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公安四課  作者: やん
47/52

FILE.46 ニヒリズム

新宿区281- 水道局本庁舎 局長執務室。


高級感ある黒革の椅子(いす)深々(ふかぶか)と腰掛けたまま、男は冷たくなっていた。血飛沫(ちしぶき)が飛び散る卓上を、鑑識ドローンがせっせと動き回る。


入口扉に張られた立入禁止ホログラムを素通りする、(しずく)愛華(あいか)。現場では、先着の結城巧(ゆうきたくみ)と他捜査官2人が初動捜査をしていた。


相次ぐ捜査官の殉死(じゅんし)特課(とっか)捜査官の逃亡を受け、局長・天宮碧葵(あまみやみき)による緊急的な措置(そち)として、白羽衣雫(しらういしずく)を班長、柚崎愛華(ゆずさきあいか)を副班長に()え、課員に結城巧(ゆうきたくみ)、他2名を配置した、臨時的な第四課が発足(ほっそく)していた。


害者(がいしゃ)は?」

雫は、手袋を(くわ)えた口で()う。


栃内文彦(とちないふみひこ)。54歳。産業省(さんぎょうしょう)水道局(すいどうきょく) 局長です。前任の任期満了により、産業省からの天下りで局長に就任したのが10日前。昨日までは、各特区の水生産施設(すいせいさんしせつ)の視察や関係各所への挨拶周りで全国行脚(ぜんこくあんぎゃ)していたようです」

結城巧(ゆうきたくみ)は、デバイス情報を読み上げた。


「つまり、今日からこの座り心地の良い椅子(いす)で高給取りライフを満喫するはずだったって事だな」

嫌味ったらしく鼻で笑う、雫。


「恐らく、致命傷は頸動脈(けいどうみゃく)を切られたことによる出血性ショック死。両目の眼球は抜き取られ、両指全てが第二関節から切断されている…。雫さん、これ、何かの生体ロックを解除する為に殺されたのかも」

(のぞ)き込むように遺体(いたい)を見る、愛華。


「第一発見者は?」

雫の()いに、結城(ゆうき)はホロ情報を展開する。

「公設秘書官の保坂梨花(ほさかりか)。25歳です。今朝、死亡している栃内文彦(とちないふみひこ)を発見、通報に至ったようです」


結城(ゆうき)の報告を他所(よそ)に、指で遺体の下瞼(したまぶた)を引っ張り、眼球が抜かれた(あと)をペンライトで照らす、愛華。その光景は、何かに取り()かれたかのように異様だった。


「ちょ、ちょっと愛華さん!!! そんなの鑑識ドローンに任せれば…」

慌てて()めに入ろうとした結城(ゆうき)を、雫は無言で首を振り制止した。


「分かってます。でも、きっと"あの人達"ならこうする」

その手を止める事無く、今度は喉仏(のどぼとけ)周辺を触診(しょくしん)した愛華は、嵩張(かさば)る感触に違和感を覚えた。その正体を探ろうと、遺体の口から気道内の確認を試みたが、せいぜい扁桃(へんとう)が見える程度で、違和感の正体を探る事はできない。


愛華は、鑑識ドローンを呼んだ。


「気道と頸部(けいぶ)を集中スキャンして」

愛華の指示でスキャンし始める鑑識ドローン。

(あご)から鎖骨へと下に動いていた赤色のレーザー線光が一ヶ所で止まった。何かを検知したのか、今度は青色のレーザー光で部分的なスキャンをし始めた。


鑑識ドローンは、数秒程度でスキャニングを終えると、今度は被害者の鎖骨から頭までの3Dモデルを空間にホログラム投影し始め、喉仏(のどぼとけ)の下辺りに、長さ5cm程度の異物が埋め込まれているのを映した。


愛華は、(さなが)ら手術前の医者のように、ビニール手袋を手首まで引っ張ると、「メス」の一言と同時に手を差し出した。

鑑識ドローンが差し出した医療メスを受取ると、咽頭から気管へとスッと線を引く、愛華。切り口から半透明のプラスチック袋の(はじ)(のぞ)いていているのに気付き、切り口に手を突っ込み異物を取り出した。


