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公安四課  作者: やん
49/52

FILE.48 失楽園

公安庁専用機内。


過呼吸患者のような荒息(あらいき)が、機内に木霊(こだま)する。力無く倒れるように、座席(ざせき)に座る、愛華(あいか)


対面に座る"結城巧(ゆうきたくみ)"は、機械部分が一部露出した状態で、部品(がらくた)と成り果てていた。


「まさか、拳銃(コレ)が役に立つ日が来るなんて…。また、助けてくれたね」

愛華が握る自動拳銃オートマチック・ピストルは、1年半前の暴動で、識別スキャナーを無効化するピエロ面を着けたテロリストから奪った物だった。

人殺し目的で造られた武器(ソレ)を使う事に、当時は葛藤(かっとう)もあった。しかし、命を()けた銃撃戦から救ってくれたのが、この拳銃(ピストル)というのも事実。いつしか愛華は、この拳銃(ピストル)御守(おまもり)のように思い、暴動後、一度は押収品(おうしゅうひん)として手放したが、特課(とっか)権限を行使し、所持していた。


拳銃(ピストル)を見て、物思いに(ふけ)ていた時、機内アナウンスが流れる。


『当機は、間もなく目的地に到着します。自動操縦による着陸のため、多少の衝撃が予測されます。シートベルトをお締めください。』


アナウンスにハッとした愛華は、窓から外を見た。一面を木が生い茂る森の中、ポツンと施設が建っている。敷地内に着陸すれば、面倒な入館許可も不要だと考えた愛華は、デバイスを操作し、機体の着陸地を設定した。


機体は、重厚な扉とセキュリティードローンの上を()えると、機体がまるまる収まる程の芝に着陸した。


着陸を確認した愛華は、エンフォーサーをその場に置き、拳銃(ピストル)に「お願いね」と呟くと、そのままレッグホルスターに(おさ)めて席を立った。



新東京庁舎タワー 地下6階フロアー 最深議事室。


「本当にあるなんて…」

深淵(しんえん)に続く隠し階段を(のぞき)き見る、(あずさ)。まるで、心霊スポットの最深部を前に、生物が持つ生存本能的な恐怖から足が(すく)む感覚に襲われ、流石(さすが)の梓と言えど、一歩が重く感じた。


「あの日、木嶋(きじま)さんと宮下(みやした)くんもこういう気持ちだったのかな?」

陽菜(ひな)は、広げた(てのひら)からミツバチドローンを飛ばしてみたが、1メートル程度飛んだところで、急に意識を失ったかのようにヨロヨロと地面に落ちた。


「ここから先、外部電波の遮断だけじゃ無さそうね。空間内も電波を妨害している」

陽菜のデバイスには、通知エラーのメッセージが表示されていた。


文字通り、隔絶された別世界に2人は一歩を踏み出した。



水道局水生産施設 中央制御室。


「何のつもりだい? 」

新宮那岐(しんぐうなぎ)は、後頭部に(じゅう)を突き付けられながらも、()みを浮かべる。


「お前の野望はここで終わりだ。新宮那岐(しんぐうなぎ)

空は、ゆっくりとハンマーを下ろし、引金に人差し指を掛けた。

赤く帯びた瞳光(どうこう)に込められた殺意は本物だ。新宮(しんぐう)は背に突き刺さる殺意を受け、静かに目を閉じた。


「それはどうかな? 」

息を()くように、フッと微笑(ほほえ)んだ直後、瞬時に身を(かが)めた、新宮(しんぐう)


咄嗟(とっさ)にして、(またた)()さえ無い刹那(せつな)


空が引金を引いたとほぼ同時に、パンッという銃声(じゅうせい)が、静寂(せいじゃく)に波及する。


弾丸(だんがん)は、新宮(しんぐう)(かみ)(かす)めて、モニターに着弾(ちゃくだん)した。被弾したモニターは、(たま)を中心に、小さなクレーターができ、周囲は細かいヒビが入った。しかし、巨大モニターからすれば、全体の1%に過ぎない負傷だったようで、被弾箇所以外の映像は問題なく映っていた。


