた。


梓が(こぶし)()き出せば、雫は(ひじ)で威力を殺し、カウンターを出す。雫が(こぶし)()き出せば、梓は手で()なし、次なる攻撃へと繋げる。どちらか一方が攻撃し続ける事も無ければ、防御に(てっ)する事も無い。常に繰り返される攻防は、一瞬の(すき)すらも生まれない。


一撃でも喰らえば、(ただ)では済まない事など、宣告承知済みだった。互いに殺気をぶつけ合う、かつて師妹(してい)は、紛れも無い殺し合いをしていた。


知り尽くした2人の力は完全に拮抗している。勝敗は、どちらかの集中の切れた時に決するのだろう。


そして、2人の思惑はリンクしたかのように、終わりの見えない殴り合いに終止符を打つ、渾身(こんしん)(こぶし)を打ち合った。

ドスという鈍い音を(はっ)した衝撃が、互いの左頬(ひだりほお)を頭ごと叩き落とした。あまりの衝撃に脳の全機能が一瞬停止し、2人は身体(からだ)を硬直させたまま前に倒れた。


先に立たなくてはならない。


互いにその思いはあれど、三半規管がまるで言う事を聞かず、()いつくばるのが精一杯だった。


不甲斐(ふがい)ない状況に、奥歯を()み締める、梓。

何の為に居場所を捨て、雫と愛華に(そむ)いてまで行動してきたのか───。


その自問自答に至った時、大切な者の笑顔が浮かんだ。

思い返せば、第四課のリーダーになる以前から、他者からは先頭に立ち、率いる事を求められ、自身もまた、それを当然であるかのように思い込んでいた。(ゆえ)に、気付けば中心人物として牽引するリーダーとしての役割を(にな)ってきた。

しかし、誇りに思えるほど、(みな)を先導してきただろうか?

(いな)。常に未熟なリーダーを支えてくれた存在がいたからこそ、どんな状況下でもリーダーとして立つことができていた。


そんな彼、彼女らが(あらが)っているにも(かか)わらず、寝ていられる訳がない。


「こん…なところで……」

梓は、力の入らない身体(からだ)を無理矢理起こし、不条理に(あらが)うかのように、自らの足で立ち上がった。


梓は、身体(からだ)(むち)を打つように、荒息(あらいき)を立てながらも一歩を踏み出す。

しかし、脳震盪(のうしんとう)の影響はすぐに表に出てくる。踏み出した足に踏ん張りが効かず、体重を支えられない。その上、平衡感覚を失った身体(からだ)は、頭の重さに耐え切れずに前へと倒れた。


真っ直ぐに地面へと倒れる、梓。その一瞬が何十分にも感じられる、所謂(いわゆる)、タキサイキア現象を感じながら。

転倒回避を頭でいくら試みても、脳からの司令が身体(からだ)の隅々まで行き渡らず、床に顔面が吸い寄せられる。床との距離が縮まっていくのを引き伸ばされた時間感覚で体験する恐怖は、これまでの恐怖体験の中でもトップ10には入るだろう。流石(さすが)の梓といえど、恐怖に精神が()まれていくのを感じた。


その恐怖に耐えられず、目を閉じた瞬間、左腕がロックされたかのような鷲掴みされた感覚を覚えた。そして、床との距離、僅か数センチの所で身体(からだ)は止まり、時間は動き出す。


恐怖で忘れていた呼吸を再び始めると、ゆっくりと掴まれた左腕を見た。


「雫…さん? どうして? 」

目を()く、梓。


「こんな所で立ち止まっている訳にはいかないんだろう? 」

梓の左腕を引っ張り上げる、雫。その行動を理解できない梓は、驚きを隠せずにいた。


「そうだけど、そうじゃなくて、どうして私を助けたのかって聞いてるの! だってあなたは…」

()(ただ)す梓の言葉を途中で(さえぎ)った雫は、寂しげな表情を浮かべて口を開いた。


「お前達の行動を阻止しなくてはならない立場だ。刑事だからな。だが、勝者の足にしがみ付く無様(ぶざま)(さら)す程、お前達を止める理由が私には無いのさ。国民管理システムがどういうもんか知っちまった今、余計にな。

それでもお前の前に立ち(はだ)かったのは、行動を阻止すれば、私や愛華の元に戻ってきてくれると思ったからだ。いや、戻って来て欲しかった…。結局、私は刑事としてお前達を執行する覚悟を持てなかっただけかもしれない」

雫のこんな表情は初めて見た、梓。いや、こんなにも感傷的な想いを聞く事自体、初めてだった。それだけ、梓や空の師として強く有り続け、四課の面前(めんぜん)においては模範の女性を演じ続けていたという事かもしれない。


