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公安四課  作者: やん
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FILE.4 搾取の果てに

───2112年3月。

都内某高校 屋上。


街並みを赤く染める夕日に目を向け、2人は語り合う。1人は制服、1人は私服。()で立ちこそ違えど、青春真っ只中の2人は、将来への確かな希望を胸に秘めていた。


「俺は自衛隊にチャレンジするよ」

小川裕司(おがわゆうじ)の目は、覚悟(かくご)を決めたソレだった。


「良いじゃん。裕司(ゆうじ)運動神経(うんどうしんけい)良いんだし、きっとやっていけるよ。頑張れよ! 」

高校生の井川空(いがわそら)は、安堵(あんど)の表情で答えた。


「高校はお前らと卒業できなかったけど、今度こそ絶対やり()げてみせる。だから、見ていてくれ」

小川裕司(おがわゆうじ)は、力強い語気で覚悟を言葉にした。



───2120年10月。

外務大臣執務室。


「あと数分で大臣がお戻りになられます。申し上げておきますが、今回は特別対応(とくべつたいおう)であることをお忘れ無いようお願いします」

大臣秘書官(だいじんひしょかん)の男性は、厄介者を見るような目で(にら)みを効かせた。

いくら事件捜査と言っても、本来、現職大臣へ事情聴取となれば、事務手続きを幾重にも()(のち)、決められたスケジュールの中で行われるものだ。それを無視したルール外の聴取とあっては、煙たがられて当然とも言えよう。


承知(しょうち)しております」

(あずさ)は、作ったような()みを浮かべ、丁寧にお辞儀した。


「わざわざ来てもらって悪いがね。何も出んと思うよ」

扉が開くと共に開口一番に、窪田俊光(くぼたとしみつ) 外務大臣(がいむだいじん)は答えた。忙しそうに「待たせてすまんかったね」と応接用のソファーに腰掛けた。


梓、陽菜(ひな)愛華(あいか)の3人は、軽く会釈をして、ソファーへと腰掛けた。

そんな容姿端麗な3人を()めるように下から上まで見る、窪田(くぼた)。その視線に気付いた愛華は、梓が"大臣(タヌキ)"と言っていた事を今更(いまさら)ながら思い出し、悪口に(たが)わぬ時代錯誤のセクハラ行為に、頭から足の指先まで悪寒(おかん)を感じた。


「しかし、公安にはこんな美人(べっぴん)さんが(そろ)っているのかね」

当の窪田(くぼた)は、気分を良くしたのか、ニヤけ(づら)が止まらない。


どこまで付け上がるのか。検証しがいのある相手だが、梓に付き合う気は無かった。作っていた笑顔が一転。鋭い目付きで釘を刺した。

「光栄ですわ。大臣。しかし、私共(わたくしども)も公安の者。発言には十分気を付けてくださいね」


「おい、先生に失礼じゃないか?」

梓の牽制(けんせい)に対し、男性秘書官は間髪(かんぱつ)入れずに怒鳴(どな)り声を上げた。そんな男性秘書官に対して、冷めた視線を向ける、梓。


権力者相手にも(おく)する事なく、意見する梓の姿勢をみた窪田(くぼた)は、感心したようにガハハと笑う。

「いや、良い。この私に堂々(どうどう)とした物言い。流石(さすが)、公安庁の捜査官だな」

窪田(くぼた)は、音を立てて茶を飲んだ。


「では、捜査官らしい話をしましょう」

ニコッと微笑む、梓。それを合図だと察知した陽菜は、デバイスを操作しいくつかの情報を卓上に展開した。


「単刀直入に伺いますが、この人物は大臣のご子息(しそく)で間違いありませんね? 」

陽菜がホロ展開した、岩井健太(いわいけんた)に関する情報。それを見た大臣は、数分前までのニヤケ(づら)から一転、一瞬ではあったが、狂気を含んだ冷めた目をした。まるで、深淵(しんえん)に隠れていた悪魔が、その姿をチラつかせるかの(ごと)く。


