FILE.4 搾取の果てに
───2112年3月。
都内某高校 屋上。
街並みを赤く染める夕日に目を向け、2人は語り合う。1人は制服、1人は私服。出で立ちこそ違えど、青春真っ只中の2人は、将来への確かな希望を胸に秘めていた。
「俺は自衛隊にチャレンジするよ」
小川裕司の目は、覚悟を決めたソレだった。
「良いじゃん。裕司は運動神経良いんだし、きっとやっていけるよ。頑張れよ! 」
高校生の井川空は、安堵の表情で答えた。
「高校はお前らと卒業できなかったけど、今度こそ絶対やり遂げてみせる。だから、見ていてくれ」
小川裕司は、力強い語気で覚悟を言葉にした。
───2120年10月。
外務大臣執務室。
「あと数分で大臣がお戻りになられます。申し上げておきますが、今回は特別対応であることをお忘れ無いようお願いします」
大臣秘書官の男性は、厄介者を見るような目で睨みを効かせた。
いくら事件捜査と言っても、本来、現職大臣へ事情聴取となれば、事務手続きを幾重にも経た後、決められたスケジュールの中で行われるものだ。それを無視したルール外の聴取とあっては、煙たがられて当然とも言えよう。
「承知しております」
梓は、作ったような笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀した。
「わざわざ来てもらって悪いがね。何も出んと思うよ」
扉が開くと共に開口一番に、窪田俊光 外務大臣は答えた。忙しそうに「待たせてすまんかったね」と応接用のソファーに腰掛けた。
梓、陽菜、愛華の3人は、軽く会釈をして、ソファーへと腰掛けた。
そんな容姿端麗な3人を舐めるように下から上まで見る、窪田。その視線に気付いた愛華は、梓が"大臣"と言っていた事を今更ながら思い出し、悪口に違わぬ時代錯誤のセクハラ行為に、頭から足の指先まで悪寒を感じた。
「しかし、公安にはこんな美人さんが揃っているのかね」
当の窪田は、気分を良くしたのか、ニヤけ面が止まらない。
どこまで付け上がるのか。検証しがいのある相手だが、梓に付き合う気は無かった。作っていた笑顔が一転。鋭い目付きで釘を刺した。
「光栄ですわ。大臣。しかし、私共も公安の者。発言には十分気を付けてくださいね」
「おい、先生に失礼じゃないか?」
梓の牽制に対し、男性秘書官は間髪入れずに怒鳴り声を上げた。そんな男性秘書官に対して、冷めた視線を向ける、梓。
権力者相手にも臆する事なく、意見する梓の姿勢をみた窪田は、感心したようにガハハと笑う。
「いや、良い。この私に堂々とした物言い。流石、公安庁の捜査官だな」
窪田は、音を立てて茶を飲んだ。
「では、捜査官らしい話をしましょう」
ニコッと微笑む、梓。それを合図だと察知した陽菜は、デバイスを操作しいくつかの情報を卓上に展開した。
「単刀直入に伺いますが、この人物は大臣のご子息で間違いありませんね? 」
陽菜がホロ展開した、岩井健太に関する情報。それを見た大臣は、数分前までのニヤケ面から一転、一瞬ではあったが、狂気を含んだ冷めた目をした。まるで、深淵に隠れていた悪魔が、その姿をチラつかせるかの如く。
「あ…あぁ……。確かに、私の息子だ…」
少し前までに見せた威勢は鳴りを潜め、素直に白状する、窪田。
明らかな動揺、後ろめたさが伝わる状況で、陽菜は遠慮なく核心に切り込んだ。
「荒川区の河川敷にて、遺体で発見されました。岩井健太。苗字こそ違いますが、愛人との間にできたあなたの子どもです」
普段の優しい目付きからは想像もできないような、冷めた視線を向ける、陽菜。
「公安相手に隠し事は無意味か…。もう大方、分かっているんだろう? 」
核心突く指摘に言い訳ができない、窪田。諦めたように視線を落とした。
「ご理解が早くて助かります。大臣。連続発生している殺人事件は、あなたが3年前に揉み消した事件が要因となっています。殺害された岩井健太、大嶋未紅、渡辺昭之は、3年前の事件に何らかの関与をしている。当然、あなたも。
3年前に起きた相模湾死体遺棄事件。あなたの口で真実を話してみませんか? それとも私がお話しましょうか? 」
梓は、大臣を目の前で足を組んだ。
「いや……、私から話そう」
目を強く瞑り、弱々しく答える、窪田。