「洗浄!」

愛華の指示を聞き、鑑識ドローンによる洗浄と殺菌で血が洗い流されると、スキャンで確認した長さ5cmの異物が姿を表した。


愛華は、ビニール手袋を外すと、袋からチップを取出し、デバイスで簡易解析を試みる。しかし、再生されたのは砂嵐のような雑音だけだった。


「ダメです…」

首を横に振る、愛華。しかし、払拭(ふっしょく)できない気掛かりを"気のせい"で切り捨てられず、様々な角度からチップを見回した。

その時、自身の親指の指紋がふと目に入った。


「そうか。指紋だ…」

愛華は(つぶや)くと、鑑識ドローンに指紋のスキャンを命じた。すると、疑念通り1つの指紋が浮かび上がる。


そして、出た解析結果に、愛華と雫は目を()いた。


« 解析結果:竹内梓。データベースとの一致率:98.5% »


「現時刻を(もっ)て、竹内梓(たけうちあずさ)森原遼子(もりはらりょうこ)立華陽菜(たちばなひな)河下深月(かわしたみづき)の4人を、レートSS(ダブル)に引き上げる。

結城(ゆうき)、厚生省に半径50km圏内(けんない)の優先識別を申請しろ。それと、スキャナー(もう)が薄い所を徹底的に潰す。全警務ドローンの配備申請を上げろ。あとの2人は、栃内(とちない)の死亡推定時刻から現時刻に至る、庁舎内のスキャンデータとドローン映像の解析だ。

あいつらは、素人(シロウト)じゃない。時間を掛ければ掛けるだけ足跡を追えなくなる。3時間以内にあいつらを(あぶ)り出す。いいな? 」

雫の指示に、「はい!」と返答した捜査官2人は、足早にその場を(あと)にした。


しかし、結城巧(ゆうきたくみ)は動かなかった。その様子に、雫は疑問を(てい)した。

「どうした? お前も行け」


「いえ、厚生省への申請もドローンの配備も、デバイスからすぐにできます。なので、俺はお二人とその音声データの復元を手伝います」

有言実行を証明するように、目の前でデバイス操作する、結城(ゆうき)


その様子に、何となくの違和感を覚える、雫。

暫定的に組織されたチームとはいえ、結成時に課員の情報には目を通していた、雫。その情報における結城巧(ゆうきたくみ)は、所謂(いわゆる)指示待ち族だった。上官からの指示には忠実だが、刑事特有の(かん)や行動は持ち合わせていない。

それに、元は第一課と第四課で所属は異なっていたが、捜査官同士の話はよく耳にしていた。その話においても、結城巧(ゆうきたくみ)の評価はお世辞でも高いとは言えない内容だった。


しかし、今の結城巧(ゆうきたくみ)は、その評価やこれまでの行動を(くつがえ)(ほど)、積極的なのだ。積極的過ぎる(ほど)に。


指紋が検出された以上、梓達は狩られる側だ。だが、自分と愛華が上手(うま)くやれさえすれば、死ぬ未来は回避できるかもしれない。結城(ゆうき)を始め、他の捜査官を信用しない訳ではないが、今は公安から遠ざける事を選んだ、雫。


「その必要はない。復元は愛華だけで十分だよ。(ひま)だと言うなら、栃内(とちない)の生体情報でリンクさせている全リストの洗い出しと周辺の人物に聞き込みしろ」

雫は、膨大な量のセキュリティリストを結城(ゆうき)に送り付けた。


これだけの量であれば、個人のデバイスでは処理しきれず、公安庁に戻るしかない。


「了解です…」

結城(ゆうき)は、会釈(えしゃく)すると、部屋の出入り口へと足を進めた。雫と愛華を尻目(しりめ)に見ながら部屋を出る、結城(ゆうき)。それに気付いた雫もまた、結城(ゆうき)の姿を最後まで目で追った。