「あ…あぁ……。確かに、私の息子だ…」

少し前までに見せた威勢は鳴りを潜め、素直に白状する、窪田(くぼた)


明らかな動揺、後ろめたさが伝わる状況で、陽菜は遠慮なく核心に切り込んだ。

「荒川区の河川敷(かせんじき)にて、遺体(いたい)で発見されました。岩井健太(いわいけんた)。苗字こそ違いますが、愛人(あいじん)との間にできたあなたの子どもです」

普段の優しい目付きからは想像もできないような、冷めた視線を向ける、陽菜。


「公安相手に隠し事は無意味か…。もう大方(おおかた)、分かっているんだろう? 」

核心突く指摘に言い訳ができない、窪田(くぼた)。諦めたように視線を落とした。


「ご理解が早くて助かります。大臣。連続発生している殺人事件は、あなたが3年前に()み消した事件が要因となっています。殺害された岩井健太(いわいけんた)大嶋未紅(おおしまみく)渡辺昭之(わたなべあきゆき)は、3年前の事件に何らかの関与をしている。当然、あなたも。

3年前に起きた相模湾死体遺棄事件。あなたの口で真実を話してみませんか? それとも(わたくし)がお話しましょうか? 」

梓は、大臣を目の前で足を組んだ。


「いや……、私から話そう」

目を強く(つぶ)り、弱々しく答える、窪田(くぼた)


「3年前、息子から掛かってきた電話に、私は愕然(がくぜん)とした。内容が、拉致(らち)した女性を犯した末に殺害した…というものだったからだ」

組んだ手の震えを止めようと、(ひたい)に当てる、窪田(くぼた)。息子の犯した罪に対して、贖罪(しょくざい)の意識があるようにも思える苦しそうな声だった。罪の意識からか、冷汗(ひやあせ)(したた)る。


窪田(くぼた)が再び口を開いたのは、2、3秒程、()を空けた(あと)だった。


「電話を受けた直後、私は動転(どうてん)した。息子(むすこ)が人を(あや)めたからではない。"不倫相手(ふりんあいて)との間にできた子どもが犯罪を犯した"という事実に対して、政治家人生の危機を感じたからだ。今思えば、全く身勝手極まりない。情けない事、この上ない話だよ。だが、私は権力者として有り続ける為、保身(ほしん)を最優先に考えてしまった。被害者の事など考えずにだ。それからずっと、私は目を(そむ)けたまま、大臣として居座(いすわ)り続けている…」

落とした肩を震わせ、項垂(うなだ)れるように頭を落とす、窪田(くぼた)


保身(ほしん)ということは、つまりご子息(しそく)が犯した(あやま)ちを()み消した事実を認めるという事ですね? 」

梓は、手を緩める事なく追及した。


梓にとって、窪田(くぼた)懺悔(ざんげ)に興味は無い。過去の行いにどれだけ悔い改めようとも、死者は(かえ)えらない。死者に(むく)いるには、闇に(ほうむ)られた無念を明らかにする事だけだ。その為に、相模湾死体遺棄事件の解明と黒幕の自供は必須だった。


「あぁ、そうだ。事件発覚だけは何とかしなくてはならない。隠蔽(いんぺい)する事だけを考えていた私は、当時参事官(さんじかん)だった渡辺(わたなべ)に、出世(しゅっせ)一時金(いちじきん)という条件で、公安庁への圧力と事件の()み消しを依頼した。

彼が動いた事で、捜査打ち切られ、関係各所には箝口令(かんこうれい)が敷かれた。まるで、事件そのものが最初から存在しなかったかのように…」

あっさりと自供した窪田(くぼた)に対して、嫌悪感を示したのは愛華だった。


(ひど)い…こんなの酷過ぎる。それってあなたの保身(ほしん)のために、長門佳澄(ながとかすみ)さんが生きてきた(あかし)すら抹消(まっしょう)したって事じゃないですか」