「だが、お前は違った。居場所を捨て、私に牙を向けてでも選んだ道を歩く覚悟を示した。全力で(こぶし)を交えた時、お前の決意が伝わってきたよ。その覚悟の差が私を打ち負かし、ついにお前は私を超えた。もう私にできる事なんて何も無いが、あるとすれば、巣立つ妹子(でし)の背中を見送る事ぐらいだな」

笑顔を見せる、雫。


「雫さん…。もう一度聞くわ。私達と来ない?」

梓は、向かい合う雫に手を差し伸べる。いつにも無く真剣な表情の梓を見て、雫は苦笑した。

「一緒に国外逃亡ってか? それも良いかもしれないな。だけど、辞めておくよ。機能停止したこの国には、誰かが残って立て直さなきゃ。このままじゃ、お前達が帰って来る場所が無くなっちまうからな。

もう行け。私は少し休んで行くとするよ」

雫は、その場で座り込むと、梓に向けて手を払った。振られた梓は、フッと微笑(ほほえ)み、下へと繋がる階段へと足を進めた。

不思議と身体(からだ)の重みは消え、一歩が軽いと感じた。それは脳震盪(のうしんとう)の影響が薄れたというのもあるだろうが、一番の理由は、雫を残して行く事への精神的な引っ掛かりが無くなったからだろう。


見送る雫に背を向け、梓は階段を(くだ)っていった。



水道局水生産施設 浄水生成循環槽室。


上下左右、足元に至る四方八方に配管が張り巡らされた空間。まるで、ギリシャ神話おけるクノッソスの迷宮のように、方向感覚の麻痺(マヒ)さえ覚えてしまう恐怖感が付き(まと)う。


遼子(りょうこ)深月(みづき)は、アネスシーザーの(たま)を充填した拳銃(けんじゅう)を構え、お互いに背中を預け合うようにゆっくりと進む。

中央制御室で取り逃がしてから、新宮那岐(しんぐうなぎ)の気配は闇に溶け、気配を感じない。その上、迷宮のような空間のせいで、深月(みづき)の超感覚にもフィルターを掛けられたかのような鈍さが(しょう)じていた。深月の感覚を()てにできない以上、何処(どこ)から襲撃してくるのかも分からない相手に、警戒から神経は徐々に()り減っていく。


「ねぇ。日本(ここ)を出たら、行ってみたい所とかあるの? 」

緊張感を()き消すかのように、急な話題を振った、深月。


「急に何? 今は考えられないわよ…。でも、みんなと一緒なら何処(どこ)だっていいわ」

急な質問に意表を突かれた遼子だったが、深月と目が合うと自然と笑いがこみ上げた。


「そっか。私は───」

深月が何かを言い掛けた瞬間、空間全てが暗闇に包まれた。


光を失い、視覚が奪われた時、本能的に死への恐怖を覚えた人間は足が(すく)むか、予期しない行動に出る。

しかし、遼子と深月には当て()まらない。恐怖が肌身を刺す程、研ぎ澄まされた感覚が冷静さを(もたら)す。


呼吸音まで(うるさ)いと思える程の集中の中、遼子と深月はそっとポケットからハンディライトを取り出すと、タイミングを図ったかのように一斉に点灯(てんとう)する。


明順応への刹那、ハンディライトの光を反射した銀の閃光が深月に襲い掛かる。


斬れ味鋭い一線が深月の右手首を(かす)めたと思えば、直後に強い衝撃が右手に加わる。その衝撃で拳銃(けんじゅう)は弾かれ、暗闇へと消えていった。


(あたし)(チャカ)は苦手なんだよね」

ニヤリと笑みを浮かべ、右手首の傷口を()める、深月。そして、レッグホルダーから愛用のコンバットナイフ・Mk3 Navyを取り出す。


襲撃者の姿をハンディライトが捉えた時には、深月の(ふところ)にまで踏み込まれていた。銀の閃光は、誤差無く深月の頸動脈(けいどうみゃく)を裂く軌道を描いていた。


1秒にも満たない刹那(せつな)頸動脈(けいどうみゃく)まであと1センチ有るか無いかの所で、刃の動きが止まる。


「残念♪ 」

頸動脈(けいどうみゃく)への斬撃を防いだ、深月。ナイフと剃刀(カミソリ)が垂直に斬り付け合い、黒板を引っ()いた時のような、甲高(かんだか)い音が響いた。その音が途切れた瞬間の無防備な態勢を見逃さない深月は、襲撃者の胸に付いた裂き傷に蹴りを入れた。