そんなモニターを気にする()も無く、新宮(しんぐう)剃刀(カミソリ)を取り出し、(じゅう)を持つ、空の右手首ごと斬りに掛かった。

空も負けじと、()いた左手で剃刀(カミソリ)を持つ新宮(しんぐう)の右手首を掴むと、再び拳銃(けんじゅう)の引金を引く。


パンッ…。

硝煙(しょうえん)が充満する中、右手首を掴まれた空は、紙一重で新宮(しんぐう)を仕留められずにいた。


互いに右手首を左手で掴み合う格好。力は拮抗(きっこう)し、集中力の差が勝敗を決する状況だった。一瞬の気の緩みが、死へと繋がるギリギリの(せめ)ぎ合いに、新宮(しんぐう)は湧き出す喜びを堪えきれず、空に問い掛ける。


(たの)しいよ。井川空(いがわそら)。生まれて初めて、この世界が色付いて見えるくらいに。

僕はね。今まで世界が灰色に見えていた。管理された社会の中で、決められた人生に何の疑念も(いだ)かず、色の無い人生を(まっと)うする国民。その中で、僕だけが違った。だから、人と違う事をしてはみたが、見える景色に色は付かなかった。

君も同じじゃないのか? 僕らは似た者同士だ。他者との間に一線を引き、共感する事なく生きてきた。元より生きている実感が無いからだ。それでも、生を感じようと、死が付き(まと)う刑事の道を選んだ。そして、今、似た者同士で殺し合う事に愉悦(ゆえつ)を感じている。そうだろう?」

心を見透かすような新宮(しんぐう)の言動に、心がざわつく、空。

その(わず)かな隙間(すきま)()かれ、新宮(しんぐう)は右手首を(ひね)った。


意表を()かれた空は、拳銃(けんじゅう)を落とすと共に、抑えていた新宮(しんぐう)の右手首の力を無意識に(ゆる)めてしまう。

それを見逃さない新宮(しんぐう)は、強引に空の左手を振り(ほど)き、上から剃刀(カミソリ)を振り降ろす。


血飛沫(ちしぶき)(ちゅう)を舞い、ポタポタを地に落ちる。


左肩から(ひじ)にかけて、縦に真っ直ぐ伸びた赤い裂け目。痛々(いたいた)しく、血が指を(つた)って床へと落ちる。

激痛(げきつう)に身を(うず)める事ができるのなら幸せだろう。しかし、新宮(しんぐう)を前にして、そんな余裕は無い。


空は、右手で裂け目を圧迫し、止血を試みる。当然、激痛(げきつう)から顔は(ゆが)み、息は荒くなる。それでも、新宮(しんぐう)から視線を()らす事なく、睨み続けた。


お互い、1メートルの間合いを(たも)ち、攻撃のタイミングを図っていた。


数分間の(にら)み合いの末、先に仕掛けたのは新宮(しんぐう)だった。右手から左手へと持ち替えた剃刀(カミソリ)を、負傷した空の左肩を目掛けて、線を引くかのように振った。


その瞬間、新宮(しんぐう)の予想を超えた行動に出た、空。負傷した左肩を捨て、新宮(しんぐう)の顔面に向けて(こぶし)を放った。

剃刀(カミソリ)は、縦の裂け目と垂直に肉を抉る。しかし、それをお構い無しに放つ空の(こぶし)は、ボクサーが放つパンチのような重たい衝撃となって、新宮(しんぐう)左頬(ひだりほお)を直撃した。


あまりの衝撃に剃刀(カミソリ)から手が離れ、その場に叩き付けられるように倒される、新宮(しんぐう)