被害者の無念を思うだけで、心が詰まりそうになる程苦しい。愛華は、机を叩いて身を乗り出すと、涙を浮かべて食って掛かった。


「やめなさい。聴取中よ」

強めの口調(くちょう)叱責(しっせき)した、梓。取り乱していた事にハッとした愛華は、「すみません…」と乗り出した身を引いた。


「大臣、続けてください」

梓は、再び自供を促した。


「公安とマスコミは渡辺(わたなべ)が抑えた。あと、抑えるべきは野党の連中だ。野党(奴等)は、政権を取るためなら蛆虫(うじむし)のように群がり、毒を()く。もし、この事が明るみにでも出れば、野党(奴等)にとって格好の餌食になる。そこで、当時、秘書官だった大嶋(おおしま)に手回しするよう命じた。それこそ彼女の身体(からだ)を使って…。

彼女が私に心酔(しんすい)している事は知っていた。だから利用したのだ。

(ことごと)く、野党(奴等)(さく)()ちていった。こうして、権力と金、感情までも使い、事件そのものを隠蔽(いんぺい)した……そのはずだった…」

今の窪田(くぼた)に、大臣としての威厳(いげん)は無く、見窄(みすぼ)らしい老害へと成り下がった男の末路がそこにあった。


「でも今回、関係者が次々と殺される事件が起きた。そしてあなたは、次はご自身が殺されるかもしれないという恐怖より、未だに権力を失う事に(おそ)れを抱いている。そうですね? 」

悔しさを押し殺すような(ふる)え声で指摘する、愛華。それを前屈(まえかが)みの体制で、罪を受け容れるかのように、項垂(うなだ)れている、当初はそう"思っていた"。


愛華は、その目で見てしまったのだ。窪田俊光(くぼたとしみつ)という男の本性を。罪を白状しながらも、伏せた顔の口元が緩んでいた事実を。


「大臣、ご協力ありがとうございます。次は真犯人逮捕の報告で伺うことになります。それまでは、身辺お気を付けくださいね」

梓は、スッと立ち上がると、陽菜と愛華を連れて出入口へと足を向けた。


「ところで、3人を殺した犯人の目星はついているのかね」

顔を伏せたままの窪田(くぼた)が尋ねた。


その質問に(こた)える事無く、梓は部屋を(あと)にした。



鎌倉区1311- 相模湾灯台。


「そこまでだ。裕司(ゆうじ)

かつて、学校の屋上で語り合った時と同じく、夕日が2人を赤く染める。しかし、2人の立場は当時とは違う。(そら)は刑事、小川裕司(おがわゆうじ)は自衛隊を脱柵(だっさく)した殺人事件の容疑者として対峙(たいじ)していた。

かつての友人に向けるエンフォーサー。やり切れない気持ちを押し殺し、刑事としてその場に立った。


「8年振りだな…。井川(いがわ)

8年という月日(つきひ)が人をこうも変えるのか…? 小川裕司(おがわゆうじ)にかつての面影(おもかげ)は無い。憔悴(しょうすい)しきった表情と内から溢れる狂気は、犯罪者の心理状態(ソレ)だった。


別人に成り果てた友人を()の当たりにした空は、視線を落す。同情ではない。落胆? いや、失望と言う方が近いだろう。無言のままエンフォーサーを降ろした。


「8年…。まさかこんな形で再開するなんてな。お前…変わったな」

空の言う、"変わった"というのは容姿だけでは無い。思い描いていた再開とは大きく掛け離れてしまった事に対して、失望を隠せずにいた。


「いろいろあったんだ…。お前は刑事になったんだな」

小川(おがわ)は、刑事として順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な人生を送っている空に、嫉妬(しっと)にも似た、羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを向けた。


「あぁ…。刑事になったよ。なぁ、屋上で話してくれた決意を覚えてるか?」

()ちた小川裕司(おがわゆうじ)を執行するのは容易(たやす)い。エンフォーサーの引金を引くだけだから。だが、今も尚、心のどこかに(こころざし)を語っていた"本人"が生きているという一縷(いちる)の望みを掛け、空は(たず)ねた。


