FILE.42 決別
都内某所 廃マンション。
「馬鹿な。国民管理システムが、個々人の精神を分離して創ったAIの集合体…だと…?」
事実であれば、社会の根底を問わなくてはならない倫理問題だ。国家の深淵は、こちらから覗き込まなくても、あちらは既に覗いていたという事に、恐怖を感じ、目を剥く、空。
「残念ながら事実だ。僕は、この事実を、君達が公安庁局長として認知している、那巫という『アメノヌボコ計画』最終プロットである、【SHINGU】シリーズの1人から聞いた。君達の前では、"天宮碧葵"と名乗っているが、彼女こそ、通称、国民管理システムとされる、〖クババ〗の管理者だ」
新宮那岐による暴露は、空の脳内処理を遥かに超えた内容だった。未だに、国民管理システムの正体すら信じられないというのに、その上、公安庁のトップが【SHINGU】シリーズだったという事実に、どうやっても整理がつかない。
「きょ、局長が…AI?」
それ以上の言葉が出ない、空。
「古代メソポタミアにおける女王であり、知恵の保護者として知られるクババの名を冠した立方体を使い、人間自身が、自らの知恵で生み出したAIに支配されるとは、全く皮肉なものだよ」
新宮は、嘲嗤うかのように言い放った。
「それじゃあ、これまで識別スキャンで裁かれた人達は…」
息を呑む、空。
「分離された自分自身の精神に裁かれていたに過ぎない」
即答した、新宮。
国家の本質に失望し、国家の手の上で転がされていた事実に、思わず笑わずにいれない、空。"人の判断が介在しない、極めて公平なジャッジ"というのが謳い文句だった国民管理システム。それが、最初から最後まで人の判断、それも自分自身によって、個人の生き死にまでを掌握されていた事実は、まさに滑稽だった。これでは、個人が個人に強いる独裁だ。
笑い終えると、虚しさが気力を削ぐ。そして、空は思い出したかのように、新宮に尋ねた。
「お前は、この事実を局長…いや、局長の皮を被った那巫って奴から聞いたと言ったな?」
空の問いに、新宮は「そうだ」と即答した。
「いつ聞いた?」
「君達に捕まった後だ」
新宮の自供により、天宮は逮捕直後の新宮と会っていた事が確定した。即ち、"公安庁は捜査権を失った"という、天宮の説明は虚偽だったという事だ。
「何故、聞いたに過ぎない話に確証を持った?」
空の問いに、薄ら笑みを浮かべた、新宮。
「観たからだ。映像としてだがね。君達に捕まったあの日、僕は君達の陽動を引き受け、展望台へと上がったが、仲間は地下へと潜った。むしろ、本命は地下にあったんだ。そこで彼は、国民管理システムの正体を目の当たりにし、それを撮影した。映像には、その一部始終が映されていたよ」
当時、新宮の仲間は、国家の心臓に王手を掛けていた。その事態を、国民管理システムが黙認するとは到底考えられない。そして、テロリストを追って行った、2人もそれを目の当たりにし、国家の最大機密に触れた…。
空は、核心に迫る質問をした。
「その仲間は?」
この1年半、地下フロアーへと向かったテロリストの行方をどれだけ調べても、情報は全く以て得られなかった。しかし、仲間が撮影した国民管理システムの秘密を"観た"という事は、当然ながら仲間の顛末を新宮は"知っている"という事になる。
「殺されたよ」
新宮の回答は、予想していた中でも最悪の結果だった。何故なら、地下に潜ったのはテロリストだけではないからだ。空は、気持ちに折り合いを付けようと強く目を瞑ったが、暗雲は晴れない。
唾を呑み、大きく息を吸うと、絞るような声で問い掛ける、空。
「あの日、お前の仲間を追って、3人の刑事も地下へと向かった。最下階の地下6階で見つかったのは1人だけだった。他の2人は未だに行方不明だ。お前の仲間も…。