「雫さん。梓さんがわざわざ指紋を残すなんて有り得ません。それに音声データは人為的に壊されています」

愛華は何度も音声データの復元を試みたが、完全に破壊されたデータは一部も元に戻らなかった。


「あぁ、恐らくデータは復元できないだろうな。そんな事ができるのは陽菜しかいない。梓の指紋といい、是見(これみ)よがしに痕跡を残しているとなると、音声データを残したのは…」

少し困ったように髪を()き上げた、雫。


「空だ」

「空さんです」

雫と愛華は、口を揃えて名前を出した。


「気付いていたんですね。それじゃあ、栃内(とちない)を殺したのが梓さん達じゃないって事も…?」

(たず)ねる、愛華。


「あぁ、新宮那岐(しんぐうなぎ)だろうな。空は、(なん)らかの取引きをして新宮(ヤツ)の計画に加担している。たぶん、その計画のどさくさ紛れに、梓達の救出を提案されたんだろうな。

で、梓達も空を追う内にココに辿(たど)り着いた。この痕跡の残し方だと、合流はできていないだろうが、空の残した音声データによって、梓達は新宮(しんぐう)の目的を知ったんだろう。(あいつ)は、自分達がしくじった時の事まで考える奴だ。どんな結果になっても、空だけは確実に救出できるよう、私達(わたしら)2人に痕跡を残した。

まぁ、そもそも、空が生きている事自体、公安庁にとっては都合が悪い。他の捜査官に(さと)られる訳にはいかないから、私達(わたしら)2人だけが分かるメッセージを残したんだろう。まったく、憎たらしい程、妥当な判断だよ。

その想い、()んでやる為にも、結城達捜査官(あいつら)には悪いが、見当違いな捜査をしてもらわなきゃいけない」


「ええ。そうですね。私は、梓さん達が国家に裁かれるのも、空さんが犯罪者化するのも嫌です。必ず止めてみせます」

愛華の目に強い信念を感じた、雫。


「まずは、梓達の足取りを追わなきゃだが…」

最直近のスキャニング情報を調べ始めた、雫。それを(さえぎ)るように、愛華は言葉を挟んだ。


「きっと梓さん達の足取りを追うのは不可能だと思います。指紋(しもん)を残した時点で、スキャナーの優先識別プログラムが書き変わる事だって考えているはずですから、必ず撹乱(かくらん)してくる…。

私が梓さんだったら、街頭スキャンそのものを(あざむ)く策を講じると思うんです。そして、"どうやってスキャナーを(あざむ)くのか?"、なんて事を考えて足踏みしている間に、目的を達成するでしょう。それが狙いです。

だからこそ、私達が追うべきは梓さん達ではなく、(しん)……」


ピピピピッ。

デバイスが発した通知音は、愛華の真を突いた発言を(さえぎ)った。意表を突かれ、驚く2人。

愛華は慌てて応答した。


「はい…………了解です」

デバイス通信を切り、雫の顔を見る、愛華。


「雫さん。識別スキャナーが機能不全に(おちい)りました。局長から緊急招集です」

驚いた表情で雫を見る、愛華。雫もデバイスを目を向けると、入ってきた通知に目を()いた。


2人が驚くのには理由があった。それは、オンラインでの緊急招集だったからだ。

本来、どれだけの緊急性があっても、公安庁大ホールに招集されるのが通常だ。それ(ゆえ)、異例。識別スキャナーの機能不全という事態を上層部は重く見ている事に他ならない。


愛華と雫は、デバイスの応答ボタンを押した。



公安庁 大ホール。


「諸君らも既知(きち)の事実だと思うが、目下(もっか)、識別スキャナーによる生体情報検知が機能不全に(おちい)っている」

壇上(だんじょう)に立つ、局長・天宮碧葵(あまみやみき)を前に、ホログラム投影された捜査官達が各地から参加していた。


緊張感漂うピリついた空気が、今現在、外で起こっている事態の深刻さを物語っていた。


「原因は、個人のデバイスに仕掛けられたウィルスプログラムによって、本来、生体情報を読み取るべき識別スキャナーが、デバイスに記録された擬似情報(ぎじじょうほう)を読み取っている事にある。さらに、擬似情報(ぎじじょうほう)は、無制限()つ無差別に混交(こうこう)する。もはや、識別スキャナーで国民を管理する事は事実上不可能となった。

