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公安四課  作者: やん
48/52

FILE.47 虐殺器官

「お…おい、(うそ)だろ…。公安のトップが機械人間(AI)? 」


巨大街頭モニターに映る、公安庁ヘリポートの始終(しじゅう)を目にした国民は、異形と成り果てた公安庁局長の姿に言葉を失う。


そして、絶望に()られたのは、街頭モニターの前にいる者だけでは無い。

あるホロモニターには、隠匿(いんとく)された地下施設の中心で、まるでルービックキューブのような巨大な立方体に個々人の情報がリアルタイムで記録、更新されている(さま)が映し出されていた。撮影したとみられる男は、高揚(こうよう)した様子で、国民管理システムの真実だと豪語し、命を散らした。死の間際(まぎわ)、男は(みずか)らを劉睿泽(リュールイジェ)と名乗っていた。


また、ある個人デバイスには、公安庁局長である天宮碧葵(あまみやみき)が個室で誰かと話している様子が映されていた。天宮(あまみや)本人の口から語られる国民管理システムの真相と、それを管理するAIの存在。そして、天宮(あまみや)は対談する者の名を口にした。那岐(なぎ)と。


街頭モニターや各家庭のホロモニターのテレビ回線、ネット配信、個人のデバイスに至るありとあらゆる通信網は占拠され、国家が直隠(ひたかく)しにしてきた真実が(さら)された。


これまで、最大幸福を(うた)ってきた国家の素顔が、独裁者の支配と管理によって造られた家畜社会だったという事実は、ストレスに免疫の無い国民の心を(むしば)み、心に巣食(すく)った狂気を芽吹(めぶ)かせた。


そして、狂気に覚醒(めざ)めたのは一般国民だけでは無く、公安庁の捜査官も(しか)りだ。国民管理システムに忠実なる下僕(しもべ)として、忠誠を誓った国家の素顔が怪物(システム)だと知り、大義は狂気に呑まれていった。


識別スキャナーが機能不全に陥った今、抑止力は存在しない。

ある者は恐怖から目を(そむ)け暴力へと傾倒し、ある者は精神崩壊により心を(とざ)し、ある者は他力本願な祈りで事態収束の時を待った。


そんな状況を表現するかのように、(しずく)のデバイスに表示されたマップは、エリアストレスの異常を知らせる警報(アラート)カラーで真っ赤に塗り潰されていた。



公安庁 屋上ヘリポート。


部品(がらくた)と成り果てた、局長・天宮碧葵(あまみやみき)だったモノは、倒れているという表現より、転がっていると言ったほうが正しい。


「俺達が信じていたモノの姿がコレだ。国民管理システムなどという神は、所詮(しょせん)は独裁者気取りの機械に過ぎない。

この際だ。教えといてやる。国民管理システム(〖クババ〗)の管理者は、天宮碧葵(コレ)だけじゃ無い」

部品(がらくた)軽蔑(けいべつ)の意を向け、(あご)で指す、木嶋(スマイルマン)


「もう1人、お前らの中で息を潜めている奴がいる。そいつは、ゆ………」

木嶋(スマイルマン)がその人物の名を口にし始めた瞬間、数発の発砲音が(とどろ)いた。


ゴボッと球のような(かたまり)の血を()く、木嶋(スマイルマン)。銃弾は(ひたい)、左頸部、左胸、右腹と4箇所貫通し、患部周辺は弾き飛んでいた。そして、白目を()いた直後、崩れるようにその場で倒れた。


予期せぬ出来事に、愛華、雫だけでなく、(あずさ)陽菜(ひな)まで銃声(じゅうせい)の方を振り向いた。


4人が向けた視線の先に、エンフォーサーの銃口(じゅうこう)から硝煙(しょうえん)が立ち(のぼ)っていた。

そのエンフォーサーを覚束無(おぼつかな)格好(かっこう)で構えていたのは、結城巧(ゆうきたくみ)だった。


梓は、結城(ゆうき)(にら)み、舌打ちをした。


白羽衣(しらうい) 班長! 柚崎(ゆずさき) 副班長! ご無事ですか?」

結城(ゆうき)は、雫と愛華の(もと)に駆け寄ると、梓と陽菜に銃口(じゅうこう)を向けた。しかし、2人の姿はどこにもない。


「光学迷彩……」

雫は、やられたという表情で舌打ちし、周囲にデバイスを向けた。デバイスからは赤外線が放たれるが、反応は無かった。


「ダメだ。雲隠れしやがった」

姿を消した梓、陽菜の追跡を諦めた雫は、溜息(ためいき)()いた。


本来、光学迷彩とは、保護色のように周囲の風景と同化し、視覚的に見えなくする技術だ。したがって、人に限らず熱を持つ物体が放出する赤外線を遮断する事はできない。しかし、陽菜の技術は、熱をも遮断するに至っている。