空は、肩に(えぐ)り込んだまま刺さった剃刀(カミソリ)を引き抜くと、大量出血さえも(いと)わず、起き上がった新宮(しんぐう)の胸を力いっぱい斬り裂いた。


新宮(しんぐう)真白(まっしろ)な服が、赤く染まる。予期しない負傷に、荒息(あらいき)を立て、冷汗(ひやあせ)(したた)らせる、新宮(しんぐう)

傷口を右手で()れ、べっとりと付いた血を見て、自身が()った傷の深刻度を理解すると、(にら)むように空を見た。


「確かに、俺は他者との(あいだ)に一線を引いてきた。そういう意味で、俺とお前は似てるよ。だけどな、お前との殺し合いに(たの)しさなんて微塵(みじん)も感じちゃいない。

利用される為だけに産み落とされ、たった1人、(みじ)めに生きてきたのが(うら)めしいんだろ? お前は、孤独に耐えられなかっただけの弱者だ。仲間外れは嫌だと泣き喚いてる子どもと変わらない」

空自身、新宮(しんぐう)との共通点や類似点を認識しつつも、同類では無いと否定するのには、明確な理由があった。それは、2人を分ける上での決定的()つ、絶対的な差。

その理由とは、絶対的な信頼関係で結ばれた者がいたかどうかだ。空には、生まれながらに(あずさ)という唯一無二の存在がいた。そして、梓が中学に上がってからは、遼子、陽菜(ひな)、深月がいて、高校生になってからは(しずく)がいた。そして、(すご)した日月(にちげつ)は少ないが、その輪に愛華が加わった。

他者から見れば、信頼の置ける人物が少なく映るかもしれない。しかし、空には十分だったのだ。


一方、新宮那岐(しんぐうなぎ)にそのような人物はいない。劉睿泽(リュールイジェ)といえど、利害関係に()ぎないのだ。


2人の間には明確な差がある。しかし、裏を返せばそれだけだ。環境が、境遇が、運命が違えば、立場は逆だったかもしれない。


だからと言って、空は新宮(しんぐう)を理解するつもりは無い。理解すれば、これまでの人生を否定するような気がしたからだ。(ゆえ)に、空は全プライドを()けて、新宮那岐(しんぐうなぎ)という、人間にもなりきれず、AIにもなりきれない(あわ)れな男を否定しなければならないのだ。


空の想いなど他所(よそ)に、新宮(しんぐう)(さと)られないよう周囲を見渡す。目に止まったのは、空の手からから弾き飛ばした拳銃(けんじゅう)だった。

出血の量を考えれば、あまり大きな動きはできない。空の意識を論争に向ける為、新宮(しんぐう)は反論し始めた。


「面白い事を言うな。孤独だと? それは僕に限った話か? この社会に孤独で無い者など誰がいる?

他者との繋がりが自我(じが)の基盤だった時代など、とうに終わっている。誰もが、国民管理システム(〖クババ〗)の規範に沿って生きる社会では、人の輪など必要ない。皆、小さな独房の中で、自分だけの安らぎに飼い慣らされているだけだ」

空の全意識が論争に向いていたと確信した新宮(しんぐう)は、動き出す。右へ倒れ込むようにダイブすると、転がる拳銃(けんじゅう)に手を掛ける。

瞬時(しゅんじ)(じゅう)を向け、その引金に指を掛けた。


パンッという一発の銃声(じゅうせい)が室内に(とどろ)いた。


空は、銃声(じゅうせい)の方へと目を向けた。硝煙(しょうえん)立ち(のぼ)(じゅう)を持っていたのは遼子だった。


新宮(しんぐう)が引金を引く直前に、出入口から発砲(はっぽう)した遼子の銃弾(じゅうだん)が、新宮(しんぐう)の持つ拳銃(けんじゅう)貫通(かんつう)し、無力化していた。その距離、50メートル。射撃の達人である、遼子だから()せる技だった。