構造上、地下6階が最下階のはずで、地下施設は出入口は限られる。仮に外へと出たとしても、防犯ドローンに映らず、お前の仲間はともかく、刑事2人が識別スキャンに検知されないよう移動するのは不可能だ。
お前はさっき、地下に潜った仲間は殺されたと言った。2人は…、2人の行方は?」
「察しは既に付いているだろうに。それでも君は希望に縋るのか?」
新宮の言葉に目を剥く、空。そう、新宮の言う通り、察しは付いていた。しかし、どこかで木嶋丈太郎と宮下直也の2人が生きている事を願っていた。それ故、事実にがっかりする、空。
「誰だ?」
空は、落とした視線を上げると、鋭い目付で問い掛けた。その目付きは刑事のものではなくなっていた。瞳の奥に、確かに映る狂気を見た新宮は、満足そうな表情を浮かべる。
「誰とは?」
意味を聞き返さずとも、新宮は理解していた。聞き返したのは、空の瞳に映った狂気を再確認する為だった。
目の前の深淵に手招きされている事にも気付かずに、空はさらに追求する。
「彼らを殺した奴は誰だって訊いてんだ! 答えろ!」
空の怒号に応じるかのように、新宮那岐は、狂気に満ちた笑みを浮かべた。いや、深淵へと足を踏み入れた空に、まるで"ようこそ"と言っているような、そういった笑みだった。
「国民管理システムの管理者にして、君達の前では結城巧と名乗っていた男だ」
「結……城だと?」
空は目を剥き、唖然とした。結城巧は、第一課の刑事で、木島の部下だ。そして何より、あの日、木島、宮下と共に地下へと潜り、唯一、地下6階で見つかった、その人だ。
「あ……有り得ない…。だって、結城は…、木島の部下で、宮下の後輩だった…。2人を殺したのが結城だった言うのか…?」
恐る恐る確認する、空。
「正確には違う。結城巧という人物は存在しない。言ったはずだ。国民管理システムの管理者だと。結城巧とは、生み出された3人の【SHINGU】シリーズのうちの1人、『宿那』が表舞台で活動する時の名前だよ。そう、那巫が天宮碧葵という名前を使って、局長として活動していたようにね」
新宮の発言に血の気が引く、空。
この社会は、最初から【SHINGU】シリーズによる独裁国家であり、国民は只々踊らされ続ける道化に過ぎない。そんな不都合な"事実"が、この社会の本質たる"真実"である事に、空は絶望以外の感情を持てなかった。
そして、空はハッとした。国民管理システムの話になる前、新宮が言っていた事を思い出した。
第四課は"個別収容されている"と、新宮が言っていた事に…。
命令は誰が出す?
そう、局長・天宮碧葵にして、国民管理システムの管理者である【SHINGU】シリーズ・那巫だ。
「みんなが危ない…」
脳裏に最悪が過り、拘束を解こうと、身体を乱暴に動かす、空。
その様子を見ていた、新宮は笑みを浮かべて問う。
「仲間を助けたいか?」
悪魔の誘惑に、空の瞳に赤黒い瞳光が帯びる。
公安庁特別隔離室A-3。
目を開けると、未だに見慣れない天井が視界に入る。
あれから5日。第四課への特課権限は剥奪され、無期限の活動休止となった。メンバー全員が、個別に用意された部屋に拘束され、外部との連絡はおろか、メンバー同士での会話ですら禁止された。言わば、軟禁状態にあった。
軟禁と言っても、間取りは1LDK。風呂、トイレは別で、リビングは20帖はあるだろう、広空間だ。正直、識別スキャナーに引っ掛かった重篤者を隔離するような施設に入れられると思っていただけに、待遇は拍子抜けだ。だが、外部のみならず内部ですら情報を得られない状況下、不安が募る。