つまり、2人がその場にいるのか、いないのかの判断もできなければ、識別スキャナーが機能不全に(おちい)っている今、追跡もできない状況だ。

こうなっては、2人の姿を(とら)える事に注力するより、2人の動きを予測し、先手を打つ方が懸命な判断だと言える。


しかし、国民管理システムの真実と局長・天宮碧葵(あまみやみき)の正体が全国民に暴露された今、梓と陽菜だけを追ってはいられない。それに、たかが暴露程度で新宮那岐(しんぐうなぎ)のテロが終わるとも思えない。また、新宮(しんぐう)に同行していると思われる(そら)と、姿を見せていない遼子(りょうこ)深月(みづき)の動向も考えなくてはいけない。

()すべき事は山積(さんせき)しており、本来は組織再編の上、公安庁の総力を使って全ての事案に対処すべきだろう。しかし、局長の存在そのものが(うそ)だった事実を、一般国民以上に受け入れられない捜査官は多いはずだ。最悪、メンタルアウトに(おちい)り、重篤(じゅうとく)なメンタル汚染である、山中リップハイマン症候群を発症しているかもしれない。その様な状況下で、とてもじゃないが捜査官としての(つと)めを果たす事などできない。


どう動くべきか…。

刻々と時間だけが過ぎ去り、対処法を見い出せずにいる状況に、焦りが(つの)り、爪を()む、雫。

雫は(すで)にパンク寸前だった。


そんな中、肩に何かが触れハッとする、雫。振り向くと、愛華が強い眼差(まなざ)しでそこにいた。


「手分けをしましょう」

愛華の一言で、渋滞を起こしていた脳内思考が徐々に緩和されていく。


「もうここに、梓さんと陽菜さんはいません。雫さんは2人を追って下さい」

強い眼差しを向ける、愛華。それに対し、雫は(うつむ)いた。

「だ、だが、2人の行方が分からない…」

雫には自信が無い。梓達4人は、空を追って動くと考えていた。しかし、どういう訳か、空のいない公安庁本部に戻り、姿を見せた梓と陽菜。かつての妹子(でし)は、(すで)に予測の範疇(はんちゅう)に無い存在だった。


「そんな弱音を()くなんて、雫さんらしくないですよ。2人の事…いえ、梓さんの事を誰よりも理解しているのは雫さんのはずです」

愛華の(かつ)に目を丸くする、雫。そして、雫は目を閉じ、大きく深呼吸をした。


「分かった。ありがとう。愛華」

感謝の言葉を口にする、雫。

雫は、愛華の刑事としての資質を認めていながら、まだ成長途中だと過小評価していた。だから、一人立ちできるまで、道を示し、導いてやらなきゃいけない。そう思っていた。しかし、刑事としてとっくに熟し、背中を預けられる一人前の存在になっていた。


今になってやっと、梓達が愛華を連れて行かなかった理由を理解した、雫。


「私は、新宮那岐(しんぐうなぎ)を追います。この場に姿を見せたのが梓と陽菜さんだけだった事を踏まえると、遼子さんと深月さんは新宮(しんぐう)を追ったと考えるべきです。私もこれ以上、新宮(しんぐう)の好き勝手を許すつもりはありません。今度こそ、仕留めてみせます。

結城(ゆうき)さん、付いてきて下さい」

愛華は、結城(ゆうき)を前に、()えて空の名前は伏せた。何故(なぜ)なら、公安庁の公式見解において、カルト団体・天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかいによる江ノ島シーサイドフロンティアの一件で、新宮那岐(しんぐうなぎ)拉致(らち)された(のち)、殺害されたとされているからだ。

空の生存が(おおやけ)になったとして、国家にとって都合の悪い存在であれば処分されるかもしれない。それは避けなくてはならない。愛華は、生存の事実を、雫との共通認識にだけ留めた。


だが、この判断に疑念を抱く者がいた。結城巧(ゆうきたくみ)だ。当然、空の生存を知る(よし)もない結城(ゆうき)にとって、この場に姿を見せなかった遼子と深月が新宮(しんぐう)を追っていると断言した愛華に疑問を(いだ)くのは必然だった。