しかし、遼子の狙いは、新宮(しんぐう)による攻撃の無力化では無い。硝煙(しょうえん)霧散(むさん)する程の疾風(しっぷう)が、遼子の真横を通り過ぎる。


そして、その影は新宮(しんぐう)の背後に回ると、死角からダガーナイフで襲い掛かった。


「そこまでです」


その声に、影はピタッと動きを止めた。


影の正体は、深月(みづき)。そして、遼子とは線対称の出入口から聞こえた制止の声。それは、愛華だった。


「全員、そこまでです。武器を()てて、両手を頭の(うしろ)ろで組みなさい」

自動拳銃オートマチック・ピストルを構え、一歩ずつゆっくりと部屋に入る、愛華。


遼子は、愛華を見つめながら、拳銃(けんじゅう)を足元に落とすと、遠くへ()り払った。

それを見ていた深月も、あと数歩で新宮(しんぐう)首元(くびもと)という位置まで迫っていたが、後ろに数歩下がり、ナイフを落として、両手を挙げた。


愛華は、空と新宮(しんぐう)にも拳銃(ピストル)を向け、降伏を促した。

それに対し、小さな溜息(ためいき)()いた空は、落とした剃刀(カミソリ)を足で払うと、両手を頭の後ろで組んだ。


愛華によって、元第四課の3人が制圧された状況だったが、新宮(しんぐう)だけは()みを浮かべる。


「何をしている? 新宮那岐(しんぐうなぎ)。あなたも両手を頭の…」

命令途中で、モニター画面が消え、光源となるような避難灯も含めた室内照明も全て消え、文字通り真っ暗闇に包まれた。


停電は1分程度で復旧したが、新宮(しんぐう)の姿は、その場から消えていた。


「しまった…」

愛華は、(くちびる)()んだ。


新宮(ヤツ)は、まだこの施設のどこかに潜んでいる。追わなきゃ…」

新宮(しんぐう)を追おうと動き出した空だったが、激痛から左肩を押さえてしゃがみ込む。


「無茶だよ」

深月が駆け寄り、心配の表情を浮かべた。


「すぐに止血しないと」

遼子は、ポケットから出したハンカチを口に(くわ)えると、ビリビリと音を立て破いた。本来ならば、消毒の上、傷口を()わなくてはいけない状況だが、そんな救急セットを持ち合わせてはいない。

最低限、出血死だけは避けるべく、破いたハンカチを巻こうとしたその時、愛華がスッと消毒薬を差し出した。


よく見ると、愛華の(うし)ろから膝丈サイズの小型ドローンが顔を覗かせ、応急手術セットを運んでいた。


「感染症を起こして壊死すれば、腕を切らなきゃならなくなります。使ってください」

愛華から消毒薬を受け取る、遼子。


置いて行った事について思う事もあるだろうが、何も言わない、愛華。それを(さっ)して、遼子も気まずいながら「ありがとう」と言葉を交わした。


そんな中、立ち上がろうと無理をする、空。

悠長(ゆうちょう)に休んでなんかいられない。新宮(ヤツ)は、逃げた訳じゃない。必ず仕掛けてくる。その前に新宮(ヤツ)の息の根を()めなきゃ…」

相当な激痛を伴っているはずだが、新宮(しんぐう)を仕留めようとする空の目は、刑事のソレでは無く、獲物を前にした猛獣(もうじゅう)のソレだった。


「その傷では、まともに追えませんよ。例え、傷を()ってなかったとしても、今の空さんに新宮(しんぐう)を追わせはしません。絶対に、空さんをただの人殺しにはさせません。遼子さんと深月さんもです」

ピシャリと物申す、愛華。殺意に満ちた空すらも黙らせる程に、強い目をしていた。


「じゃあ、俺達を拘束して、愛華ちゃん1人で追うっていうの?」

(きょう)()めたかのように、溜息を()く空の質問に対し、愛華の表情は(ほど)け、微笑(ほほえ)んだ。


「そこまで無謀じゃありませんよ、私。

新宮(しんぐう)は逮捕します。そして、国民管理システム(〖クババ〗)による裁きでは無く、国民の総意の(もと)、裁きを受けさせます。その為に、空さん、遼子さん、深月さんの力が必要です。手伝ってください」