「懐かしいな…」

時間(とき)の流れを()しむように、微笑(ほほえ)む、小川(おがわ)。大きく息を吸うと、吐き出す息に混じえて質問を返した。

「お前が来たのは、思い出話をするためじゃないんだろう? 刑事として、俺を処理しに来た…。そういう事なんだろう?」


小川(おがわ)に抵抗の意思は見えない。まるで、空に執行される事を受け容れたかのような表情をしていた。


「どうして脱柵(だっさく)した? 」

空は、一度目を閉じ友人への感情に(ふた)をした。再び目を開いた時、刑事として向き合えるように。


「やっぱり知ってたか…。なら、3年前、ここで女性の遺体(いたい)が見つかったのも知ってるんだよな? 」

小川(おがわ)の質問に、空は無言で(うなず)いた。

「被害者…佳澄(かすみ)は、俺の婚約者だった」

涙を(こら)え、奥歯が欠ける程噛み締めて、小川(おがわ)は言葉を絞り出した。


遺体(いたい)として発見される1ヶ月前。中期任務から戻った俺は、婚約者の妊娠(にんしん)を知った。嬉しかったよ。俺も父親になるんだ…。そう思うと言葉にできない程の喜びが込み上げてきた。

その翌日、定期検診で病院に行くという佳澄(かすみ)を送ろうとしたが、佳澄(かすみ)は、「任務明けだから休んで」と言ってくれたんだ。心身共に疲弊していた俺は、その言葉に甘えた。

だが、その甘えが全ての間違いだった…。その日、佳澄(かすみ)は帰ってこなかった…。次の日も、そのさらに次の日も…。当然、捜索願(そうさくねがい)を出したが、見つからないまま1ヶ月が()った。

絶望の最中(さなか)、"佳澄(かすみ)が見つかった"と一報が入り、俺は(わら)にも(すが)る思いで公安庁へと向かった。1ヶ月振りの再開…。それは喜ばしい再開となる(はず)だった……。その姿を見るまでは。

佳澄(かすみ)は、人の形すら保っていなかった。後悔。懺悔(ざんげ)。悲しみ。怒り。心が真っ逆さまに()ちて()くのが分かったよ。これが呪いだと理解もした。そして、どうしょうもない感情は、佳澄(かすみ)をこんな目に()わせた奴へと向いた」

暴走した感情が嗚咽(おえつ)を引き起こし、怒号のままに呪いを振り撒く。小川(おがわ)にとって、長門佳澄(ながとかすみ)の存在はそれ程までに大きかったのだ。


「国民管理システムによるメンタル診断の結果、1年間の休隊(きゅうたい)を言い渡された。その後、復隊(ふくたい)したが、佳澄(かすみ)を忘れて日常に戻る事なんて、俺にはできなかった。

そんな折、将官執務室から聞こえる会話が耳に入った。聞き耳を立てるつもりなんて無かった。会話の内容が、佳澄(かすみ)が殺された事件のことじゃなきゃな。

佳澄(かすみ)は、薬漬けの上、レイプされた末に殺されたと聞いていた。捜査の結果、犯人の特定には(いた)らず、捜査が打ち切りになった事も…。

だが、真実は違った。将官は言っていた。権力者が至福(しふく)()やし、地位を守るために、佳澄(かすみ)は利用され、犯され、殺されたんだと。そして、調べれば調べる程、佳澄(かすみ)は国家にとって都合の悪い存在だったと知った。この国に失望したよ。そして、佳澄(かすみ)墓前(ぼぜん)(ちか)ったんだ。佳澄(かすみ)を苦しめた全てに復讐(ふくしゅう)するって。