「待ってください。どうして僕達は、姿を現した逃亡捜査官を追うのではなく、どこにいるのか、何を計画しているのかも分からないテロリストを追うんです? 」

愛華の指示に難色を示した、結城(ゆうき)


「今、社会の脅威になっているのは、逃亡中の竹内梓(たけうちあずさ)立華陽菜(たちばなひな)だけではありません。新宮那岐(しんぐうなぎ)は、次のテロに向けた周到(しゅうとう)な準備をしながら、今か今かと息を潜めているはずです。

国民管理システムの実態が暴露され、識別スキャナーも機能しない今だから、大混乱に乗じて仕掛けてくる可能性が高い。もし、水道局長が殺された事件の背後に新宮那岐(しんぐうなぎ)の存在があるのなら、次のテロの布石になる。それだけは阻止しないといけないんです」

愛華の力説にも、納得のいかない表情を浮かべる、結城(ゆうき)


「ですが、水道局長の殺害に新宮那岐(しんぐうなぎ)が関わっている証拠なんてどこにもありません。こんな事を言いたくはありませんでしたが、四課の皆さんは、新宮那岐(しんぐうなぎ)に執着し過ぎています。いや、取り()かれていると言っても良いくらいだ。何を根拠に、関与を断定しているんです? 」

結城(ゆうき)は、嫌悪感のある言い方で、四課の問題点を指摘した。


それに対し、愛華は冷静に答える。

「根拠ならあります。人が人を殺しているんです。通常なら、室内の識別スキャナーが反応する。それが無かったという事は、必然的に識別スキャナーに認識されない存在に殺されたという事になります。現状、そんな存在は新宮那岐(しんぐうなぎ)を差し置いていません」


「それは……。」

一瞬、言葉に詰まった結城(ゆうき)は、思い付いたかのように、口を開いた。

「しかし、100歩譲って、仮に新宮那岐(しんぐうなぎ)が水道局長を殺害したとして、次の目的も分からなければ、どういう行動をするかなんて尚更(なおさら)分からないじゃないですか。その上、居場所だって分からないんじゃ、追おうにも追えないですよ」

疑念を並べ立てる結城(ゆうき)に、水道局長殺害現場でも(いだ)いた、結城(ゆうき)に対する違和感を再び覚え、目を細める、雫。


「次の目的は分かっています。そして、それが新宮()の目指す場所でもある」

確信にも似た揺るぎない表情は、愛華の刑事としての信念の表れだった。


東海都水道局とうかいとすいどうきょく水生産施設(すいせいさんしせつ)です」

断言した愛華は、結城(ゆうき)が次の質問を繰り出す前に、ピシャリと言い伏せた。

「当然、結城(ゆうき)さんには疑問でしょう。何故(なぜ)水生産施設(すいせいさんしせつ)なのか、と。理由はあります。ですが、ここで議論していても時間を浪費するだけ。なので、行きながら説明します。異論は認めません。命令です」


そう言うと、愛華は結城(ゆうき)に気付かれないよう、(わず)か数秒間だが、雫と目を合わせ、何か意思のようなものを伝えた。雫も理解したかのように、小さく(うなず)く。


そして、愛華はその場を(あと)にした。困惑しながらも、愛華の後を追った。


ヘリポートに1人残った雫は、覚悟を決めるかのように深い息を()くと、デバイスを操作し、ある場所へ向かう最短ルートを検索した。


マッピングされた場所は、新東京庁舎タワーと表示されていた。



東海都管轄北関東地区 水道局水生産施設。


都会から隔絶(かくぜつ)された大自然。木々(きぎ)を始めとした植物は、伸び伸びと葉を広げては光を受け、蜜や木の実を(えさ)に集まる小動物や昆虫は、より強い物への(かて)となるか、土壌に栄養素を(かえ)す。それぞれが自然の摂理に従い生きる空間に、人が手が加える隙間は無い。一部を除いては。


鳥や小動物、昆虫の鳴き声が(つつ)ましくも、(いさ)ましく(かな)でる中、明らかな部外者が(はっ)する音が、周囲を不穏(ふおん)に包む。


夕日の光さえも木々(きぎ)(さえぎ)られた暗闇の中、意気揚々(いきようよう)と口笛を吹く、新宮那岐(しんぐうなぎ)唯一(ゆいいつ)舗装(ほそう)された細道を登った先に、目的地はあった。