愛華は、空の手にアネスシーザーの銃弾(じゅうだん)を渡し、それぞれが持つ銃弾(じゅうだん)を渡すよう手を出して要求した。


「アネスシーザーの銃弾(じゅうだん)ですが、普通の拳銃(けんじゅう)でも使えるはずです。新宮(しんぐう)は、これで眠らせるだけ。それ以上の事をしようとしたら、私は皆さんの足を()ちます」

愛華の決意と自身に満ちた表情を見て、刑事(デカ)として、命を預けられるパートナーだと認識した、空。拳銃(けんじゅう)から銃弾(じゅうだん)を抜くと、全て愛華に手渡した。


「驚いたね。刑事の素質はあると思っていたけど、まだもう少し可愛げがあっても良かったと思うよ」

空の微笑(ほほえ)みに、愛華も微笑(ほほえ)みで返す。


治療が終わり、立ち上がる、空。

部屋を出ると、愛華・空チーム、遼子・深月チームに別れて左右に散った。



新東京庁舎タワー 地下施設。


梓と陽菜は、無限にも思えた階段を(くだ)った末、だだっ広いワンフロアに辿(たど)り着いた。


広さはおよそ100坪程度の正方形な空間。床から3メートル程の高さの天井には、1メートル四方のLED照明が全面に敷き詰められている。壁は、地下6階と同じく、鉄板パネルで構成されていた。


「ここが最下層って訳じゃなさそうね」

あまりにも殺風景なフロアを見渡す、梓。


「中間地点かしら。ここまで、階数換算すると10階から20階相当を(くだ)って来たと思うし、あと同じくらいか、半分は残っていると思っていた方が良いわね」

陽菜は、壁を確かめるように手を触れては、何らや取り付けていた。


「さっきから一定間隔で付けてるソレって? 」

梓は、陽菜が壁に付けていた手の平サイズの丸型のモノを指差した。


ソレを壁に付けた途端、(あし)のようなモノが生え、ガッチリと鉄板パネルにしがみ付いた。


「気付いてたのね。この子は通信用ドローンよ。もちろん、この空間全てに電波を遮断する何らかの仕掛けが(ほどこ)されてるから、無線の簡易基地局は使えない。だから、ドローン(かん)を有線で繋いで、電波の通じる外と通信させているの」

陽菜が、壁に付いたドローンにデバイスを向けると、黄色に光るウネウネとした2本の触手(しょくしゅ)が現れた。その触手(しょくしゅ)は部屋の外へと勢い良く伸びた。


「なるほどね。相変わらず用意周到ね」

ニッコリ微笑(ほほえ)む梓に、陽菜も微笑(ほほえ)みを返した。2人は無言で(うなず)き合うと、下へと繋がる階段へと走り出す。


その時、一発の銃声(じゅうせい)(くう)()く。


「そこまでだ」

振り返る梓と陽菜の前に立っていたのは、銃口(じゅうこう)を向けた雫だった。


陽菜が後ろを見ると、鉄板パネルがクレーターのように破裂している。もし、梓と陽菜のどちらかに命中していれば、当たった方は確実に死んでいただろう。そうならなかったのは、雫が"敢えて"外したからだった。


「どうして"わざと"外したの? 」

梓は(たず)ねた。


「殺すつもりは無い。もう良いだろ? 梓。

さっき、愛華から空が無事だったと知らせが入った。今は、遼子、深月とも合流し、新宮那岐(しんぐうなぎ)逮捕に向けて動いているそうだ。お前達の目的は、新宮那岐(しんぐうなぎ)から空を奪還する事だったはず。だったら、もう国家に背を向ける必要なんて無いはずだろう? 」

苦しそうな表情でエンフォーサーを向ける、雫。妹子(でし)であり、仲間であり、どこか妹のように思っていた梓に対し、殺人銃を向ける事が何よりも辛く、心に重くのしかかっていた。