襲撃者は、傷口を抑えながら間合いを取ったが、背を預けていた遼子が(じゅう)を発砲し、休む(すき)を与えない。


だが、遼子の射撃力を(もっ)てしても、その(たま)は当たらない。深手を負っているとは思えない程の身のこなしで、襲撃者は再び暗闇へと姿を消した。


漆黒(しっこく)(つつ)まれた闇の檻で、背中合わせに警戒する遼子と深月。緊張と集中はピークに達し、遼子が息を呑んだその時、足元に転がって来た、アボカド型の何かを見てハッとした。

「しまった!!!」



水道局水生産施設 ドローン整備区画。


地鳴りする程の爆発音に、愛華(あいか)(そら)は嫌な予感を(いだ)く。


愛華は、すぐにデバイスを操作し館内マップで位置を確認した。

「今の…方角からして浄水生成(じょうすいせいせい)循環槽室(じゅんかんそうしつ)です。深月さん、遼子さんが向かった方角です…」


「りょーちゃん、みーちゃん…」

胸騒ぎを覚え、動揺を隠せない、空。


「ここからそんなに遠くないです。急ぎましょう」

愛華と空は、来た道を引き返した。



水道局水生産施設 浄水生成循環槽室。


()ッ───」

腹部の激痛で目を覚した、深月。患部を触れると手にはベットリと血が付いた。


意識を留めておくことが精一杯の最中、こうなった経緯(いきさつ)がフラッシュバックのように思い返される───。



───数分前───。


「しまった!!!」

遼子は、足元に転がる"何か"を見るや否や、背合わせの深月を突き飛ばした。


急な事態に理解が追いつかない深月は、突き飛ばされる身体(からだ)を制御できないまま、遼子を只々(ただただ)見ている事しかできなかった。その刹那(せつな)、遼子の口元は動いていた。何かを言っていたような。しかし、何を言ったのかは聞き取れなかった。

直後、一瞬にして視界が奪われる程の爆炎によって、遼子の姿さえも()き消える。「遼子!!!」と叫ぶ深月の声も爆発によって(さえぎ)られ、(ちゅう)に浮いた身体(からだ)は、吹き飛ばされた末に壁を這うパイプのようなものに叩きつけられた。

深月の意識はそこで途絶えた。



───現在。


数分前の経緯(いきさつ)を思い出した、深月。爆発前、遼子が言った言葉…。それは、「逃げて」だった。


深月は、荒息立(あらいきだ)てながら遼子の姿を探した。いつの間にか館内の証明は復旧していたが、爆発による煙が充満しており、1メートル先も見えない。


流れ出続ける血と激痛で、止まらない油汗(あぶらあせ)()らしながらも、遼子を()って探す、深月。


徐々に晴れた煙の先に見つけた人影。懸命に手を伸ばしたその時、影から悲鳴(ひめい)(とどろ)いた。


悲鳴(ひめい)によって煙は拡散され、その影は姿を現す。

「遼子!!!」


遼子の姿を見た深月は、一瞬安堵した。だが、様子がおかしい。尋常(じんじょう)じゃないまでに"(おび)えている"のだ。

重症を負った深月以上に油汗(あぶらあせ)を流し、身体(からだ)(ひど)く震えている。


よく見ると、喉元(のどもと)には剃刀(カミソリ)が押し当てられ、(ひざまず)く形で拘束されていた。しかし、いくら剃刀(カミソリ)を押し当てられた状況であっても、遼子がそんな事で(おび)えるなど有り得ない。


深月は、身体(からだ)(ムチ)を打ち、上半身を起こした。


残りの煙が晴れた時、深月の目に映ったのは、遼子に剃刀(カミソリ)を当てる新宮那岐(しんぐうなぎ)の姿だった。


そう、遼子は剃刀(カミソリ)を押し当てられた事に(おび)えていたのではない。遼子の抱える精神疾患が(おび)えを誘発していた。


男性恐怖症。それこそ、遼子の抱える心の(やまい)だった。遼子は、中学時代に経験したある出来事がトラウマで、井川空(いがわそら)と父親以外の異性に対し、過剰な恐怖感と嫌悪感を抱くようになっていた。第四課では暗黙の了解となっていた為、遼子の捜査や任務は同性を対象にしていたし、やむを得ず異性を対象とする際は、必ず梓、空、陽菜、深月の誰かが付くようにしていた。(ゆえ)に、これまで発作が起こる事など無かった。