後ろから付いて行く空の視界にも、目的地となる巨大施設が映る。


(いただき)に、場違いな程巨大な施設が鎮座していた。それは、君臨と言っても違和感が無いほど、周囲と別世界であった。


鋼鉄の門の前に立つ、警務ドローン。これが不法侵入を阻止する(とりで)なのだろう。しかし、識別スキャナーで認識できない男を前では、ただのガラクタ同然だった。


新宮(しんぐう)は、空が警務ドローンに探知されないよう、数メートル手前で止まるよう手信号を送ると、自身はドローンを素通りし、生体セキュリティー装置の前に立った。そして、カバンからタンブラーのような筒状の容器を取り出した。

筒状の容器は、ドライアイスを()らしながら機械的に開いた。


新宮(しんぐう)は、中から眼球と手首で切断された右手を取り出すと、順番に生体セキュリティー装置に(かざ)した。

すると、あれ程までに鉄壁だった扉は、意図(いと)容易(たやす)轟音(ごうおん)と共に開く。それと同時に、警務ドローンも道を明け渡すかのように左右に()け、機能を一時停止した。


新宮(しんぐう)は、笑顔で手招きすると中へと入って行く。空は、両脇に()けたドローンを見ながら中に入った。


数分後、警告音を伴う、黄色いパトランプが四方を照らすと、鉄の扉は轟音(ごうおん)と共に閉じ始めた。

2台の警務ドローンも与えられた使命を思い出したかのように、再び警備に()く。


開場時間は(わず)か5分。唯一(ゆいいつ)のセキュリティーは、防犯ドローンのみ。その唯一(ゆいいつ)ですら、撮影した映像を産業省(さんぎょうしょう)へ報告する事は無く、ただ記録として残すだけである。


だが、そのドローンは確かに(うつ)していた。新宮(しんぐう)と空。そして、その2人以外の人影を。



公安庁専用機内。


「そろそろ話してもらえませんか? 柚崎(ゆずさき) 副班長」

()い掛ける結城巧(ゆうきたくみ)には目を向けず、窓から地上を見下ろす、愛華。月明かりが、緑の絨毯(じゅうたん)に専用機の影を映していた。


「その前に、もうお芝居は辞めにしませんか? 結城(ゆうき)さん。いえ、国民管理システム(〖クババ〗)の管理者さん」

ようやく結城(ゆうき)の方へと顔を向けた愛華は、どこか悲しげな表情を浮かべているようだった。


「何の事です? 」

(しん)()く指摘に、驚く表情を見せると思いきや、意外にも冷静に問い返す、結城(ゆうき)


「あなたの経歴を調べました。2096年4月3日、父・貴文(たかふみ)、母・絢香(あやか)の3男として生まれ、国民管理システムの教育プログラムに沿って順当に成長し、大学卒業を()て、2118年に公安庁に入庁。第一課に配属された…。怪しい点など無い綺麗な経歴です。これが本当なら…」

愛華の疑念に目を細める、結城(ゆうき)


「ですが、栃内文彦(とちないふみひこ)(のど)から出てきたチップがきっかけで、その経歴が造られたモノだと分かったんです」

ポケットから取り出したチップを見せる、愛華。それを見た結城(ゆうき)は、これまでの態度を一変(いっぺん)させ、声を荒げた。

「一体何を言ってるんです? あのチップは、復元不能なレベルで破損していた。それをあなたが、あの場で証明したじゃないですか! 」


「確かに。元のデータは破損していました。でも、全ての情報をロストしていた訳じゃない。形を変えて、チップに保存されていた。雑音(ノイズ)という形で。

私も最初は、壊れている音声データを再生しようとした為に発生しているものだと思っていました。でも、何度も再生している内に、雑音(ノイズ)に規則性がある気がしたんです。

そこで、標本抽出(サンプリング)してみると、それはモールス信号だった。それがこの音です」

愛華がデバイス操作をすると、『ザーザッザッザーザー・ザッザッザー』という、単音と長音が意図的(いとてき)に入れられたメッセージが再生された。


「これを信号変換すると、『ユウキ』『カンリシャ』『スクナ』という言葉になります。当然、これだけじゃ意味が(わか)りませんでした。『スクナ』という言葉が特に。

でも、水道局からの帰路、電波ハックによって流れた映像を観て、意味を理解したんです。結城(ゆうき)さん、あなたもまた、天宮(あまみや) 局長…いえ、那巫(なみ)と同じく、国民管理システムを管理する【SHINGU】シリーズの1人。そして、本当の名は『スクナ』」