だからこそ、空の無事を伝えたのは、国家叛逆(こっかはんぎゃく)という犯罪行為を思い留まってほしいという淡い期待からだった。


空の無事を知り、一瞬ホッとした表情を見せた梓だったが、すぐに表情を戻すと、動機を話し始めた。


「いいえ。それが全てでは無いのよ。雫さんも知ったはず。国家の…いえ、国民管理システムの真相を。

この国は、民主主義国家の体裁(ていさい)をした国民管理システム(〖クババ〗)による独裁国家だった。国民はその統治下で、教育という名の洗脳を受け、社会を成り立たせる家畜として飼い慣らされてきた。当然、表面的には楽園を(よそお)ってね。

でも、実情は違ったわ。国民管理システム(〖クババ〗)の意に沿わない、異端分子は影で徹底的に排除されてきた。その一端(いったん)が、生体スキャニングによる見える化だったし、エンフォーサー、アネスシーザーによる執行だった。

この国の中心にそんな独裁者が居座る限り、死んだ者扱いされた空や、厄介者の私達が生きていけるかしら?」

独裁社会に何の希望も見い出せない、梓。クーデター実行の判断に後悔は無い。そんな彼女が唯一悔やむとするならば、生き抜く為に残された手段が、()しくも宿敵である新宮那岐(しんぐうなぎ)の目的と一致してしまった事だろう。


「確かに、国民管理システムなんて(ろく)でも無いモノだった。だが、その実態は(すで)露呈(ろてい)した。今、各地で起きている暴動は、国民管理システムへの反発だ。お前達が危険を犯してまでシステムを終わらせるまでも無く、暴動の末に国民がシステムを終わらせる。それを待てば良いだろう。

このままじゃ、お前達はただのテロリスト。犯罪者だ。下手をすれば、国家の闇を隠す言い訳にだって利用されてしまう」

雫は必死だった。刑事としての復帰は叶わなくとも、この騒動後も梓達にはこの国で生きていてほしいと願っていた。しかし、梓と陽菜の行動は、真逆の結果を(まね)こうとしていた。このままでは、テロリストという汚名を着させられたまま、何かしらの理由をつけては国家によって殺害されてしまう事が目に見えていた。

そういった状況で、雫の心中は焦りと苛立ちが絡み合っていた。


対する梓は、雫の想いを承知していた。しかし、同時にそれが夢物語であり、理想論である事も理解していた。

仮に時間を掛けて国民管理システムが崩壊したとしても、その過程で新たなトップが()えられ、同じ事が繰り返される。それは歴史が証明している。

つまり、国民の反発によって新たな体制が築かれたとしても、そこに梓達の居場所は無いのだ。だからこそ、梓達が生き抜く唯一の手段は、梓達自身で国民管理システムを破壊し、その混乱に乗じて、国外に逃亡することだった。


「私達は、別に正義のヒーローになりたい訳じゃない。私達の行為は、どういう言い訳を並べ立てても犯罪よ。それは分かっているわ。

だけど、いつ成し()るかも分からないシステムの終焉(しゅうえん)を指を(くわ)えて待っていられる程、私達の気は長くは無いわ。私達の生きる道は、私達自身で作る。それを邪魔する国民管理システム(〖クババ〗)はここで排除する。

もし、立ち(はだ)かるのなら、雫さん…あなたも排除するわ」

梓は、雫に拳銃(けんじゅう)を向けた。


「もう言っても聞かない……か」

諦めたように溜息を()くと、エンフォーサーを梓に向ける、雫。


エンフォーサーの脅威が陽菜から外れた事を確認した瞬間、梓は陽菜の名前を叫んだ。

「陽菜!!!」


梓の声に合わせて階段へと走り出す、陽菜。それを阻止(そし)しようと、雫は陽菜にエンフォーサーを向けたが、銃口(じゅうこう)の直線上に立った梓によって(はば)まれる。