愛華は、ベッドから出ると洗面所に向かう。鏡に映る自身の顔を見て、溜息を吐くと、両手に溜めた水を思い切り顔にぶつけた。髪から滴る水滴は、重力に抗う事ができずにポタポタと落ちる。それがまるで、自分達のように感じ、憂いから両手で両頬を何度も叩いた。
ピンポーン。
突然鳴ったチャイムに慌てる、愛華。外部と断絶された空間に慣れ始めていただけに、チャイムが鳴るなど想像さえしていなかった。
怪しみながらも、小走りで出入口へと向かい、扉を開く。
扉の先に立っていたのは、浮かない表情の雫だった。手渡してきた手紙に目を開け、目を通す、愛華。
「え?」
愛華は、書かれた内容に言葉を失った。
7時間前───。
「ありゃりゃ…。随分な顔だね」
扉が開くと共に飛び込む光景に、深月は苦笑いしかできなかった。
元の面影が残らない程、壁は破壊され、家具は倒され、物は床に散らばっていた。まるで、室内で台風が発生したかのような惨状。その中心で、悪霊のような視線を向けた女が睨んでいる。
「窶れたわね、梓」
扉の方立に背中を預け、腕を組む、遼子。
「何の用?」
ギロリと睨む、梓。それは仲間に向ける視線ではない。あまりの変わりように失望の溜息を吐く、遼子。
「梓ほど洞察力に優れた人間が分からない?」
目も当てられぬ体たらくに、煽るように言い放つ、遼子。険悪な雰囲気に、陽菜は思わず「ちょっと!」と、遼子の袖を引っ張り釘を刺した。
それでも尚、厳しい視線を向け続ける、遼子。梓も対抗するように睨み返すが、突然ハッと我に返った。
「どうして? どうしてここにいるの?」
梓の疑問にようやく表情を和らげた、遼子。
「気付くのが遅いのよ。梓らしくない」
やれやれといった表情で、ツンデレの如くぷいっとそっぽ向いた、遼子。その口元は僅かに緩んでいた。
「まぁまぁ、良いじゃん! それよか時間無いんでしょ?」
急かす、深月。
「うん」
陽菜がデバイスを操作し、直後に扉は閉まる。デバイスはいつも身に着けている物と明らかに違う代物だった。
「梓。ここを抜けるわよ!」
陽菜は梓の前にしゃがみ、強い眼差しで告げた。
「で、でも…。抜ければ全員叛逆者になるわ。下手をすれば執行対象にだってなる…」
珍しく躊躇う梓に対し、再び遼子が喝を入れる。
「空を助けるんでしょ? 梓が諦めると言うのなら、このままここに居ればいい。私達だけで空を助けに行く。でも、私達はずっと一緒だったでしょ? それはこれからも変わらないはずよ?」
喝を受け入れ、弱い自分と決別するかのように、一度目を瞑り、「ありがとう」と呟くと、ゆっくりと目を開ける、梓。生気を取り戻した、強い表情に変わっていた。
「えぇ。そうね。行きましょう」
死にかけた目をしていた梓に、再び炎は灯る。
公安庁特別隔離室A-6。
「そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ。梓。まぁ、座れよ」
ソファーに深く座る、雫。部屋に入る梓に背を向けたまま、ローテーブルを挟んだ対面のソファーに座るよう案内した。
梓は、無言のままソファーの方へと向かう。
「他の3人は?」
雫の問い掛けに、梓は座りながら答える。
「ここを出る準備をしているわ」
数秒、2人は無言のまま見つめ合う。お互いに付き合いは長い。だからこそ、言葉が無くとも通じるものがあった。そして、唐突に梓の口が開く。
「雫さ…」
「私は行かないよ」
言葉を遮る、雫。
梓は、その回答を予見していた。しかし、改めて告げられた事で、予見から確定事項へと変わる。それに寂しさを覚え、視線を落とした。
「愛華には言ったのか?」
雫の問いに、首を横に振る、梓。
「あの子には未来がある。刑事としても優秀。何も私達と心中する必要は無いでしょ」
梓にとって、愛華は掛け替えのない家族同然の存在となっていた。できる事なら、これからもずっと一緒に時間を共にしたい。その想いはこれからも変わる事は無いだろう。