感染手段は一切不明。現時点、これを止める手立ては無い。

犯人は、水道局長殺害の容疑が掛かっている元第四課捜査官、竹内梓(たけうちあずさ)立華陽菜(たちばなひな)森原遼子(もりはらりょうこ)河下深月(かわしたみづき)の4人と考えられる。

元捜査官によるテロ行為。前代未聞の事態だ。発見次第、即時執行を許可する」

ホロモニターには、公安庁に登録された、梓、陽菜、遼子、深月の捜査官情報に使われている写真が映されていた。


「識別スキャナーが機能しない以上、犯人の追跡は難しいと思いますが…」

捜査官の1人が、手を挙げ質問した。


「その通り。(すで)厚生省(こうせいしょう)直轄部隊(ちょっかつぶたい)によって、立華陽菜(たちばなひな)が隠し持っていたセーフハウスを抑えたが、全て(もぬけ)の殻だった。現状、システムで奴らを追えはしないが…」

回答に合わせて、天宮(あまみや)の背後に映像が展開する。映し出されたセーフハウスは全部で8つ。その全てにおいて、一瞬たりとも人の居た形跡すら無い、文字通り(もぬけ)の殻状態だった。


公安庁のトップたる天宮(あまみや)が、識別スキャナーでの追跡不能を言及する異例の事態に、愛華、雫以外の捜査官達は驚きを隠せずにいた。


そして、天宮(あまみや)は、言及した瞬間に愛華と雫に目を向けた。その視線に気付いた雫は、スッと手を挙げると口を開いた。

「私と柚崎(ゆずさき)の2名で4人を追います。彼女らを追跡するには、思考や行動を先読みする必要があります。かつて同じチームで活動していた我々2人であれば、他の人間より行動パターンを推測できるかと思います」


「ほう。だが、それは犯人とて同じでは無いか? 君達2人の行動を読まれて、追跡を回避されるという失態を犯し兼ねない訳だが? 」

雫の進言に対し、欠点を指摘する、天宮(あまみや)


天宮(あまみや)が、雫と愛華に目を向けたのは、逃亡犯を追跡し、執行する可能性を高く期待したからではない。遅かれ早かれ、元同僚の追跡を志願する事は予測していた。その場合、感情論で逃亡幇助(とうぼうほうじょ)する可能性だって考えられるのだ。(ゆえ)に、捜査官達が集まる面前(めんぜん)で、精神的、物理的にその可能性を潰しておく必要があった。

「まぁ、良いだろう。ただし、追跡は結城巧(ゆうきたくみ) 巡査長(じゅんさちょう)厚生省(こうせいしょう)直轄部隊(ちょっかつぶたい)も同行する」


「待ってください。人数が多ければ多い程、共有や報告に費やす時間を要します。そうなっては、犯人を追う上で障害になりかねません」

雫にとって、自分と愛華以外の人間も追跡に加わるのは不都合極まりないことだった。自分達の判断基準外で、梓達の執行や、殉職者認定じゅんしょくしゃにんていされた空が処分される可能性があるからだ。


「不都合かね? 君達2人は、(ただ)でさえ、元々同じ組織の一員としてやっていた。犯人を追う中で、余計な感情が邪魔をしないとも言い切れない。君達の覚悟を他の捜査官に示す機会を与えた親心を(さっ)して貰いたいものだがね 」

天宮(あまみや)は、冷めた視線で突き放す。これ以上、反論はできない。雫は、「了解しました」と答えると、悔しそうに奥歯を噛み締めた。


「一課、二課、三課及び五課は、識別スキャナーの機能不全によって、ストレス負荷の生じた市民の対処を命じる。既に、ストレス値が規定値超えした元市民が、暴徒化する事案も発生し始めている。逮捕、執行の判断は、各々(おのおの)に任せる。