その日、俺は脱柵(だっさく)した」

先程までの嗚咽(おえつ)が嘘のように、冷静に"復讐(ふくしゅう)"という言葉を口にした小川(おがわ)の瞳には、漆黒の狂気が渦巻いていた。


目を閉じて()いていた、空。


長門佳澄(ながとかすみ)は、2度殺された。1度目は岩井健太(いわいけんた)に、2度目は国家に。刑事をしていると、今の国家が(ろく)でも無い事なんて、嫌と言う程理解させられる。小川(おがわ)が抱く復讐心(ふくしゅうしん)(もっと)もだ。しかし、このまま小川(おがわ)復讐(ふくしゅう)を続けさせて、死んだ長門佳澄(ながとかすみ)は本当に喜ぶだろうか? (いな)長門佳澄(ながとかすみ)は、最愛の婚約者にこれ以上罪を重ねてほしく無いはずだ。その想いを無視し、復讐(ふくしゅう)するという事は、長門佳澄(ながとかすみ)の想いすらも殺す、3度殺す事になる。それだけは避けなくてはならない。


目を開けた空は、眉間(みけん)にシワを寄せ(たず)ねた。

「それで、今度は捜査を打ち切った捜査官に復讐(ふくしゅう)するのか? それとも、元凶(げんきょう)窪田(くぼた) 大臣? 」


「俺には復讐(ふくしゅう)しかないんだよ」

小川(おがわ)咆哮(ほうこう)に、「嘘付くんじゃねぇよ!!!」と叱責(しっせき)した、空。


佳澄(かすみ)さんがお前に望んでいるのが、本当に復讐(ふくしゅう)だと思ってんのか? そんな訳無い事くらい、お前が一番分かってるはずだろ? 理不尽を恨むなとは言わない。過去を悔やむなとも言わない。だけど、一番大切な人の想いを踏み(にじ)るような行為はすんじゃねぇよ」

普段とは掛け離れた、荒々(あらあら)しい言葉遣いで、小川(おがわ)の心に(うった)え掛ける、空。復讐鬼(ふくしゅうき)の前に立ち(はだ)かった刑事による、友人としての想いだった。


その想いが通じたのか、小川(おがわ)は膝を()って崩れ落ちた。


小川裕司(おがわゆうじ)。逮捕する」

涙を流す小川(おがわ)の腕に、手錠を掛ける、空。


「執行…しないのか? 」


「お前は、連続殺人の犯人じゃない。そうだろう? 」

空の言葉に心が溢れ、感情が()を切る。小川(おがわ)は、(うなず)いた。


「梓? たった今、小川裕司(おがわゆうじ)逮捕(たいほ)したわ」

遼子の報告に、梓が「周りに気を付けて。必ず仕掛けてくるはずだから」と忠告すると通信は切れた。


小川(おがわ)を立ち上がらせて、警務車(けいむしゃ)へと向かおうと一歩踏み出した、その時…。

パンッという空気を押し退()けるような破裂音が響いたと思えば、真っ赤な霧が散り、小川裕司(おがわゆうじ)は前へと倒れた。


深月は、呆然(ぼうぜん)とする空を灯台の陰まで引き込むと、狙撃手(そげきしゅ)の姿を追った。しかし、その影を追うことはできなかった。


灯台以外の遮蔽物(しゃへいぶつ)が無いこの場で、たった1発で目標を仕留めている。しかも、その足跡を残す事なく、その場から姿を消したとなれば、間違いなくプロによる仕業だ。