しかし、これから進む先は、想いだけでは到底切り拓く事のできない道だ。信念を捻じ曲げ、犯罪者として堕ちても尚、無様に生き恥を晒さなくてはならない。そんな外道に引き摺り込みたくはなかったのだ。これは梓に限らず、陽菜、遼子、深月も同意見だった。
だからこそ梓は、雫に会いに来た。愛華の未来を指し示す道標としての役割を託すために。
「私には心中しろって事か?」
雫がボケる事などめったに無い。意表を突かれた梓は、思わず笑う。それにつられた雫も笑い出す。師弟で笑い合うなんていつ振りだろうか。梓も雫も、この時間がこれからもずっと続けば良い、心のどこかでそう思っていた。それ故に、笑っている2人の表情は、どこか寂しげだった。
「私は行かない。愛華を1人をここに置いては行けないよ。あいつにはまだまだ導く存在が必要だから」
雫の答えに、安心の表情を見せる、梓。
「そうね。雫さん…。いえ、師匠がそれを買って出てくれるなら、私達は安心して行けるわ」
梓は、胸ポケットからスッと取り出した手紙を差し出した。
「これは?」
「お別れくらいしないとでしょ?」
再び寂しそうな表情を見せる、梓。封をしていない手紙に目を通した雫は、無言のまま手紙を閉じる。
「もう行け」
背凭れに凭れ掛かり、天井を見上げる、雫。強気な彼女らしい、決別の意思表示だった。
「えぇ」
梓は立ち上がり、出入口へと向かう。開閉センサーの前で足を止めると、尻目に雫を見た。雫は、天井を見上げたまま見送りの素振りも見せなかったが、それが梓にとっては安心に繋がり、微笑む。
180度身体を回し、深々と一礼した。それは、門下を出る、梓なりの師への礼儀だった。
数秒の後、梓は再び180度身体を回し、扉を開ける。そして、門下の敷居を跨ぐかのように、左足を外へと向けた、その時───。
「梓!」
雫の呼び止めに、左足を浮かせたまま止める、梓。
「その扉を越えた瞬間から、お前は私の弟子ではなくなる。今度会う時は、私は刑事として、叛逆者のお前を迷わず撃つだろう。だから、お前が私の愛弟子であるうちに、最初で最後のお願いを聞いてくれ。お前同様、愛して止まない私の愛弟子を…空を頼む」
顔を向かい合わせる事なく、雫の願いを梓は静かに聞いていた。雫は天井、梓は扉の外。互いが異なる方向を見つめ、顔を向かい合わせる事はなかった。まるで、それぞれが進む先は、既に違っているのを象徴するかのように。
「えぇ。任せて」
梓は呟く。
「梓。死ぬなよ」
雫の言葉に、梓は相槌すら打たず、その部屋を後にした。
───現時刻。
都内某所 陽菜セーフハウス。
埃が舞う、カビ臭さいガレージのような空間で、ホロモニターに投影されたニュースが流れる。
内容は、公安捜査官ら4人が、国家転覆を計画し、発覚前に逃亡したというものだった。
異例だったのは、指名手配した4人を執行する為に、公安庁の全捜査官にエンフォーサーを支給し、携帯させる事を決定したことだった。
そんな重大なニュースを、4人は流すだけで見向きもせずに各々の準備を進めていた。
梓は拳銃をメンテナンスし、遼子は様々な種類の軍用ナイフを磨いている。
陽菜は、その奥で人数分のデバイスを調整する為のプログラムを組み立ている。
深月はというと、体育館で言うギャラリーのようなスペースで、サンドバッグ相手に自主トレーニングに励んでいた。殴打の音は、ガレージ内に絶え間なく響く。
梓は、両手を組んで上に伸ばす。入口のシャッターを開けると、足元からオレンジ色の朝日が状況開始を知らせるかのように差込み、ガレージ内を染め上げた。
公安庁 屋上庭園。
ベンチで前屈みに手紙を読む、愛華。手紙は便箋4枚。愛華への想い、謝罪、感謝が書かれた手紙に、大粒の涙がポタポタと落ちる。