事態は、2年前の暴動を超える脅威となりつつある。迅速に対処し、社会を守る(とりで)として、諸君らの検討を祈る。以上…」

天宮(あまみや)が発した最後の言葉と共に、プツリと通信は切れた。



新宿区281- 水道局本庁舎 局長執務室。


天宮(あまみや)の"以上"という言葉の(あと)、一切の()も無く通信は切れた。まるで、遮断(しゃだん)されたように。その不自然な途絶に嫌な予感が(よぎ)る、愛華と雫。2人は、顔を見合わせ小さく(うなず)くと、足早にその部屋を(あと)にした。



公安庁 大ホール。


電気系統の遮断によって、真っ暗闇に包まれた大ホール。天宮碧葵(あまみやみき)は、デバイスを確認するも、通信エラーが表示されている。そんな状況下でも、顔色一つ変えることなく、デバイスで周囲を照らした。


その光に人影が照らされる。そして、その人影は、天宮(あまみや)にゆっくりと銃口(じゅうこう)を向け、口を開いた。

「お久しぶりです、天宮(あまみや)局長。いや、那巫(なみ)と呼ぶべきか…」


「ほう。君という訳かね。木嶋丈太郎(きじまじょうたろう)。何のつもりだ? 」

自身に向けられた銃口(じゅうこう)物怖(ものお)じした表情を見せる事も無く、鋭い視線を木嶋(きじま)に向ける、那巫(なみ)


「何のつもり? こりゃまた、国民管理システム(〖クババ〗)の管理者たる、全知全能のAI様でも分からない事があるとは、滑稽(こっけい)ですな。あの日のように、リアルタイムで読み取りゃいいだろう…。いや、意地悪だったか。国民管理システム(あんたら)の中で、俺はあの日、死んだ事になっているんだから。まぁ、確かにあの日、俺はあんたに殺されたよ。だから、今はスマイルマンと名乗っている」

1段ずつ階段を()りる木嶋(スマイルマン)の顔には、まるでモザイクが掛かるかのように、ノイズ混じりのホログラムが(おお)ったり、消えたりを繰り返している。


銃口(じゅうこう)が近づく中、那巫(なみ)は変わらぬ表情でその場に立っていた。


そして、演台を(はさ)み、対面する両者。木嶋(スマイルマン)は、"天宮碧葵(あまみやみき)"の(ひたい)銃口(じゅうこう)()き付けた。


「さぁ、裁きの時間だ」

木嶋(きじま)の顔を(おお)い隠すように展開された、スマイリーマーク。その清々(すがすが)しい程の()みは、心底を映しているようだった。



公安庁 屋上ヘリポート。


公安庁屋上に設置されたヘリポート。Ⓗと大きく書かれた離着陸マークの上に、ライトに照らされた2人の影が伸びる。


「ただの(うつわ)()ぎないこの身体(からだ)()っても意味が無い事くらい、君も承知しているはずだ。替えはいくらでも()く。それを認識していても(なお)、私に銃口(じゅうこう)を向ける、君の思考。全く以て理解に苦しむよ」

皮肉めいた発言をする、那巫(なみ)。どこか嘲笑(あざわら)っているかのような態度は、命惜しさではない。仮の身体(からだ)である以上、()たれたところで何も失わないという、那巫(なみ)の余裕がそう発言させていた。


「あぁ。知っているさ。だから、裁きだと言った」

デバイスを操作した木嶋(スマイルマン)の背後に、ホロモニターが展開した。そして、そこに映し出されたのは、屋上ヘリポートで顔をホログラムで(おお)い隠した何者かに銃口(じゅうこう)を向けられた、公安庁局長・天宮碧葵(あまみやみき)の姿だった。


識別スキャナーが機能不全に(おちい)った現在、街のあらゆる場所に"公安庁からのお知らせ"として、市民に自制を促すホロ映像が流されていたが、それも全て、屋上ヘリポートの中継に切り替わっていた。