だが、現状は遼子にとって最悪な状況だ。深月がいるとはいえ、異性である新宮那岐(しんぐうなぎ)の拘束を受けているのだから。


「君が男性恐怖症だという事は知っていたよ。森原遼子(もりはらりょうこ)。これまでの事件で君達第四課が捜査に当たる(たび)、君達の行動を観察してきた。中でも君は、極端なまでに異性と関わりを持たない行動をしていたね。だから僕は仮設を立てたんだ。

今の状況を見れば、その仮設は正しかったという事だね」

新宮那岐(しんぐうなぎ)は、敢えて遼子の恐怖を(あお)るかのように耳元で(ささや)いた。


「い、嫌ァァァァ嗚呼アアア」

恐怖に支配された遼子は、泣き喚く。このままでは、メンタルアウトに(おちい)るのも時間の問題だった。


「貴様ァァァァア!!!」

声を絞り出す事すら精一杯な状態で、命をも削るように殺意に満ちた表情で()う、深月。


それを見た新宮(しんぐう)は、遼子から奪った(じゅう)を深月に向ける。

「美しい友情愛だが、君達に必要なのはそんなものではない。絶望だ。致命傷を負っても(なお)、狂乱した君を助けようとする友達が()く所を見ておくといい」

新宮(しんぐう)は、鷲掴(わしづか)みした遼子の(かみ)を引くと、深月に向けられた(じゅう)を無理矢理見せた。


泣き叫ぶ遼子を他所(よそ)に、ニヤリと笑みを浮かべると、引金を引く、新宮(しんぐう)


着弾の衝撃で、一瞬身体(からだ)がビクっと動いたが、それを最後に動かなくなってしまった。


「嫌ァァァア!!!」

嗚咽(おえつ)する、遼子。

その様子を見て、新宮(しんぐう)は満足感に浸った。


「次は君の番だ。死ぬその時まで絶望を奏でてくれ」

まるで死神の如く、静かに死を告げた新宮(しんぐう)は、遼子の喉元(のどもと)に押し当てた剃刀(カミソリ)に力を入れた。


「遼子!!!」

何処からともなく響く怒号のような声。意表を()かれた表情で、背後を見た新宮(しんぐう)の目には、拳銃(けんじゅう)を向け、キャットウォークから飛び降りる空の姿が映った。

直後、弾雨(だんう)()(そそ)ぐ。


明確な殺意が込められた弾雨(だんう)に、新宮(しんぐう)は遼子を突き飛ばすと、回転受け身のような体勢で銃弾を回避した。


「空……。深月…()たれ……私…何も………ッ」

震えている遼子を()き寄せ、「もう大丈夫だから」と告げた、空。その言葉に安心したかのように、遼子は意識を失った。


遼子をその場に寝かせると、倒れている深月を見て、空は眉間にシワを寄せた。そして、殺意ある表情で新宮(しんぐう)(にら)み付けた。


井川空(いがわそら)

対する新宮那岐(しんぐうなぎ)も、底知れぬ狂気を放ち、空を(にら)む。


これまで、どんな状況下でも余裕の()みを見せていた新宮(しんぐう)が、初めて見せた怒りの表情。胸を裂いた傷口からはポタポタと血が落ち、(ひたい)からは脂汗(あぶら)(にじ)む。新宮(しんぐう)も追い詰められていた。


そして、新宮(しんぐう)は胸ポケットから取り出した何かの装置を操作し始めた。

直後、再び施設が真っ暗になった。


空は、慌ててライトで周辺を照らしたが、新宮(しんぐう)は姿を消していた。


悔しさから歯軋りする空の背後から、名前を呼ぶ愛華の声がした。

愛華の(うし)ろを発光しながら付いてきた小型医療ドローンは、周囲を照らす。


「りょーちゃんは無事。気を失っているだけだから。みーちゃんを()てほしい。新宮(ヤツ)()たれて出血が酷いんだ」

空の動転した表情を見て、愛華は深月の(もと)へと駆け寄る。


銃弾(じゅうだん)はアネスシーザーのモノのようです。出血の原因じゃない…。

腹部の出血が酷い…。すぐ輸血します」

ドローンから手袋と緊急オペグッズと輸血パックを取り出すと、すぐに処置し始める、愛華。


「愛華ちゃん、処置できるの? 」


「一応、応急オペ研修も修了しているので。輸血パックも持ってきて良かったです。ここは私に任せて、空さんは新宮(しんぐう)を追ってください。私も必ず後を追います。

空さん、新宮(しんぐう)は必ず殺さないでください。約束です」

愛華のブレない目を見た空は、静かに(うなず)き、その場を(あと)にした。



新東京庁舎タワー 地下施設最下層。


最深部にして、この国の心臓であり脳でもある中枢。その部屋へと続く長い通路を埋め尽くす程、人形(アンドロイド)が折り重なって倒れていた。


通路の先端、コンソールに(もた)れ掛かるように座り込む陽菜は、左肩(ひだりかた)から血を流し、力無く今にも死を迎えようとしていた。


その陽菜を、5体の機械人形(アンドロイド)がエンフォーサーを向け取り囲む。

姿形は天宮碧葵(あまみやみき)結城巧(ゆうきたくみ)そのものだが、その器に那巫(なみ)宿那(すくな)の心は無い。文字通り、命令通りにしか動けない人形(ガラクタ)だった。