核心を()く愛華の指摘に、結城(ゆうき)は、一瞬眉間(みけん)をピクつかせた。


「副班長。あなたの言い分は全て憶測だ。それに、チップを残したのは、今や犯罪者化した"元"捜査官じゃないですか。信頼性なんて無いに等しい。そんな物を信じるだなんてどうかしている」

結城(ゆうき)が否定するように、状況証拠にすらならない疑惑の雑音(ノイズ)で、結城巧(ゆうきたくみ)=『スクナ』を決定付けるのが難しい事くらい、愛華は十分理解していた。

それ(ゆえ)、反論されても動じず、再び口を開いた、愛華。

「ええ。だから、裏取りしたんです。言ったはずです。チップの存在が"あなた"の経歴を調べるきっかけになったと。

そして、調べれば調べる程、あなたの経歴には偽造された形跡が無い事が分かりました」


「当然です。もう言い掛かりはいいでしょう? 」

証拠すら提示できない状況に、怒りよりも呆れ果て、落胆から深い溜息(ためいき)を吐く、結城(ゆうき)


一見、結城(ゆうき)の主張こそ優勢のように見えた押し問答。しかし、まるで将棋の勝負のように、愛華の一言で優劣は逆転する。

「いえ、それこそが違和感の根源だった」


「だって、存在しないはずの"あなた"の経歴が、情報として残ってるんですから。

そもそも、結城貴文(ゆうきたかふみ)結城絢香(ゆうきあやか)の間に3男なんていないんですよ。いえ、多少語弊がありますね。第3子は流産していたというのが事実です。

それに、あなたが卒業した学校の(ことごと)くで、名簿には名前が記録として残っているのに、あなたを写した写真は1枚も無い。

それじゃあ、あなたは一体誰なんですか? 」

愛華は、刹那(せつな)()で、結城(ゆうき)にエンフォーサーを向けた。


『エラー。対象に照準を合わせてください。』


エンフォーサーは、そこにいるはずの結城巧(ゆうきたくみ)を認識さえしなかった。それが意味する事は1つだけだった。


「これこそが証拠です。結城(ゆうき)さん。いえ、もう『スクナ』と呼ぶべきね」

愛華の指摘に、結城巧(ゆうきたくみ)は冷めた目で(にら)み返した。


何故(なぜ)新宮那岐(しんぐうなぎ)にエンフォーサーが反応しないのか、識別スキャナーに認知されないのかをずっと考えていた。

でも、よく考えれば、そんな事を疑問視する事自体が無意味だと気付かされた。

国民管理システムは、文字通り国民を管理する為のシステム。それ(すなわ)ち、"国民ではない"システム管理者(アドミニストレーター)たる【SHINGU】シリーズは、管理外の存在だった。

だから、管理者として創られた新宮那岐(しんぐうなぎ)は、存在しているのに認識されなかった。そして、当然ながらこの条件は、現在進行形でシステムを管理している【SHINGU】シリーズも同様よ。

識別スキャナーを撹乱(かくらん)するアイテムを使わない限り、全国どこを探しても、エンフォーサーが反応しない相手は、【SHINGU】シリーズだけ。つまり、エンフォーサーが反応しないという時点で、あなたの正体が【SHINGU】シリーズだという証拠になるのよ」

エンフォーサーを突き付けられた時点で、2人の決着は着いていた。愛華の追求に対し、最早反論は意味を成さない。


結城巧(ゆうきたくみ)の皮を破り、狂気の顔を覗かせた宿那(すくな)は、堪え切れずに嘲嗤(ちょうしょう)した。


「はぁー。ここまで露呈(ろてい)したのなら致し方無い」

結城(ゆうき)の目に映る0と1の羅列を目にした愛華は、息を()む。


「私は、国民管理システム(〖クババ〗)の管理者・宿那(すくな)。この国の管理者だ。

しかし、人間というものは何故(なぜ)もこう、一線を踏み越えたがるのか。用意された匣庭(はこにわ)の中、幸福を享受し生を(まっと)うすれば良いものを」

苦言を(てい)する宿那(すくな)は、まるで下等生物を見るかのような目で、愛華を見ていた。


それに対し、生まれながらに自身が盲信していた社会に失望感と嫌悪感を向ける、愛華。


「完全なシステムが聞いて(あき)れるわ。人間の探求は、歴史の反省から学び、より良い社会を作ろうとする個々の想いよ。国民管理システムの管理下にいるから幸せなんじゃない。私達は、それぞれの幸せを自分達自身で掴むために生活している。その障害になっている管理者(あなた達)なんて、最初から要らないのよ」