油断は無い。ただ相手が上手だった。


友人の命を無慈悲に奪われたにも関わらず、無力な自分に苛立(いらだ)つ、空。抑え切れない怒りを地面にぶつけた。


「ごめん、梓。何者かの狙撃(そげき)で、小川裕司(おがわゆうじ)が死亡したわ」

遼子は、悔しさから唇を()んだ。


「分かった…。一先ず集まって。事件の幕を引きましょう」

梓の短い指示の(あと)、通信は途切れた。


「行こう。空」

空を心配そうに気に掛ける深月に、空は怒りを押し殺した一言で返事をした。

「あぁ……」



港区赤坂076-料亭・水杜


障子(しょうじ)(ふすま)に囲まれた、伝統的な造りの御座敷(おざしき)で、窪田俊光(くぼたとしみつ)は"とある人物"を待っていた。


芸者アンドロイドが配膳(はいぜん)をする(かたわ)ら、障子(しょうじ)が開く。


「失礼します」

障子(しょうじ)の外にいたのは、男性秘書官だった。窪田(くぼた)は"とある人物"が到着したと思い込み、ネクタイを結び直した。


「先生。会合(かいごう)前に申し訳ございません。公安庁が先生への面会を申し出ています。いかが致しましょう? 」

男性秘書官の報告に、期待を裏切られた窪田(くぼた)は、明らかな不快感を示した。


「総理との大事な会合(かいごう)を控えているんだ。公安には帰ってもらえ。そのくらい、気を利かせられんのか? 」

窪田(くぼた)による一方的な叱責に()える男性秘書官。その怒号は部屋の外へと漏れていた。


「そうはいきません」

叱責に反論するかのような声。窪田(くぼた)は思わず「何だと? 」と男性秘書官を威圧するが、よく考えてみれば声は男性秘書官のものでは無い。だが、確かに聞き覚えのある"女性"の声に、思い当たる記憶が(よみがえ)り、驚きの表情で振り向いた。


窪田光俊(くぼたみつとし)。あなたを殺人隠蔽(いんぺい)及び幇助(ほうじょ)の罪で執行します」

芸者アンドロイドを押し退()けるように入室した梓は、エンフォーサーを窪田(くぼた)に向ける。


続けて、空、遼子、陽菜、深月、愛華が入室し、窪田(くぼた)を囲むようにエンフォーサーを向けた。


「な、何だ。貴様ら!!! 」

激昂(げきこう)する窪田(くぼた)に対して、梓は冷めた口調で告げる。

「前回申し上げた通り、連続殺人事件に関わる真犯人の執行に伺いました」


「執行だと? 私は殺人鬼に命を狙われている立場だぞ! その経緯については、全て話したはずだ。私を守るならまだしも、執行するなど言語道断だ」

窪田(くぼた)は、梓が向けたエンフォーサーを手で払い除け、立ち上がろうとした。しかし、周りを囲むエンフォーサーの銃口(じゅうこう)(おのの)き、片膝立ちのままピタりと止まった。


「あなたが話したのは全てではありませんよ。大臣。重要な情報について、あなたは一切話していない」

梓の指摘が核心を突いたのか、窪田(くぼた)の目は泳ぎ、力無くその場に座った。


「一連の猟奇殺人、その黒幕(くろまく)窪田俊光(くぼたとしみつ)…あんただ。そして、事件に至る背景は、お前が暗躍していた長門佳澄(ながとかすみ)さんの事件にある。そうだろ? 」

窪田(くぼた)顳顬(こめかみ)にエンフォーサーを突き付けた、空。窪田(くぼた)は、太々(ふてぶて)しい態度で空を(にら)んだが、空が引金に指を掛けると、恐怖から「ひぃぃぃ」という声を上げ、両手を上げた。


「3年前、愛人との間にできた息子、岩井健太(いわいけんた)素行不良(そこうふりょう)にあなたは手を焼いていた。しかも、口外できない"愛人との子"という事で、存在自体が頭痛の種だった。

このまま、岩井(いわい)の悪行がエスカレートすれば、政治家としての立場まで危うくなる。そう考えたあなたは、岩井(いわい)に定期的な"欲"の発散をさせれば、大きな不祥事に繋がる事は無いと考えた。そして、"欲"のターゲットとなったのが、長門佳澄(ながとかすみ)さんだった…。

あなたは、岩井(いわい)長門佳澄(ながとかすみ)さんの住所や帰宅ルートを流し、犯行を促した。そうよね? 」

梓の確認に対し、大量の冷汗を滴らせる、窪田(くぼた)