「3年前、息子から掛かってきた電話に、私は愕然とした。内容が、拉致した女性を犯した末に殺害した…というものだったからだ」
組んだ手の震えを止めようと、額に当てる、窪田。息子の犯した罪に対して、贖罪の意識があるようにも思える苦しそうな声だった。罪の意識からか、冷汗が滴る。
窪田が再び口を開いたのは、2、3秒程、間を空けた後だった。
「電話を受けた直後、私は動転した。息子が人を殺めたからではない。"不倫相手との間にできた子どもが犯罪を犯した"という事実に対して、政治家人生の危機を感じたからだ。今思えば、全く身勝手極まりない。情けない事、この上ない話だよ。だが、私は権力者として有り続ける為、保身を最優先に考えてしまった。被害者の事など考えずにだ。それからずっと、私は目を背けたまま、大臣として居座り続けている…」
落とした肩を震わせ、項垂れるように頭を落とす、窪田。
「保身ということは、つまりご子息が犯した過ちを揉み消した事実を認めるという事ですね? 」
梓は、手を緩める事なく追及した。
梓にとって、窪田の懺悔に興味は無い。過去の行いにどれだけ悔い改めようとも、死者は還えらない。死者に報いるには、闇に葬られた無念を明らかにする事だけだ。その為に、相模湾死体遺棄事件の解明と黒幕の自供は必須だった。
「あぁ、そうだ。事件発覚だけは何とかしなくてはならない。隠蔽する事だけを考えていた私は、当時参事官だった渡辺に、出世と一時金という条件で、公安庁への圧力と事件の揉み消しを依頼した。
彼が動いた事で、捜査打ち切られ、関係各所には箝口令が敷かれた。まるで、事件そのものが最初から存在しなかったかのように…」
あっさりと自供した窪田に対して、嫌悪感を示したのは愛華だった。
「酷い…こんなの酷過ぎる。それってあなたの保身のために、長門佳澄さんが生きてきた証すら抹消したって事じゃないですか」
被害者の無念を思うだけで、心が詰まりそうになる程苦しい。愛華は、机を叩いて身を乗り出すと、涙を浮かべて食って掛かった。
「やめなさい。聴取中よ」
強めの口調で叱責した、梓。取り乱していた事にハッとした愛華は、「すみません…」と乗り出した身を引いた。
「大臣、続けてください」
梓は、再び自供を促した。
「公安とマスコミは渡辺が抑えた。あと、抑えるべきは野党の連中だ。野党は、政権を取るためなら蛆虫のように群がり、毒を吐く。もし、この事が明るみにでも出れば、野党にとって格好の餌食になる。そこで、当時、秘書官だった大嶋に手回しするよう命じた。それこそ彼女の身体を使って…。
彼女が私に心酔している事は知っていた。だから利用したのだ。
悉く、野党は策に堕ちていった。こうして、権力と金、感情までも使い、事件そのものを隠蔽した……そのはずだった…」
今の窪田に、大臣としての威厳は無く、見窄らしい老害へと成り下がった男の末路がそこにあった。
「でも今回、関係者が次々と殺される事件が起きた。そしてあなたは、次はご自身が殺されるかもしれないという恐怖より、未だに権力を失う事に畏れを抱いている。そうですね? 」
悔しさを押し殺すような震え声で指摘する、愛華。それを前屈みの体制で、罪を受け容れるかのように、項垂れている、当初はそう"思っていた"。
愛華は、その目で見てしまったのだ。窪田俊光という男の本性を。罪を白状しながらも、伏せた顔の口元が緩んでいた事実を。
「大臣、ご協力ありがとうございます。次は真犯人逮捕の報告で伺うことになります。それまでは、身辺お気を付けくださいね」
梓は、スッと立ち上がると、陽菜と愛華を連れて出入口へと足を向けた。
「ところで、3人を殺した犯人の目星はついているのかね」
顔を伏せたままの窪田が尋ねた。
その質問に応える事無く、梓は部屋を後にした。
鎌倉区1311- 相模湾灯台。
「そこまでだ。裕司」
かつて、学校の屋上で語り合った時と同じく、夕日が2人を赤く染める。しかし、2人の立場は当時とは違う。空は刑事、小川裕司は自衛隊を脱柵した殺人事件の容疑者として対峙していた。
かつての友人に向けるエンフォーサー。やり切れない気持ちを押し殺し、刑事としてその場に立った。
「8年振りだな…。井川」