階段を(くだ)る瞬間、2人の様子を心配そうな眼差(まなざ)しで見つめた陽菜は、振り切るようにその場を(あと)にした。


「覚悟はできているんだろうな? 」

鋭い視線を向ける、雫。


「えぇ。だからあなたの前に立っている」

拳銃(けんじゅう)とレッグホルダーを足元に置き、ジャケットを脱ぐ、梓。袖を(まく)り上げると、深々と深呼吸した。


そして、腕を前にシラットの基本構えを見せる、梓。


覚悟を決めた相手の本気を見た雫は、その綺麗な構えに一瞬目を奪われた。そして雫もまた、エンフォーサーを床に起き、ジャケットを脱ぎ捨てると、武術家としての表情に変わる。目の前に立つ者を妹子(でし)では無く、1人の対等な相手として認めた瞬間だった。


気迫(きはく)がぶつかり合う張り詰めた空気の中、2人(そろ)って足を踏み出す。お互いの闘気と想いがその場を支配した。



新東京庁舎タワー 地下施設最下層。


永遠にも思えた長い階段を(くだ)りきった陽菜の目の前に、ドーム型の巨大な部屋が姿を現した。中に入るには、部屋の前に設置されたコンソールを操作して、扉を開けなくてはならない。早速(さっそく)、陽菜はコンソールにデバイスを繋げ、解析し始めた。


解析率0.8%。


陽菜の技術を(もっ)てしても、扉を開けるには時間がかかる事を予見し、全意識を解析に集中していた。


解析率が6%まで進んだ所で、陽菜は背筋に凍るような悪寒(おかん)を覚えた。まるで黄泉(よみ)から()い出た瘴気(しょうき)に背中から心臓を掴まれるような感覚。


陽菜は、解析を自動に切り替え、恐る恐る振り向いた。


そこに立っていたよく知った顔に目を()く、陽菜。

天宮(あまみや)…局長…」


当然、天宮碧葵(あまみやみき)の皮を被った、国民管理システム(〖クババ〗)の管理者・那巫(なみ)である事は理解していた。目を()くほど驚いたのは、那巫(なみ)は屋上ヘリポートで木嶋丈太郎(スマイルマン)に射殺されたはずだった。しかし、目の前にいるのは紛れもなく天宮碧葵(あまみやみき)の姿をした那巫(なみ)。それも無傷だ。


正体を確かめなくてはならない。しかし、現実はそう優しく無い。

那巫(なみ)は手にしたエンフォーサーを陽菜に向けると、引金を引いた。


咄嗟(とっさ)の判断で(かわ)した陽菜は、受け身体制のまま、向けた拳銃(けんじゅう)発砲(はっぽう)した。

銃弾(じゅうだん)は、見事に那巫(なみ)の右眼を(つらぬ)いた。機能停止するかのように、那巫(なみ)(ひざまず)き、前へと倒れた。


一安心からか溜息(ためいき)()く、陽菜。立ち上がろうとした瞬間、再び悪寒(おかん)が陽菜を襲う。


反射的に、身体を右へと倒したが左肩(ひだりかた)に激痛が走る。左肩(ひだりかた)の一部が(えぐ)れ、血が溢れ出ていた。幸いな事に、倒れた事が(こう)(そう)して、骨までは(えぐ)れてはいない。


激痛に意識が遠退(とおの)きそうになりながらも、前を見るとそこにはエンフォーサーを構えた、那巫(なみ)が立っていた。


おかしい…。那巫(なみ)は数分前に()ったはず…。


確認するように、()ち殺して倒れたはずの那巫(なみ)を見ると、確かにそこには那巫(なみ)が倒れている。


陽菜は、その矛盾と自身の置かれた状況理解し、苦笑(くしょう)した。

「そういう事…」


絶望を前に顔を上げる、陽菜。目の前には無数の那巫(なみ)結城巧(ゆうきたくみ)の姿をした宿那(すくな)がエンフォーサーを向けていた。



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