そんな相手、普段の陽菜であれば対処など訳無いだろう。だが、不意討ちによる負傷、コンソールを守りながらの戦闘、そして、300を超える人形相手では、流石(さすが)の陽菜も()が悪い。最初こそ拳銃(けんじゅう)と陽菜の相棒でもあるAI・ハニーによるクラッキング攻撃で善戦していたが、数を前に次第に手数が減り、いつしか追い詰められていた。

そして、とうとう銃弾(じゅうだん)は底を尽き、ハニーも攻性防壁(こうせいぼうへき)*¹の餌食(えじき)となった。


手段の尽きた今の陽菜に、為す術はない。出血死が先か、エンフォーサーで射殺されるのが先か。いずれにせよ迫る死を受け入れるかのように、静かに目を閉じた、陽菜。


機械人形(アンドロイド)は、トリガーに掛けた指に力を入れた。


(とどろ)銃声(じゅうせい)。発砲直後の硝煙の匂い。

陽菜はハッとした。何故(なぜ)()たれて死んだはずなのに、音と匂いを感じたのかと。そして、陽菜は目を開いた。


ガシャンと音を立てて崩れ落ちた天宮碧葵(あまみやみき)型の機械人形(アンドロイド)。続け様に他の機械人形(アンドロイド)も次々と倒れた。そして、最後の1体も倒れ、影から出てきた梓を見て、涙を浮かべる、陽菜。


「すぐに手当するわ」

深刻な症状に、眉間にシワを寄せた、梓。手持ちの応急グッズはポケットに入る程度しか持ち合わせが無く、適切な処置は行えない。梓は、陽菜を救う手立てが無い状況に悔しさから歯軋りした。


「私はいいの…。それより、この先へ……」

陽菜自身、(あと)が無いのは理解していた。応急処置を試みる梓の腕を掴み、(てのひら)サイズのリモコンを手渡すと、弱々しくドーム型の部屋へと顔を向けた。


鋼鉄の扉は開かれており、諸悪の根源にいつでも手が届く状況。しかし、陽菜を見捨てて先へと進む決断がどうしても梓にはできなかった。


そうこう迷っている間に、陽菜は意識を失う。

「陽菜? 待って陽菜! ダメよ。こんな所で死ぬなんて私が許さない。お願い。まだ逝かないで」

梓の願いも(むな)しく、陽菜の息が細くなっていく。


為す術の無い状況に涙する梓の肩に、誰かが手を置いた。

「私がやる」

振り向く梓の視界に入ったのは、小型医療ドローンを連れた雫の姿だった。


「こんなになるまで1人で無茶しやがって…。馬鹿野郎が」

医師免許を持つ雫は、手際良く治療し始めた。


「梓。行け。重体だがまだ生きてる。今なら間に合う…。いや、間に合わせる。それより、瀕死になってまで1人で道を開けたこいつの努力を無駄にするな」

雫の叱咤(しった)に、涙を拭いて(うなず)く、梓。


梓は立ち上がり、煌々(こうこう)と光る部屋の中へと足を踏み入れた。


「これが国民管理システム…」

中央に浮く、漆黒の立方体を()の当たりにした梓は、息を呑んだ。立方体を構成する無数の小さな立方体の一つ一つに国民一人一人の情報がリアルタイムで更新されている。その中には、もちろん梓の情報もあった。


今ここで目の間に鎮座(ちんざ)する絶望の化身を殺せば、国民は支配から解き放たれる。そして、その心臓とも言える停止リモコンは、梓の手にある。


陽菜から受け取ったリモコンを手に、全てに決着を着けようとボタンに指を伸ばした、その時。

「それが貴方(あなた)の選択ですね」

何処からともなく聞こえる、声。


「ようやくお出ましという事ね。国民管理システム(〖クババ〗)

(にら)むように立方体を見る、梓。


光に満ちた空間の中、梓の意志と漆黒の狂気が正面衝突した。




*¹ 攻性防壁:不正アクセス元への攻撃手段を有する防壁。不正アクセスの通信経路を逆探知し、侵入者に対してネットワーク経由で致死的な攻撃を行う。



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