8年という月日が人をこうも変えるのか…? 小川裕司にかつての面影は無い。憔悴しきった表情と内から溢れる狂気は、犯罪者の心理状態だった。
別人に成り果てた友人を目の当たりにした空は、視線を落す。同情ではない。落胆? いや、失望と言う方が近いだろう。無言のままエンフォーサーを降ろした。
「8年…。まさかこんな形で再開するなんてな。お前…変わったな」
空の言う、"変わった"というのは容姿だけでは無い。思い描いていた再開とは大きく掛け離れてしまった事に対して、失望を隠せずにいた。
「いろいろあったんだ…。お前は刑事になったんだな」
小川は、刑事として順風満帆な人生を送っている空に、嫉妬にも似た、羨望の眼差しを向けた。
「あぁ…。刑事になったよ。なぁ、屋上で話してくれた決意を覚えてるか?」
堕ちた小川裕司を執行するのは容易い。エンフォーサーの引金を引くだけだから。だが、今も尚、心のどこかに志を語っていた"本人"が生きているという一縷の望みを掛け、空は訊ねた。
「懐かしいな…」
時間の流れを惜しむように、微笑む、小川。大きく息を吸うと、吐き出す息に混じえて質問を返した。
「お前が来たのは、思い出話をするためじゃないんだろう? 刑事として、俺を処理しに来た…。そういう事なんだろう?」
小川に抵抗の意思は見えない。まるで、空に執行される事を受け容れたかのような表情をしていた。
「どうして脱柵した? 」
空は、一度目を閉じ友人への感情に蓋をした。再び目を開いた時、刑事として向き合えるように。
「やっぱり知ってたか…。なら、3年前、ここで女性の遺体が見つかったのも知ってるんだよな? 」
小川の質問に、空は無言で頷いた。
「被害者…佳澄は、俺の婚約者だった」
涙を堪え、奥歯が欠ける程噛み締めて、小川は言葉を絞り出した。
「遺体として発見される1ヶ月前。中期任務から戻った俺は、婚約者の妊娠を知った。嬉しかったよ。俺も父親になるんだ…。そう思うと言葉にできない程の喜びが込み上げてきた。
その翌日、定期検診で病院に行くという佳澄を送ろうとしたが、佳澄は、「任務明けだから休んで」と言ってくれたんだ。心身共に疲弊していた俺は、その言葉に甘えた。
だが、その甘えが全ての間違いだった…。その日、佳澄は帰ってこなかった…。次の日も、そのさらに次の日も…。当然、捜索願を出したが、見つからないまま1ヶ月が経った。
絶望の最中、"佳澄が見つかった"と一報が入り、俺は藁にも縋る思いで公安庁へと向かった。1ヶ月振りの再開…。それは喜ばしい再開となる筈だった……。その姿を見るまでは。
佳澄は、人の形すら保っていなかった。後悔。懺悔。悲しみ。怒り。心が真っ逆さまに堕ちて逝くのが分かったよ。これが呪いだと理解もした。そして、どうしょうもない感情は、佳澄をこんな目に遭わせた奴へと向いた」
暴走した感情が嗚咽を引き起こし、怒号のままに呪いを振り撒く。小川にとって、長門佳澄の存在はそれ程までに大きかったのだ。
「国民管理システムによるメンタル診断の結果、1年間の休隊を言い渡された。その後、復隊したが、佳澄を忘れて日常に戻る事なんて、俺にはできなかった。
そんな折、将官執務室から聞こえる会話が耳に入った。聞き耳を立てるつもりなんて無かった。会話の内容が、佳澄が殺された事件のことじゃなきゃな。
佳澄は、薬漬けの上、レイプされた末に殺されたと聞いていた。捜査の結果、犯人の特定には至らず、捜査が打ち切りになった事も…。
だが、真実は違った。将官は言っていた。権力者が至福を肥やし、地位を守るために、佳澄は利用され、犯され、殺されたんだと。そして、調べれば調べる程、佳澄は国家にとって都合の悪い存在だったと知った。この国に失望したよ。そして、佳澄の墓前で誓ったんだ。佳澄を苦しめた全てに復讐するって。
その日、俺は脱柵した」
先程までの嗚咽が嘘のように、冷静に"復讐"という言葉を口にした小川の瞳には、漆黒の狂気が渦巻いていた。
目を閉じて訊いていた、空。
長門佳澄は、2度殺された。1度目は岩井健太に、2度目は国家に。刑事をしていると、今の国家が碌でも無い事なんて、嫌と言う程理解させられる。小川が抱く復讐心は尤もだ。しかし、このまま小川に復讐を続けさせて、死んだ長門佳澄は本当に喜ぶだろうか? 否。長門佳澄は、最愛の婚約者にこれ以上罪を重ねてほしく無いはずだ。その想いを無視し、復讐するという事は、長門佳澄の想いすらも殺す、3度殺す事になる。それだけは避けなくてはならない。