千代田区111- 永田町 首都高速中央線。


「雫さん、これ見てください」

慌てた様子で映像を見せる、愛華。映る映像は、公安庁屋上ヘリポートで、顔にスマイリーマークのホログラムを展開させた人物が、局長に(じゅう)を向けている様子だった。


「どうなってる!? こっちから公安のシステムに入れないか?」

舌打ちをしながら、車内の戸袋内柱(とぶくろないちゅう)を殴る、雫。


「ダメです。完全に乗っ取られています…」

愛華が、何度もアクセスボタンを押しても、その度にエラーが表示される。


「急ぐしかねぇってか」

手も足も出ず、歯軋(はぎし)りする、雫。デバイスには、公安庁への到着予定時刻が表示されていた。


公安庁到着まで、あと10分。



公安庁 屋上ヘリポート。


公安庁局長の公開処刑という前代未聞の事態が全国中継されている現場で、2人は言葉を交わす。


「なるほど。私の正体を拡散し、国民にクーデターの意識を植え付けるつもりね? 考えたわね。那岐(なぎ)…」

目を細めて(つぶや)く、那巫(なみ)


「終わりだ」

木嶋(スマイルマン)は、引金に掛けた人差し指に力を入れた。その瞬間。


「そこまでよ」

第三者の声に驚き振り返る、木嶋(スマイルマン)。空間にノイズのような(モヤ)(おお)い、足元から色付くように姿を現す。


姿を見せたのは、拳銃(けんじゅう)を構える、梓と陽菜だった。


「誰かと思えば、"元"捜査官の2人ですか。公安庁から逃亡し、今や追われる身であるあなた方が何の用ですか? 」

現れた2人に、正体不明のハッカー・スマイルマンを演じる、木嶋(きじま)


猿真似(さるまね)はそこまでよ。スマイルマン。いえ、木嶋丈太郎(きじまじょうたろう) 元第一課班長」

陽菜は、向けた拳銃(けんじゅう)をさらに前へと突き出した。


「バレてたのか。なら、話は早い。俺達が何を()そうとしているのかも知っているんだろう?」

正体を言い当てられた木嶋(スマイルマン)は、顔のホログラムを()いた。


「ええ。国民管理システム(〖クババ〗)の崩壊と社会秩序の革命でしょ?

それに、あなたの正体も知っているわ。天宮(あまみや) 局長。いえ、国民管理システム(〖クババ〗)の管理者、AI・那巫(なみ)

梓に銃口(じゅうこう)を向けられた天宮碧葵(あまみやみき)こと那巫(なみ)は、目を細めて(にら)む。


「人間も随分と()められたものね。機械(システム)による最大幸福だなんていう耳障(みみざわ)りの良い言葉で誤魔化(ごまか)され、その(じつ)、AIによる独裁と支配で成り立っていただなんて。まぁ、得体の知れない機械(システム)(ぜん)だと盲信していた、国民一人一人の自立心の低さが招いた事態でもあるけどね。

でも、それも今日までよ。今日を(もっ)て、国民は国民管理システム(〖クババ〗)と決別する」

梓自身も、国民管理システム(〖クババ〗)の正体を見抜く事ができず、多くの国民と同じように人生を預け、生活の指標として()ごしてきた。それを()じるが(ゆえ)に、"決別"という言葉を(はっ)する事で、盲目だった過去からの脱却を決意表明したのだった。


当然、国民管理システム(〖クババ〗)の管理者たる那巫(なみ)にとって、支配下から後天的に発生した異分子の存在は不都合だ。すぐにでも梓と陽菜を排除したいところだが、天宮碧葵(あまみやみき)という端末では、有効な策に必要な演算能力が足りず、現実的ではない。()つ、異分子2人とテロリストに囲まれている以上、()す術が無いというのが現状だった。


「ほう。だが、果たしてそれを国民は歓迎するかね? 管理される事が当たり前となった社会において、自らの意思決定で生きると言う事がどれ程の事か、君達はまるで理解していない。生きる指標を失った人間に待ち受ける未来は、虚無(きょむ)だ。君達の身勝手で一方的なクーデターによって、国民は生きる術を無くすのだよ」

弁舌(べんぜつ)最中(さなか)にも、梓、陽菜、木嶋(スマイルマン)の位置を()で追い、状況を試算する、那巫(なみ)天宮碧葵(あまみやみき)という端末の()には無数の0と1が縦に流れ、行動によって得られる結果を幾重(いくえ)にもシミュレーションしていた。