国民管理システムという社会基盤そのものを否定した、愛華。


国民管理システム(〖クババ〗)が定めた予定(プログラム)とは掛け離れた異端(イレギュラー)となった愛華の存在は、最早(もはや)システム管理者(アドミニストレーター)にとって邪魔な存在だった。社会(システム)(バグ)を放っておけば、その"想い"とやらが他者へと感染し、システム崩壊という結果にも繋がり兼ねない。


宿那(すくな)は、気付かれないように自身のエンフォーサーに手を掛けた。


「ほう。珍しく意見が一致したな」

目を細めた、宿那(すくな)。手に持つエンフォーサーは、いつの間にか愛華の胸に突き付けていた。


パンッ…。

一発の銃声は、機内に響いた。



水道局水生産施設 中央制御室。


関東圏の水道インフラを一手に受持つこの施設。広大な敷地の中でも、巨大モニターとコンソールが四方に置かれたこの場所こそ、この国の水を支える心臓部だ。

関東圏の水は、全てこの部屋で制御された生産ラインによって作られ、水道局管を通して各家庭に至るまでの様々な場所へと配給されている。

また、各地に点在する水生産施設の総本山的な役割を(にな)っており、全国で唯一(ゆいいつ)、他の水生産へアクセスが可能だ。

そして、それらは全て自動で稼働しており、手動制御に変更するには、管理者による認証を必要としている。


新宮(しんぐう)は、眼球と右手を取り出し、コンソールに読み込ませた。すると、モニターに殺害された水道局長・栃内文彦(とちないふみひこ)の情報が表示。数秒も経たずに、"認証完了"というメッセージが表れた。


(うし)ろで様子を見ていた空は、新宮(しんぐう)に質問した。

「お前に1つ聞きたい」


(なん)だい? 」

新宮(しんぐう)の背後にいる空にとって、背中しか見えない状況で、新宮(しんぐう)は今どんな顔をしているのか分からないが、その声色(こわいろ)だけで表情を読み取る事ができた。


「お前が初めて、俺達の前に姿を見せた日、俺と遼子はJOKERメイクの男に、うちの梓と深月はペストマスクの男に襲われた。

その時の2人は、識別スキャナーには検知されなかったのに、エンフォーサーには対象として認識されていた。識別スキャナーもエンフォーサーによる照準判定もスキャニング原理は、国民管理システムを経由した生体情報判定だ。だが何故(なぜ)、認識の有無に違いが出たのか…。それが気掛かりだった」

四課が捜査中に不意討ちに合う事も、生死を伴うような負傷者を出す事も初めてだっただけに、空には負の記憶として脳裏に刻まれていた。それ(ゆえ)に、エンフォーサーが反応しなかった事実に対して、ずっと考えてきた。


「あの時はまだ"試作"段階だったんだ。原理は同じでも、エンフォーサーは検知は識別スキャナーより優遇される、そうだろ? だから、どこまでやれば、完全に国民管理システム(〖クババ〗)の目を欺けるのかを試していたんだ」

新宮(しんぐう)は振り向くと、事情通の如く、秘匿情報を口にした。そんな自慢話に興味の無い空は、冷ややかな目で新宮(しんぐう)を見ていた。


新宮(しんぐう)と会話をする以上、視線は新宮(しんぐう)に集中する。背後のモニターやコンソールは背景に過ぎず、見えてはいるが、見えているという意識に残らない。しかし、不意にモニターの映像が目に入り、一瞬目を奪われる、空。


「それに彼等も君達との殺し合いを望んだ。その結果、1人を(うしな)う事にはなったけど、遺体(いたい)から有用なデータを得ることができた。感謝しているよ。おかげで、完成したアンチスキャニングを量産する事ができたし、アンチスキャニングを持たせた石原丈(いしはらたける)は、君の足止めに十分役割を果たしてくれた。あっ、石原丈(いしはらたける)というのは、君達が言うところのJOKERだ」

新宮(しんぐう)は、にこやかに語ると、再びコンソールの操作をする為、モニター側へと身体(からだ)を向けた。


「なるほど…」

空は、(つぶや)くように一言だけ言うと、コンソールを操作する新宮(しんぐう)に静かに近付く。

そして、無言のまま、新宮(しんぐう)の後頭部に銃口(じゅうこう)を向けた。


コンソールを操作していた新宮(しんぐう)の指がピタっと止まり、その場の時も止まる。反目し合う両者の殺意が、空間を支配していた。



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