目を開けた空は、眉間にシワを寄せ訊ねた。
「それで、今度は捜査を打ち切った捜査官に復讐するのか? それとも、元凶の窪田 大臣? 」
「俺には復讐しかないんだよ」
小川の咆哮に、「嘘付くんじゃねぇよ!!!」と叱責した、空。
「佳澄さんがお前に望んでいるのが、本当に復讐だと思ってんのか? そんな訳無い事くらい、お前が一番分かってるはずだろ? 理不尽を恨むなとは言わない。過去を悔やむなとも言わない。だけど、一番大切な人の想いを踏み躙るような行為はすんじゃねぇよ」
普段とは掛け離れた、荒々しい言葉遣いで、小川の心に訴え掛ける、空。復讐鬼の前に立ち開かった刑事による、友人としての想いだった。
その想いが通じたのか、小川は膝を折って崩れ落ちた。
「小川裕司。逮捕する」
涙を流す小川の腕に、手錠を掛ける、空。
「執行…しないのか? 」
「お前は、連続殺人の犯人じゃない。そうだろう? 」
空の言葉に心が溢れ、感情が堰を切る。小川は、頷いた。
「梓? たった今、小川裕司を逮捕したわ」
遼子の報告に、梓が「周りに気を付けて。必ず仕掛けてくるはずだから」と忠告すると通信は切れた。
小川を立ち上がらせて、警務車へと向かおうと一歩踏み出した、その時…。
パンッという空気を押し退けるような破裂音が響いたと思えば、真っ赤な霧が散り、小川裕司は前へと倒れた。
深月は、呆然とする空を灯台の陰まで引き込むと、狙撃手の姿を追った。しかし、その影を追うことはできなかった。
灯台以外の遮蔽物が無いこの場で、たった1発で目標を仕留めている。しかも、その足跡を残す事なく、その場から姿を消したとなれば、間違いなくプロによる仕業だ。
油断は無い。ただ相手が上手だった。
友人の命を無慈悲に奪われたにも関わらず、無力な自分に苛立つ、空。抑え切れない怒りを地面にぶつけた。
「ごめん、梓。何者かの狙撃で、小川裕司が死亡したわ」
遼子は、悔しさから唇を噛んだ。
「分かった…。一先ず集まって。事件の幕を引きましょう」
梓の短い指示の後、通信は途切れた。
「行こう。空」
空を心配そうに気に掛ける深月に、空は怒りを押し殺した一言で返事をした。
「あぁ……」
港区赤坂076-料亭・水杜
障子と襖に囲まれた、伝統的な造りの御座敷で、窪田俊光は"とある人物"を待っていた。
芸者アンドロイドが配膳をする傍ら、障子が開く。
「失礼します」
障子の外にいたのは、男性秘書官だった。窪田は"とある人物"が到着したと思い込み、ネクタイを結び直した。
「先生。会合前に申し訳ございません。公安庁が先生への面会を申し出ています。いかが致しましょう? 」
男性秘書官の報告に、期待を裏切られた窪田は、明らかな不快感を示した。
「総理との大事な会合を控えているんだ。公安には帰ってもらえ。そのくらい、気を利かせられんのか? 」
窪田による一方的な叱責に堪える男性秘書官。その怒号は部屋の外へと漏れていた。
「そうはいきません」
叱責に反論するかのような声。窪田は思わず「何だと? 」と男性秘書官を威圧するが、よく考えてみれば声は男性秘書官のものでは無い。だが、確かに聞き覚えのある"女性"の声に、思い当たる記憶が蘇り、驚きの表情で振り向いた。
「窪田光俊。あなたを殺人隠蔽及び幇助の罪で執行します」
芸者アンドロイドを押し退けるように入室した梓は、エンフォーサーを窪田に向ける。
続けて、空、遼子、陽菜、深月、愛華が入室し、窪田を囲むようにエンフォーサーを向けた。
「な、何だ。貴様ら!!! 」
激昂する窪田に対して、梓は冷めた口調で告げる。
「前回申し上げた通り、連続殺人事件に関わる真犯人の執行に伺いました」
「執行だと? 私は殺人鬼に命を狙われている立場だぞ! その経緯については、全て話したはずだ。私を守るならまだしも、執行するなど言語道断だ」
窪田は、梓が向けたエンフォーサーを手で払い除け、立ち上がろうとした。しかし、周りを囲むエンフォーサーの銃口に慄き、片膝立ちのままピタりと止まった。
「あなたが話したのは全てではありませんよ。大臣。重要な情報について、あなたは一切話していない」