「まぁ、殺人は全くの想定外だったんだろうけど」

窪田(くぼた)を冷めた目で見下す、深月。


「焦ったあなたは、大嶋(おおしま)渡辺(わたなべ)を使って、事件そのものを()み消した。どう()み消したかについては、あなたが自供した通りね」

日中に録音した音声データを再生した、陽菜。


「だけど、3年が()ったある日、その隠蔽(いんぺい)(ほころ)びが生じた。

次期総裁として名前が上がり始めたあなたに、渡辺(わたなべ)強請(ゆす)りを入れた。大方、重要ポストの要求でしょう。

その上、そのタイミングで大嶋(おおしま)までも、過去の事件を(えさ)に金銭を要求してきた。

次期総裁になるかならないかの大事な時期よ。あなたは、2人と(かね)てより(うと)ましく思っていた岩井(いわい)を消すことにした。長門佳澄(ながとかすみ)さんと恋人関係にあった、小川裕司(おがわゆうじ)に全ての罪を被せてね」

遼子が突いた核心に、(ぐう)の音も出ない、窪田(くぼた)


小川裕司(おがわゆうじ)が、将官執務室で真相を聞く事になったのも偶然じゃない…。聞かせる為に呼び出した。彼女の死を受け容れられない小川(おがわ)であれば、3人に探りを入れると踏んで。

思惑通り、現場に現れた小川(おがわ)は、スキャナーに検知され、第四課(私達)の目が小川(おがわ)へ向いた」

愛華によってホロ展開された将官執務室での映像を観た窪田(くぼた)は、「どこでその映像を…」と狼狽(うろた)えた。


挙句(あげく)、犯人に仕立てられた小川(おがわ)さえも確実に殺す為に、第四課(私達)をも使おうと画策したわね? 特課(とっか)が動く、猟奇殺人まで演出して」

梓は、隠蔽(いんぺい)の為に公安庁をも巻き込んだ事実を指摘した。


立て続けの追及に、窪田(くぼた)の我慢も限界に達し、汚い唾液と共に怒号を飛ばす。

「仕方が無いだろう…。私は、この国に必要な存在だ。トップになるべき存在なんだ。それを(はば)む者は排除しなくてはならない!!! 」

私利私欲に(まみ)れた怪物による罪の正当化が、抑えていた空の怒りを(あお)る。


「ふざけるなよ。卑怯者が!!! 自分の手を汚す事なく、高みから見下すだけの悪党が、この国に必要だと? 笑わせんじゃねぇよ! 」

空は、怒りのままに窪田(くぼた)(えり)を掴んだ。引金に掛けた指に力が入り、エンフォーサーを持つ手が小刻みに震える。引金を引けばそれで終わり。そうしないのは、怒りで殺せば執行では無く復讐だと、理性がストップを掛けたからだった。


理性と怒りの狭間で葛藤する空の腕に、そっと手を置く、梓。まるで熱冷ましのようにボルテージが下がると、空は深呼吸の(あと)窪田(くぼた)(えり)から手を放した。


「お前の誤算は、第四課(俺達)小川(おがわ)を執行しなかった事だ。だから、"誰か"に狙撃させた…。そして、その誰かも都合が悪くなれば消す。そうだな? 」

冷静さを取り戻した空は、窪田(くぼた)が犯す次の犯罪について(たず)ねた。しかし、当の窪田(くぼた)は、きょとんとした顔付きで(たず)ね返す。

「ま、待ってくれ。小川裕司(おがわゆうじ)は、公安庁(お前達)が執行したんじゃないのか?

お前達の指摘は正しい。全て認める。だが、小川裕司(おがわゆうじ)の狙撃は誰にも指示していない。

私は───」

唯一の無実を主張する為立ち上がろうとした、窪田(くぼた)。直後、パンッという銃声(じゅうせい)が室内に響いた。


銃弾(じゅうだん)は、窪田(くぼた)の左側頭部を貫き、畳へとめり込んだ。


刹那(せつな)、もう一発の銃声(じゅうせい)(とどろ)く。一同が、銃声(じゅうせい)の方へと目を向けると、右手に拳銃(けんじゅう)、左手にタロットカードを握り締めたまま事切れている、男性秘書官の姿がそこにあった。



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