『愛華ちゃん。こういう別れになったこと、許してください。
愛華ちゃんが配属された翌日、二課の応援に一緒に行った時の事を今でも思い出します。思えば、あの日から行動を共にする事が多かったよね。
最初は、慣れない様子に困惑していた新人が、今ではこんなにも立派な刑事に成長するなんて、あの時は思ってもいませんでした。
私はどこかで、愛華ちゃんの事を妹のように感じていたんだと思います。その成長が嬉しくもあり、頼もしくもあり、どこか寂しくもあり。
本当はこんな形でお別れしたくなかったな。もっと一緒にいたかったな。
でも、私は空を諦める事なんてできない。だから、正義に背いても信念を貫いた。今度会う時は、刑事と犯罪者。愛華ちゃんは、迷わずに刑事としての信念を貫いてください。
最後に、短い間だったけどありがとう。陽菜』
『これを読んでいる時、私達に対して、怒りや裏切られた気持ちでいっぱいだと思う。ごめん。
でも、私達にとって、いや、私にとって公安の捜査官でいる事より、家族同然の奴らと一緒にいる事のほうが大事だったんだ。そして、家族の1人に危険が迫っている。それをただ指を咥えて、状況が好転する事を願っているだけなんて、私にはできなかった。法の中じゃ家族は助けられない。今回、それを思い知らされた。
でも、だからといって、愛華まで同じ道を辿る事は無い。私にとって、愛華も家族同然だからこそ、愛華には道を外れる事なく歩いてほしい。
愛華は自分の正義を持っている、強い刑事だ。それは強みだ。これからもその強みを活かしてください。遼子』
『やっほー愛華。って、この手紙を読んでる時は、もうそんな気分じゃないよね? 私達の事を怒ってるよね? 恨んでるよね?
裏切るような事をして、本当にごめんなさい。でも、愛華の事嫌いとか、愛華に絶望してほしいとかそういうのを思っていた訳じゃない事だけ、知っていてほしい。
ただ、どうしても愛華をこっちには連れて行けなかったの。こっちの道は私らのわがままだから。
進む道は変わっちゃったけど、これからも愛華の事を想ってる。だからこれからも、愛華らしく、正しい道を歩いてね。深月』
『愛華へ。この手紙を愛華が読む時、私はあなたの前にいないはずよ。ごめんなさい。あなたを置き去りにして。
大切な人を守るために刑事になった。刑事として、国家に属すれば、それが叶うと思っていた。だけど現実は、そう甘くないと思い知らされた。刑事でいる限り、大切な人を守る事はできない。現に、これまで国家に尽力した空の命より、国家に仇なすテロリストの命が重要視された。
国家は、大切な仲間や家族を守ってはくれない。法律は、国家の都合によって表情が変わる。それなら、国家の力が及ばない外に出るしかない。
愛華。あなたの真っ直ぐな正義感と、信念、そして刑事としての素質は本物よ。
私達は、あなたを裏切ってしまった。でもどうか、あなただけは自分の道を見失わないでほしい。
私達はただ身勝手に、あなたと歩く事を諦めた。これが間違いなのも理解している。でも、私達は間違い続けていくしか、これからの一歩を踏み出せないと思う。許してなんて言わない。
次に会った時、あなたは私達を裁く立場にいるはずよ。その時は、容赦なく責務を果たして欲しい。あなたの信念に背を向けないで。
たった2年弱だったけど、あなたと一緒にいられたのは一生の宝物よ。ありがとう。梓』
「バカ…」
涙が止まらず、咽ぶ、愛華。置き去りにされた恨みも怒りもある。ただそれ以上に、力になれなかった自身の無力を呪った。
愛華は、両手で両頬を強く叩いて、無理やりに涙を止める。腫れた目を擦り、強い表情を作ると、サッと立ち上がり、その場を後にした。