梓の指摘が核心を突いたのか、窪田の目は泳ぎ、力無くその場に座った。
「一連の猟奇殺人、その黒幕は窪田俊光…あんただ。そして、事件に至る背景は、お前が暗躍していた長門佳澄さんの事件にある。そうだろ? 」
窪田の顳顬にエンフォーサーを突き付けた、空。窪田は、太々しい態度で空を睨んだが、空が引金に指を掛けると、恐怖から「ひぃぃぃ」という声を上げ、両手を上げた。
「3年前、愛人との間にできた息子、岩井健太の素行不良にあなたは手を焼いていた。しかも、口外できない"愛人との子"という事で、存在自体が頭痛の種だった。
このまま、岩井の悪行がエスカレートすれば、政治家としての立場まで危うくなる。そう考えたあなたは、岩井に定期的な"欲"の発散をさせれば、大きな不祥事に繋がる事は無いと考えた。そして、"欲"のターゲットとなったのが、長門佳澄さんだった…。
あなたは、岩井に長門佳澄さんの住所や帰宅ルートを流し、犯行を促した。そうよね? 」
梓の確認に対し、大量の冷汗を滴らせる、窪田。
「まぁ、殺人は全くの想定外だったんだろうけど」
窪田を冷めた目で見下す、深月。
「焦ったあなたは、大嶋と渡辺を使って、事件そのものを揉み消した。どう揉み消したかについては、あなたが自供した通りね」
日中に録音した音声データを再生した、陽菜。
「だけど、3年が経ったある日、その隠蔽に綻びが生じた。
次期総裁として名前が上がり始めたあなたに、渡辺が強請りを入れた。大方、重要ポストの要求でしょう。
その上、そのタイミングで大嶋までも、過去の事件を餌に金銭を要求してきた。
次期総裁になるかならないかの大事な時期よ。あなたは、2人と予てより疎ましく思っていた岩井を消すことにした。長門佳澄さんと恋人関係にあった、小川裕司に全ての罪を被せてね」
遼子が突いた核心に、遇の音も出ない、窪田。
「小川裕司が、将官執務室で真相を聞く事になったのも偶然じゃない…。聞かせる為に呼び出した。彼女の死を受け容れられない小川であれば、3人に探りを入れると踏んで。
思惑通り、現場に現れた小川は、スキャナーに検知され、第四課の目が小川へ向いた」
愛華によってホロ展開された将官執務室での映像を観た窪田は、「どこでその映像を…」と狼狽えた。
「挙句、犯人に仕立てられた小川さえも確実に殺す為に、第四課をも使おうと画策したわね? 特課が動く、猟奇殺人まで演出して」
梓は、隠蔽の為に公安庁をも巻き込んだ事実を指摘した。
立て続けの追及に、窪田の我慢も限界に達し、汚い唾液と共に怒号を飛ばす。
「仕方が無いだろう…。私は、この国に必要な存在だ。トップになるべき存在なんだ。それを阻む者は排除しなくてはならない!!! 」
私利私欲に塗れた怪物による罪の正当化が、抑えていた空の怒りを煽る。
「ふざけるなよ。卑怯者が!!! 自分の手を汚す事なく、高みから見下すだけの悪党が、この国に必要だと? 笑わせんじゃねぇよ! 」
空は、怒りのままに窪田の襟を掴んだ。引金に掛けた指に力が入り、エンフォーサーを持つ手が小刻みに震える。引金を引けばそれで終わり。そうしないのは、怒りで殺せば執行では無く復讐だと、理性がストップを掛けたからだった。
理性と怒りの狭間で葛藤する空の腕に、そっと手を置く、梓。まるで熱冷ましのようにボルテージが下がると、空は深呼吸の後、窪田の襟から手を放した。
「お前の誤算は、第四課が小川を執行しなかった事だ。だから、"誰か"に狙撃させた…。そして、その誰かも都合が悪くなれば消す。そうだな? 」
冷静さを取り戻した空は、窪田が犯す次の犯罪について訊ねた。しかし、当の窪田は、きょとんとした顔付きで訊ね返す。
「ま、待ってくれ。小川裕司は、公安庁が執行したんじゃないのか?
お前達の指摘は正しい。全て認める。だが、小川裕司の狙撃は誰にも指示していない。
私は───」
唯一の無実を主張する為立ち上がろうとした、窪田。直後、パンッという銃声が室内に響いた。
銃弾は、窪田の左側頭部を貫き、畳へとめり込んだ。
刹那、もう一発の銃声が轟く。一同が、銃声の方へと目を向けると、右手に拳銃、左手にタロットカードを握り締めたまま事切れている、男性秘書官の姿がそこにあった。