当然、そんなシミュレーションが電脳内で行われている事など気付かない、梓、陽菜、木嶋(スマイルマン)。国民にとって不都合な未来を持ち出した那巫(なみ)弁舌(べんぜつ)を、梓は真向(まっこう)から否定した。

詭弁(きべん)ね。人はいつだって歴史から学び、経験からより良い道を探って選択をしてきた。そういう努力の積み重ねが、今、そしてこれからの社会を創り上げていくの。

自惚(うぬぼ)れるのもいい加減になさい」


「あなた達もよ。木嶋(スマイルマン)。あなた達が()そうとしているのは、革命じゃない。ただの破壊よ」

陽菜は、1歩ずつゆっくりと木嶋(スマイルマン)に近づく。


「見解の相違だよ。立華(たちばな)。そもそも、お前らも俺達と同類だろ? 捜査官という立場から逃げ出し、かつての上官に(じゅう)を向けた挙句(あげく)、社会そのものと言ってもいいシステムを破壊しようとしている。アプローチが違うだけで、目的は一緒だよ」

冷めた視線を向ける、木嶋(スマイルマン)


三者の論戦はまさに平行線だった。お互いが主張を認めず、否定し合う。だが、そんな状況も刻一刻と終わりが近づいていた。


「まぁ、言い合っていても仕方がない。そろそろ時間だ…」

諦めたように木嶋(スマイルマン)(つぶや)いた直後、背後からガシャンという音がした。

思わず目を奪われる陽菜は、「え…」という声を漏らした。


「全員、そこまでです」

三つ巴の緊張に割り込んだのは、エンフォーサーを構えた、愛華と雫だった。


突入早々、陽菜、梓へとエンフォーサーを向ける、愛華。その様子を見ていた梓は、愛華と目を合わせた。その時間、(わず)か数秒だったが、重い空気が2人を包む。そして、先に目を()らしたのは、梓だった。梓は、再び那巫(なみ)へと視線を戻した。


家族以上の関係だと思っていただけに、冷たく逸らされた視線に複雑な想いが表れる、愛華。気持ちを切替えるかのように、木嶋(スマイルマン)にエンフォーサーを向けた。

その様子を見た木嶋(スマイルマン)は、抑え切れない狂気を(にじ)ませながら、クククと(わら)い、振り向いた。


「そんな……。木嶋(きじま) 刑事がスマイルマン…? 」

これまで公安四課相手に痛手を負わせてきた特A級ハッカーが、死んだとされていた男だったという事実に言葉を失う、愛華。


その(すき)木嶋(スマイルマン)は見過ごさなかった。


パンッ。パンッ。パンッ。


3つの銃声(じゅうせい)(とどろ)いた。


1つ目は、雫が()ったエンフォーサーの銃撃音(じゅうげきおん)銃弾(じゅうだん)は、陽菜が持つ拳銃(けんじゅう)のバレルに命中し、陽菜の手から(はじ)かれるように、バラバラになった部品が(ちゅう)を舞った。


2つ目は、愛華が()ったエンフォーサーの銃撃音(じゅうげきおん)銃弾(じゅうだん)(かす)めた左肩(ひだりかた)棘下筋きょくかきんを、右手で抑える木嶋(スマイルマン)。右手から(あふ)れ出る血が、ポタポタと落ちる。


そして、3つ目。被弾したのは天宮碧葵(あまみやみき)だった。左顔面(ひだりがんめん)は着弾の衝撃(しょうげき)で弾け飛び、機械としての素顔が露出していた。引金を引いた木嶋(スマイルマン)は、目標を達した愉悦(ゆえつ)から、痛みを忘れて高嗤(たかわら)いする。


「局……長…? 」

その異様な姿に言葉が出ない、愛華と雫。ギョロリと機械の目玉が2人を見ると、蹌踉(よろ)めきながら数歩前へと歩き、そのままガシャンと音を立てながら前へ倒れた。


その始終(しじゅう)は中継を通じて、全国民の目に映る。動揺、困惑、不安、恐怖が爆発的に拡がり、警報音と共に平和は崩れ()ちた。



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